ホフディランから先達への迸る敬愛が感じられる充実しきったデビューアルバム『多摩川レコード』

2022年9月14日(水)19時0分 OKMusic

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9月14日、ホフディランが通算10枚目となるニューアルバムを発表した。タイトルは『Island CD』。“無人島へ持っていきたくなるほどの作品”という意味合いが込められているという。音楽好きの間で昔から交わされる“無人島に○枚しかレコードを持っていけないとしたら何を選ぶ?”というアレのことだろう。つまり、それほどの傑作ができたという自負に他ならない。当コラムではそんなホフディランのデビュー作を紹介。こちらも傑作の誉れ高いアルバムである。

時代を超えて愛される「スマイル」

ホフディランの新作『Island CD』とほぼ時を同じくして、8月31日に森七菜初のフルアルバム、その名も『アルバム』が発売されている。その『アルバム』の1曲目を飾っているのが、ホフディランのカバー曲「スマイル」である。彼女が歌う『オロナミンC』のCMで多くの方が耳にしていることだろう。森七菜のカバーバージョンは配信シングルとして2020年7月にリリースされ、翌2021年1月にはホフディランのプロデュースで「スマイル -WINTER MIX-」も配信されている。「スマイル」はもはや森七菜を代表する楽曲になったと言っても差し支えないようにも思う。ホフディラン版のリリースは1996年。彼らのメジャーデビューシングルでもある。アニメ『こちら葛飾区亀有公園前派出所』の初代エンディングテーマに起用されたことを覚えている方も少なくないのではなかろうか。ホフディランのシングル曲としてユニット史上2位の売上を誇るナンバーでもあって、そう思うと、こちらも依然ホフディランを代表する楽曲とも言える。ミリオン突破とかチャート1位獲得とか、大ヒットを記録したという楽曲ではないけれど、初出から凡そ25年。四半世紀を経て2組の演者によって披露され、世代を超えてリスナーに認知されるとは、「スマイル」というヤツはなかなか幸せな楽曲である。

なぜ「スマイル」は時代を超えて多くのリスナーに届いたのか。その要因は、歌のメロディーの良さに尽きると言ってよかろう。とにかく旋律が親しみやすい。子供でも一、二度聴けば口ずさめるくらいのキャッチーさがある。子供向け教育番組『けんたろうとミクのワイワイキッズ』において、速水けんたろうと羽生未来によって歌われたというのも十分にうなずける。唱歌や童謡に近い印象すらある。ホフディラン版、すなわち今回紹介する『多摩川レコード』収録バージョンは、派手さこそないものの、しっかりとしたバンドサウンドで彩られ、コーラスは趣味性と言ってもいいほどのこだわりを見せているし、ギターとエレピのアンサンブルにはホフディランというユニットが、ヴォーカル&ギターとヴォーカル&キーボードとで構成されていることを示している。サウンド面も決して無視できないものある。しかし、歌の旋律を越さないというか、そういうアレンジがなされているように思う。歌の個性を最大限に引き出しているという言い方でもいいかもしれない。件の『オロナミンC』にしても伴奏なしで森七菜がアカペラや鼻歌で歌っているものが多かったように思う(CMにはいくつかバージョンがあり、そのすべてに伴奏がないわけでもないが、伴奏があまり目立たないのは確かだろう)。

歌詞の乗せ方もいい。冒頭から《いつでもスマイルしようね》である。厳密に言えば、日本語として正しくないことは言うまでもない。文章を抜き出すとそれがはっきり分かる。“スマイル”はもはやほぼ日本語になっているので、その意味は誰もが知っているだろうが、動詞ではなく、名詞として用いられることが多いとは思う。その観点で言えば、上記フレーズは“いつでも〈微笑み〉をしようね”とか“いつでも〈にっこり〉をしようね”となる。笑ってほしい時は“笑って”と伝えるのが、2020年代の日本ではまだ普通であって、本来は“いつでも微笑んでいようね”、もしくは“いつでもにっこりしてようね”が正しい。スマイルを活かすのであれば、《しようね》は要らないし、何なら《always smile》にすればよい。はい、難癖はここまで──。この《いつでもスマイルしようね》や《いつでもスマイルしててね》での“スマイル”の使い方が素晴らしいのである。どんな屁理屈にも負けない、圧倒的な説得力がある。“スマイル”は意味が曖昧で(それ故に…かもしれないが)、それぞれが思い描く“スマイル”があると思う。その各々の“スマイル”を喚起させるには、やっぱり“微笑み”や“にっこり”ではなく、“スマイル”がベストであったのだろう。これは日本のポップス、ロックに新発見、新発明であったと言えるかもしれない。案外真面目にそう思う。

