スター・ウォーズが100倍おもしろくなる「ミレニアム・ファルコンとハン・ソロの秘密」(後編)

9月17日(日)11時0分 文春オンライン

 前回は「撮影用模型としてのミレニアム・ファルコン」と、それを完璧に縮小再現したバンダイ製プラモデルの魅力について主に語った。今回はいよいよ「スター・ウォーズ世界でファルコン号が果たしている本当の役割」、そして「なぜ、ファルコン号の船長はハン・ソロでなければならなかったのか」「なぜ、新三部作で主人公のレイはファルコン号の新たな主となったのか」という核心部分について論じていきたい。


「根をもつこと」と「翼をもつこと」との相克


 その謎を解く鍵となるのが、ジョージ・ルーカスがスター・ウォーズに先立ち、監督した映画「アメリカン・グラフィティ」だ。


©1973 Universal Studios. All Rights Reserved.

 この映画、ルーカス自身が青春を過ごした1960年代初めのアメリカ西部の田舎町、モデストを舞台に、高校を卒業した直後の若者たちの一夜を描いているのだが、驚くべきことに、この作品のテーマは、「スター・ウォーズ」シリーズ全体のテーマとまったく同じなのだ。


 それは、社会学者にして思想家でもある見田宗介(筆名・真木悠介)の言葉を借りれば「根をもつこと」と「翼をもつこと」との相克と言えるだろう( 『気流の鳴る音 ─交響するコミューン』 ちくま学芸文庫)。


「アメリカン・グラフィティ」に登場する若者たちはいずれも、人間が根源的に持つこの二つの欲求の間で引き裂かれている。故郷を出て大学に進学しようとする若者たち、つまり「翼を得ようとしている者」は、故郷に残す恋人や友人たち、すなわち「自らのルーツ(根)」への思いを絶ちがたい。一方、才能やお金に恵まれずこの町で暮らし続けるしかない若者たちは、「自分はこの町に永遠に縛られ続け、外の世界で羽ばたくことはかなわないのか」という絶望感にさいなまれている。


©1973 Universal Studios. All Rights Reserved.

 彼らのこうした相克が一夜のらんちき騒ぎにつながり、彼らのその後の運命をも左右していく——。それが、「アメリカン・グラフィティ」という物語の基本構造だ。


 そして、この映画で登場人物の若者たちと同じぐらい、あるいはそれ以上に愛着をもって描かれているのが、登場人物たちが乗る1950年代のアメリカ車たちだ。登場人物は物語の大半のシーンで車に乗り続け、ほとんどの物語は車の中で進んでいく。それぞれが乗る車はまるで、登場人物自身の精神の分身(「ジョジョの奇妙な冒険」の「スタンド」!)であるかのようにさえ見える。


©1973 Universal Studios. All Rights Reserved.

 彼らにとって「車」とは、「ホームに居続けたい(根をもつ)」という欲求と「外の広い世界を見たい(翼をもつ)」という欲求の間に引き裂かれそうになっている自らの心を、柔らかく包み込み、かりそめの安定を与えてくれる「移動するホーム」なのだ。


「かりそめの家」でもあり、「外の世界との接点」でもあるという両義性。それが、ルーカス自身を含むかつてのアメリカの若者たちにとって、車という存在の持つ意味だった。


 勘のいい読者はすでにピンと来たと思うが、スター・ウォーズ世界の中でミレニアム・ファルコンが果たす役割も、これとまったく同じ。つまり、ファルコン号とは、ルーカス自身が青春時代に乗り回した車が、スター・ウォーズ世界に「転生」した姿だったのだ。



©getty

 ファルコン号のコクピットは前2席、後ろ2席という宇宙船としては他に例のない配置だが、これも「車に乗っているかのように撮りたい」「車の中で生じるようなシチュエーションを再現したい」という演出意図に基づくものだと考えれば、納得がいく。実際、ファルコン号のコクピットで繰り広げられる登場人物たちのバカ騒ぎや痴話ゲンカは、「アメリカン・グラフィティ」の再現そのもの。


