【ロッテ】西岡剛の心を動かした井口資仁の言葉

9月20日(水)11時0分 文春オンライン

2010年、西岡が「144試合フルイニング出場」を公言したワケ


 言霊の力を実感した年だった。言霊は言葉に宿る不思議な力の事で、古くから人が口にした言葉の通りの事象が、もたらされると言われている。2010年キャンプインの時、西岡剛内野手(現タイガース)は「目標は144試合フルイニング出場」と力強く言い放った。横で聞いていてもその決意の強さを感じた。ただ、冷静にそれまでの西岡の6シーズンを振り返ると最高で07年の130試合出場(144試合制)。この年はキャプテンにも任命されており、1番遊撃という激務を繰り返しながらのフルイニング出場は相当、厳しいように思えた。


 それは大先輩の一言から始まった決意だった。「我慢してやり続けることで、最後にはいいことがあるぞ。今まで見えなかったものが見える」。ふとした時、井口資仁内野手が放った言葉が西岡の胸に突き刺さった。それまでは怪我などでフルシーズン、試合に出たことは一度もなかったが、その言葉に決意した。


「目標は144試合フルイニング出場」。あえてこの目標を胸にとどめるのではなく公言した。事あるごとにそう言い続け、シーズンに突入した。そうすることで、もう後戻りできない自分を作る。自分で自分に強烈なプレッシャーをかける。それが西岡流の言霊でもあった。


 いいことが待っている。見えなかったものが見える。井口の言葉を信じ、当時26歳だった西岡は歯を食いしばった。どんな時も全力プレーがモットー。それは諸刃の剣で、肉体を痛め続けながら、全力プレーを続けた。だから、シーズン中盤には満身創痍となった。途中、挫折しそうになった時もあったが、そのたびに井口が励まし続けた。「ツヨシ、きょうも頑張ろう」。結果、キャプテンとしてチームを引っ張り144試合フルイニング出場。目標に向かって頑張り、それを見事達成しただけではなく、シーズン200本安打をクリアし、首位打者と最多安打のタイトルにも輝いた。そして当時のマリーンズを西岡は日本一へと導いた。


西岡剛と井口資仁 千葉ロッテマリーンズ提供

 2010年、有言実行で大きな目標を達成した西岡。そこでなにが見えたのかは、本人にしか分からない。ただ、なんともいえない充実した達観したような表情をしていたことを今も鮮明に覚えているし、これからも忘れることはない。


「西岡には頑張って欲しいと思っていた。ああいう風に大きな目標に向かって突き進んで、それを実際に実現させてくれたことは本当に思い出深いし、自分も嬉しかった。これからのマリーンズの若い子にもああいう風になって欲しい」。今季限りで現役引退を表明し、西岡の心を動かすキッカケを作った井口も当時を懐かしそうに振り返る。



「西岡とコンビを組めたのはいい刺激になった」


 二遊間でコンビを組みながら日々、コミュニケーションを繰り返し、そして若者が苦しそうな表情を見せると励まし続けた。嬉しかったことがあった。春季キャンプで井口が全体練習前に恒例としている早朝ウエイトに西岡は現れた。それまでウエイトにあまり興味を示していなかったが自身の掲げる目標を達成するのだという決意を感じた瞬間だ。そして、早朝ウエイトをキャンプ最終日まで毎日、やり遂げた。重いダンベルを、歯を食いしばりながら持ち上げた。


「アイツが頑張っている事で、こっちも刺激になって頑張れた。西岡とコンビを組めたのは、自分にとってもとても新鮮でいい刺激になった」


 井口もまた2010年という年は西岡と共に歩んだという意味で忘れられない特別な一年となった。そんな井口は9月24日のファイターズ戦(ZOZOマリンスタジアム、14:00試合開始)をもって現役を引退する。長年、精神的支柱の立場としてもマリーンズを引っ張ってきた男がユニフォームを脱ぐ。若い選手の多いチーム。あの時の西岡のように大きな目標を掲げ、歯を食いしばりながら前に突き進む選手が出て欲しいと願う。公言して、達成する。それは言霊ではなく気概かもしれない。そんな侍のような男の出現が新時代のマリーンズには必要なのだと改めて思う。


引退試合ロゴ 千葉ロッテマリーンズ提供

梶原紀章(千葉ロッテマリーンズ広報)


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(梶原 紀章)

文春オンライン

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