忌野清志郎直伝 とも言えるメロディー

話を本題である『多摩川レコード』へと移行すると、そんな「スマイル」が本作において傑出した楽曲かというと、決してそうではない。まず本作の特徴として、そこを指摘しておきたい。すべての楽曲で歌メロはキャッチーであり、メロディアスであり、ポップである。パッと聴いて難解な旋律はないと断言していいと思う。デビューアルバムからすでにメロディーにおいては一定水準以上をクリアしている。いや、一定水準どころではない。どれも分かりやすく、誰が聴いても親しめる歌ばかりである。ワタナベイビー(Vo&Gu)、小宮山雄飛(Vo&Key)、共にそうなのだから、これは間違いなく、ホフディランの特徴であり、ユニットとしてのアドバンテージと見て良かろう。ソングライティングに関して特徴的なのは──これはワタナベイビー作曲のナンバーにおいて…ということになるが、先達からの影響が色濃い点だろう。それはオマージュを捧げているとか何とか言う以前に、彼の肌に染み着いたものだと言えるのではないだろうか。その先達とは、言わずもがな、忌野清志郎である。とりわけRCサクセションの最初期、『初期のRCサクセション』や『楽しい夕に』(共に1972年)の頃、ギリギリ『シングル・マン』(1976年)まで入れていいだろうが、ワタナベイビー楽曲はそこで聴かせる清志郎のメロディーと言葉の乗せ方にとてもよく似ている。アルバム後半のM12「フランクフルトの日が暮れちゃう」、M14「恋の年賀ハガキ」、M15「サガラミドリさん」辺りにはそれを強く思う。高音でシャープな彼の歌声は余計に清志郎を重ねさせるし、歌詞にも清志郎メソッドのようなものを感じる。

それをパクリだ何だと言うつもりがサラサラないことはそれぞれのファンには分かってもらえると思うが、ここで改めて強調しておく。ワタナベイビー自身、忌野清志郎からの影響をまったく隠していないのである。隠してないどころか、これまたファンならよくご存知の通り、彼は“ニセ☆忌野清志郎”としてステージに立つことがある。これは清志郎本人がある日のライブでワタナベイビーを影武者のようにステージに登場させてファンを驚かしたことに端を発する。清志郎がワタナベイビーにメイクを施してオリジナルの衣装を着せたというから、清志郎公認の偽物である。姿形が似ているからこそ、ワタナベイビーにその任が与えられたのだろうが、無論そこには音楽的交歓があったからだろう。ワタナベイビーのシングル「坂道」(1999年)は清志郎のプロデュースで、ギターやコーラスでも参加している。ちなみに、忌野清志郎 & 2・3'Sの1stアルバム『GO GO 2・3'S』発売30周年記念ライブが2022年11月11日に行なわれる予定で、そこにもワタナベイビーのゲスト参加も決定している。数ある忌野清志郎の後継者の中で、その筆頭格と言ってもいいのではなかろうか。

一方、小宮山雄飛の作曲のナンバーは、ワタナベイビーほどの特徴を探れなかったけれど、前述した通り、こちらも十二分にポップである。M4「ミスターNo.1」辺りのメロディ展開はちょっと複雑というか、パッと聴き、子供でも簡単に理解できるといったものではないかもしれないけれど、耳馴染みが悪いなんてことはサラサラない。『パッヘルベルのカノン』的なコード進行のM6「昼・夜」やM8「MILK」、1990年代前半の渋谷系サウンドを彷彿とさせるM10「スロウイン ファストアウト」など(ホフディランも“一番最後の渋谷系”と言われているので、この言い方もおかしいかもしれないが…)、ワタナベイビー楽曲とは趣が異なるものの、メロディアスな歌ものとしてしっかりと機能している。小学生の頃から洋楽を聴き、高校時代は、周りでは折からのバンドブームで日本のバンドのカバーをする人たちが多い中、GUNS N' ROSESやPOISONなどをやっていたというから、彼の作るメロディーの根っこには洋楽があるのだろう。その意味では、ワタナベイビーと棲み分けができていると言っていいのかもしれない。