 ちなみに、ファルコン号の船長ハン・ソロを演じるハリソン・フォードは「アメリカン・グラフィティ」にも登場しているが、その役どころは「自慢の車に乗ってアメリカのあちこちの街に出没しては、その街の腕自慢に自動車の草レースを挑む」という風来坊。つまりは、ソロのキャラクターとほとんど一緒なのだ。


 それでは、なぜファルコン号の船長は「ハン・ソロ」でなければならなかったのか。


 答えは「主要登場人物の中でソロだけが、どっちつかずのモラトリアム的存在」だから。


 確かに彼は故郷の星コレリアから出て、一見自立したタフガイに見えるが、生計を立てているのは密輸というヤクザでチンケな稼業。しかも、稼いだカネの大半をファルコン号の改造に費やしてしまい、いつも借金取りに追われる身。どう見ても、地に足のついた大人じゃないし、かといって「翼をもつ」と言えるほどの大志もない中途半端なヤツなのだ。


 そして、モラトリアムであるが故に脆弱な彼の精神のよりどころとなっているのが、「ミレニアム・ファルコン」だ。彼のファルコン号に対する愛着の深さ、こだわりは劇中で執拗に繰り返される。つまり、ルーカスは「ハン・ソロってかっこよく見えるけど、実はオタクのモラトリアム野郎なんだよ」というメッセージを観客に発信し続けているのだ。本当の「大人」ならば、オンボロのファルコン号にこだわりなど持たず、平気でもっと高性能の船に乗り換えるに違いないのだから。


「アメリカン・グラフィティ」作中で、車の改造に明け暮れる不良少年が、愛車に自らのアイデンティティーを見いだすように、半端なソロにとってファルコン号は「自我の一部」なのだ。


©getty

 一方、「エピソード4〜6」の主人公のルーク・スカイウォーカーには「フォースを学び、ジェダイ騎士になりたい=翼を得たい」という強い憧れはあっても、「根をもつこと」へのこだわりはさほどない。ルークが物語の序盤で早々とファルコン号を降り、それ以降は一貫して「Xウイング」という1人乗りの戦闘機で旅を続けるのは、その象徴だろう。


 そしてヒロインのレイアは「反乱軍の重鎮」であり、しっかりとした根をもつ存在である。レイアは「フォースが強い家系」の一員だが、「フォースを学ぶ=翼をもつ」ことへの関心はない。こうした点から見ても「モラトリアム人間のかりそめのホーム」であるファルコン号の船長にふさわしい主要キャラは、ソロだけであることが分かるだろう。


 しかし、ソロはレイアや反乱軍と行動を共にするうちに、次第に「仲間意識」「責任感」が芽生えていく。そしてついにはレイアと結ばれ、物語の終盤の「エピソード6 ジェダイの帰還」では反乱軍の「将軍」に就任する。つまり彼は「しっかりとした根をもつ存在=大人」になったのだ。


 まさにそれと同時に、彼はファルコン号の操縦席を旧友に譲り、自らはレイアと共に別の任務に就く。モラトリアムの時代が終わると同時に、彼とファルコン号との関係が終わりを告げるのは「物語上の必然」と言えるだろう。彼はこの時、ルークのように「翼をもつこと」ではなく「組織の一員として、レイアと共に生きる=根をもつこと」を選択したわけだ。


 さらにいえば、現在進行中の新三部作で、「家族が戻ってくるかも」という思いから故郷の星に縛り付けられていた主人公レイが、外の世界に出るためにファルコン号を必要としたのも、「モラトリアム人間にとってのかりそめの家」というファルコン号の物語上の役回りを考えれば納得がいく。同じく、家族の葛藤から逃げ出して密輸稼業に戻り、再びモラトリアム人間となった年老いたソロが、ファルコン号に戻り「We’re home」とつぶやいた理由も。ソロもまた、自らのうちの「根をもつこと」と「翼をもつこと」との葛藤を、ついに克服できなかった人間だった。



