高田「日芸のバリケードに通った日々。それで国がひっくり返ると信じてた」高田文夫×中野翠×清水ミチコ

9月16日(木)13時0分 婦人公論.jp


左から、中野翠さん、高田文夫さん、清水ミチコさん

幼少期も、悩める青春時代も、そこにはいつも映画あり、江戸前の笑いあり。それが今回のゲスト、高田文夫さんと中野翠さん。話は太田光さんや宮藤官九郎さんら、高田さんが卒業した日本大学芸術学部の後輩たちとの関係から中野さんの就活事情、そして「難攻不落の江古田城」で闘った大学紛争の思い出まで広がっていきます!(撮影=大河内禎 構成=本誌編集部)

* * * * * * *

3周回って新人扱い


高田 (バックナンバーを眺めて)前回は黒沢(かずこ)がきたの?

清水 前々回かな。

高田 ラクなゲスト、呼ぶんじゃないよ。(笑)

清水 ラクなわけあるか、売れっ子は忙しいんだから(笑)。そういえば3年くらい前、松村(邦洋)さんのライブでトークする高田さんを見て、黒沢さんが「あれは誰ですか、何者なんですか」って、メールしてきたことがあった。

中野 高田さんを知らなかったってこと?

高田 たまたま客席にいて、「面白い新人が現れた」と思ったらしいんだよ。まあ、俺も3周回って新人として現れたんだけどさ。

清水 「とにかく、頭の回転がものすごく早いんですよ」って。

中野 あははは。若い世代はわからないのか。

高田「太田みたいにファンを広げてくれるのは助かる」


清水 しかも黒沢さん、最近ラジオで『ビバリー(昼ズ)』聴くようになって、ようやくあのときの高田さんと同一人物だと繋がったらしいね。太田(光)さんの大ファンっていう声優の子も、『ビバリー』聴くようになって、高田さんのファンになったんでしょう。

高田 『鬼滅の刃』にも出てる声優の花澤香菜ね。太田の番組は、テレビもラジオも全部チェックする太田フェチ。そしたら、やたらと俺の話題が出てくる。じゃあ本家を聴いてみよう、ということで、そこからファンになってくれたの。こっちはもう33年もやってるのに。

清水 爆笑問題は、ずっと『ビバリー』聴いてるからね。

高田 太田も聴いてくれるし、俺も聴いてる。お互いラブコールだね。昨日も爆笑のラジオを聴いたけど、やっぱり面白かったよ。

清水 昨日のってことは、深夜放送? 若いなあ。(笑)

中野 そうやって自分を慕ってくれるのは、嬉しいでしょう。

高田 嬉しいし、太田みたいにファンを広げてくれるのは助かる。メディアとはどういうものか、太田はよく知ってるんだよ。

中野 太田さんは、日大芸術学部の後輩にあたるわけでしょう。

高田 日芸には太田に限らず優秀なヤツがいっぱいいる。1つ下だと、早くに亡くなった森田芳光、もう少し下だと三谷幸喜や宮藤官九郎……。宮藤は中学生のときから俺の番組に投稿していて、仙台で番組オーディションを開いたときはネタ見せにきたんだよ。

清水 確か、何度も落としたんだっけ。

高田 落としても、次の日には違う友達を連れて、「先生、見てください」ってまたくるんだよ。で、ネタの最後になるとパンツおろすの(笑)。「テレビはね、おちんちん出しちゃいけないんだよ」っていくら教えてもわからない。あの子は人がいいんだな、きっと。

清水 面白いものを書くことが、昔から好きだったんだね。

田舎では無縁、東京では身近な芸能界


高田 結局好きなものがあるヤツは、大人になってもさほど変わらないよ。ミッちゃんは子どものころ、なにになろうと思ってた?

清水 うちは喫茶店をいくつかやってたから、大人になったら私と弟とで店をわけて、家を継ぐものだと思ってた。

高田 それが、いつのまにかジァン・ジァンに出るようになってたわけだ。(笑)

清水 タモリさんに憧れて、ラジオに投稿するようになって。ふたりは東京の人だからわからないと思うけど、田舎にいると芸能界って、目指そうと思うものではなくて最初から無縁の世界なの。でも東京にきてみたら、逆にちょっと身近に感じられたんだよね。

高田 身近に感じたのはジァン・ジァンだからだよ(笑)。「あ、永六輔きてるんだ」って。

清水 まあ、けっこうビビりましたけどね(笑)。中野さんは子どものころから書くのが好きだったって、エッセイにもあったけど。

中野 いや、どちらかといえば絵を描くほうが好きだった。子どものころの作文って、遠足だとかなにかしらの行事のあとに書かされるものだったでしょう。なんで過ぎたことを書かされるのかなって。

学校では褒められて親からは怒られた作文


高田 お、反骨精神。その点俺は小学校3年のとき、作文で世田谷代表に選ばれたからね。賞状もらったんだよ、「私のお正月」っていう題で。

清水 きっと大人が好むようなことを書いたんでしょうね。(笑)