The Beatlesへの徹底したオマージュ

ホフディランの歌のメロディー、とりわけワタナベイビー作曲のものには忌野清志郎からの影響が感じられると書いたが、サウンドにおいては、洋楽アーティストへのオマージュ、リスペクトが感じとれる。それも『多摩川レコード』のおもしろさであり、ホフディランの音楽性と言える。真っ先に感じるのはThe Beatles関連である。誰でも分かるところではM15『サガラミドリさん』のアウトロ。臆面もなく…と言ったらいいだろうか。「She Loves You」のサビメロをまんま引用している。こうまではっきりやられると、もはや堂々とした印象すらある。マニアックなところではM8「MILK」。全体的に1960年代風の音作りで最初から分かる人はニヤリとするところだろうが、『The Beatles』、いわゆるホワイトアルバム収録の「Dear Prudence」や「Sexy Sadie」辺りを引用している。また、引用というほど元ネタがはっきりと分るものではない感じだが、M13「車は進んで僕を見る!」のギターのストロークは「Getting Better」、M14「恋の年賀ハガキ』のコーラスは「You Won't See Me」のオマージュであるという。さらには。M2「ゆで卵」には「Yellow Submarine」のエッセンスがあると見る向きもある。いずれにしても、ふたりとも、生粋のThe Beatlesファンであることは間違いなく、いい意味で好き勝手にリスペクトを捧げている。また、サウンドの話題から少し離れるが、本作『多摩川レコード』にはM15のあとにシークレットトラックが用意されており、収録全曲のメドレー、さらには「あたしのタイガース」「僕らのタイガース」「サッポロちゃん」といったナンバーが収録されていて、「ホフディランのテーマ・リプライズ」で締め括られる。この辺にもThe Beatlesファンの正しき姿勢を感じるところである。

オマージュ、リスペクトはThe Beatlesだけではない。はっきりと元ネタが分かるのはM9「ハゲてるぜ」。こちらはThe Rolling Stones「Brown Sugar」だ。アウトロで、こちらもまた堂々と有名なフレーズを…というか、ご丁寧にMick Jaggerのシャウトを拝借している。この他にもThe Doors風のオルガンが聴こえてきたりもするし、カントリー調のサウンドもあるし、ことサウンド面においては、1960年代の洋楽を中心にそのエッセンスを注入しているのは間違いない。2人は“よくこんなに遊ばせてもらったと思う”と制作時を振り返っていたという話があるようだが、それは当時のレーベルであるポニーキャニオンの懐の深さもさることながら、彼らのポテンシャルがデビュー当時から高かった証拠でもあろう。音楽に対する造詣の深さ。それがなければ、デビューアルバムでこれだけのことができるわけもない。本稿冒頭で、四半世紀の間、歌い継がれているM3「スマイル」のことを書いたけれど、逆に考えれば、デビュー作において、相当に歌のメロディーがしっかりとしていて、サウンドが多彩なロックミュージックを送り出したユニットなのだから、25年程度でその存在が霞むわけもないのだろう。この『多摩川レコード』も同様。今聴いてもまったく古びたところがない。実に良くできたアルバムである。

TEXT:帆苅智之

アルバム『多摩川レコード』

1996年発表作品

<収録曲>
1.ホフディランのテーマ
2.ゆで卵
3.スマイル
4.ミスターNo.1
5.呼吸をしよう
6.昼・夜
7.マフラーをよろしく
8.MILK
9.ハゲてるぜ
10.スロウイン ファストアウト
11.マフラーありがとう
12.フランクフルトの日が暮れちゃう
13.車は進んで僕を見る!
14.恋の年賀ハガキ
15.サガラミドリさん

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