アナキンのなしえなかった「根をもつことと翼をもつことの調和」


 ちなみに、スター・ウォーズの「エピソード1〜6」を通じて「根をもつこと」と「翼をもつこと」の葛藤を最も体現しているのは、ルークとレイアの父親でありシリーズ全体を通じての核心的存在でもある「アナキン・スカイウォーカー=ダース・ベイダー」だ。


©getty

 アナキンは、辺境の惑星で奴隷としてこき使われる少年だったが、銀河共和国の守護者であるジェダイ騎士に見込まれ、故郷を離れてジェダイへの道を歩み始める(=翼をもつこと)。だが、故郷に母親を奴隷の身分のまま残してきたことが、彼にとっての強烈なトラウマとなり、ジェダイにとっては禁忌である、「肉親や家族への強い執着(=根をもつこと)」を生み出す。その家族への思い自体が、彼を悪の世界へと転落させてしまう最大の要因となってしまう。つまり、アナキン=ベイダーの悲劇自体が、「根をもつこと」と「翼をもつこと」の相克がもたらした結果と言えるのだ。

 

 一方、「エピソード4〜6」では、先に述べたように「翼をもつこと」と「根をもつこと」はそれぞれ、ルークとレイアという別々の人格に振り分けられた。その結果、両者の対立は顕在化せず、一応のハッピーエンドを迎えることができた。だが、スター・ウォーズという作品全体を通じての問いかけである「根をもつことと翼をもつことの相克をどう解決するのか」ということへの答えを回避してしまった、とも言える。


 そして、「エピソード7」から始まる新三部作。レイは作中の「翼をもつこと」の象徴である「フォースへの道」を歩み始めると共に、チューバッカからは、ソロに代わるファルコン号の主としても認められている。ファルコンに乗る、ということは絶えず仲間との関わりを続け、「根をもつこと」に接近し続けることでもある。


 レイにとってのこれからの課題は、アナキンのなしえなかった「根をもつことと翼をもつことの調和・両立」にあるのではないか。レイが「翼をもつこと」と「根をもつこと」に、どのように向き合っていくのか。それは、新三部作の評価を決定づける要因となるだろう。


 ルーカスフィルムがまとめた最初のスター・ウォーズのメイキング本 『メイキング・オブ・スター・ウォーズ』 の日本語版197ページには、ファルコン号の操縦席に座るソロ、レイア、ルーク、そしてチューバッカの写真が収められている。


 おそらくは撮影の合間のスナップショットだろうが、しっかりと前を見すえた彼らの表情は、はちきれんばかりの若さと、覇気と、希望に満ちている。まさに、第一作のスター・ウォーズの雰囲気をそのまま体現した一枚と言えるだろう。


 バンダイのファルコン号を作る時、私も「愛するファルコン号に違法改造を繰り返す若き日のハン・ソロ」の気持ちを、つかの間追体験できる。それは私自身が今も大人になりきれず、「モラトリアム」を続けている何よりの証しだろう。しかしその一方で、ファルコン号を作ることで得られる悦びは、この写真の中の彼らが持っていたであろう「くそったれな世界だけど何とか生き延びてやろう」という覇気をも、私の心に甦らせてくれるのだ。



INFORMATION

『アメリカン・グラフィティ』

Blu-ray ¥1,886+税 DVD ¥1,429+税

発売元:NBCユニバーサル・エンターテイメント



(小石 輝)

文春オンライン

この記事が気に入ったらいいね!しよう

スター・ウォーズをもっと詳しく

PUSH通知

緊急速報ニュース

緊急度や重要度の高いニュースが発生した際にすぐにプッシュ通知を送ります。
通知設定一覧からいつでも解除ができますのでお気軽にご登録ください。

通知設定一覧

BIGLOBE
トップへ