高田 ちょうど一番上の姉が嫁いだ年で、俺は「泊まりにおいで」って言われて出かけて行ったんだよ。要は、夫婦になってはじめて迎えるお正月。新婚だからか知らないけど、おせちじゃなくて食パンを出されて食べたんだな。それを延々書いたのよ。そしたら「素直に書けてます」って褒められてさ。

清水 昔は素直だったんだ。(笑)

高田 だけど親からは「うちの恥をさらすんじゃない」って怒られた。まあ、そうだよな。おせちやお餅が出ると思ってたら、パンしか出なかった話だから。

清水・中野 あははは。

中野 ほかの子どもに比べて、視点が異彩を放ってたんじゃない。

高田 「素直に書けてる」って言われりゃ、そうだよな。そういうお正月もあるってことだから。書かされることがイヤだった中野さんは、早稲田出たあと、ひとまず就職してるんだよね。

中野 卒業して、出版社を2社受けたの。ひとつは文化出版局。ペーパーテストからはじまって、3回くらい面接されたような気がするんだけど、そこまで進んで最終的に落とされちゃった。

清水 うわー、それはキツい。


「ゴンドラで8段目まで上がったのに、1問間違えただけでズドッと下まで落とされるみたいなものよ。」(中野さん)

学生でも声を上げれば国がひっくり返ると信じてた


中野 昔、『アップダウンクイズ』ってあったでしょう。

高田 あった。夢のハワイ旅行に行けるんだよ。

中野 ゴンドラで8段目まで上がったのに、1問間違えただけでズドッと下まで落とされるみたいなものよ。それで、父がいた新聞社の出版局でお茶くみをしたの。

高田 お茶くみって仕事、昔はあったんだよな。メインはお茶を淹れることなの?

中野 それが、本当にお茶を淹れるのが仕事のメインなのよ(笑)。何十人もいるフロアで、朝と昼と2回、淹れて配るのはけっこう大変だったんだけど。1年くらいして、既卒者でも受けられる試験があったから主婦の友社に入ったの。

高田 俺と中野さんは2つ違いのほぼ同世代だけど、俺のまわりはあまり企業に就職しなかったような気がするね。

清水 大学紛争の世代だから?

高田 就職は「体制に負けた」って言われたもん。元祖フリーターの世代よ。

中野 卒業時期が遅れたり、就職するにもいろいろ影響が出たしね。

清水 三島由紀夫と東大全共闘が対峙した、あの学生側と同じ主張だったってことだよね。

高田 最初のうちは、朝日も毎日も1面で学生の味方をしてた。だから学生でも声を上げれば革命が起きる、国がひっくり返る、と信じてたんだよ。俺はバリケードのなかへ差し入れ持って、通ったね。

清水 あははは。わかった、高田さん、そういう役割だったのか。

難攻不落の江古田城と呼ばれた日芸


高田 落語聴かせてみんなをほぐす重要な役割よ。慰問団、まさに(柳家)金語楼がいたわらわし隊だね。それでいいところの子だから、帰って風呂入って、ビール飲んで寝てさ。通いで行くんだ、俺は。

清水 ほかのみんなは?

高田 田舎から上京してきた学生がほとんどだから、みんなアパート引き払って、キャンパスに住みついちゃう。だって丸2年、授業がないんだもん。ロックアウト。

清水 まわりも一緒だと、そういう生活もできるのかな。

高田 日大全共闘は、最大の動員数を誇っててね。そもそも日大の場合、大学側が裏口入学を斡旋して巨額の脱税事件を起こしたことが発端なんだよ。スローガンは「古田(重二良)を倒せ」だから。

中野 古田会頭って、キャラクターとしてはよかったよね。まさに悪役ふう(笑)。日大はプラカードや旗がおしゃれだった。普通は墨か赤だけど、カラフルでサイケデリックな柄モノだったりして。

高田 日大の本部は御茶ノ水なのに、俺たち芸術学部は江古田だろ。離れ小島で闘ってるようなものなんだけど、芸闘委もなかなか闘争的だったよ。夜中になると、スト破りでやくざが日本刀持ってくるわ、最終的に機動隊がくるわで。

清水 生で見たかった気もする。

高田 日芸はアーティスト集団だから、城をつくっちゃうんだよ。遠目にはアート。でも構造がすごくて誰も潰せない。「難攻不落の江古田城」って言われたんだから。

中野 私たちの親は戦後の日本を支えたけど、若いころ戦争に「NO」が言えなかった世代でもある。こっちは血気盛んだから、「戦争止められなかったくせに」「馬鹿じゃないの?」みたいな気分もあったんだろうね。

<後編につづく>

婦人公論.jp

「高田文夫」をもっと詳しく

「高田文夫」のニュース

「高田文夫」のニュース

トピックス

BIGLOBE
トップへ