9月14日、ファイターズの時計がふたたび動き出した日

9月20日(木)11時0分 文春オンライン

 9月14日(金)、文化放送の朝ワイドに出演した後、そのまま羽田に直行し、空路、北海道へ移動した。球団史に残る試合だ。行かなかったら一生後悔するだろう。北海道胆振(いぶり)東部地震の後、ファイターズが初めて本拠地・札幌ドームで試合をする。6日未明に発生した地震の影響で、翌週も電力不足が懸念され、一律2割の節電目標が掲げられていた。


 ファイターズは早々と11、12日のロッテ戦の中止を決めた。札幌ドームの試合中止は2004年の球界再編騒動に伴うスト以来だそうだ。振替開催の10日楽天戦(楽天生命パーク。本来は7日開催の試合だったが、交通手段が断たれ移動できなかった)も雨天中止になったから、4日間、試合なしだ。チームは鎌ヶ谷で元気に調整してる旨、報道が出たけれど、この4日間は何か野球そのものがブラックアウトしてしまったかに思える不安な日々だった。上位争いの西武もソフトバンクも、今年簡単に勝たせてくれないオリックス、ロッテ、楽天も、そしてセの各球団もラストスパートをかけている。うちだけが取り残されて、野球なしだ。


 思い出したのは30代半ばで脳腫瘍を患って、入院したときのことだ。何で自分だけが、と思ってしまうのだ。みんな何の心配もなく順調に時計の針が動いてるのに、自分だけ雑誌連載もラジオのレギュラーもストップして、時が止まってしまった。みんな極彩色のカラーなのに、自分だけ色が消えた。自分だけが取り残されている。自分だけが置いていかれてる。これでうっかり死んじゃったらみんな自分のことなど忘れるだろう。寂しいなぁと思った。あのときは寂しくて悔しくて、病室に持ち込んだグローブにボールをぱんぱんぶつけた。


 だから、ファイターズの時計がもう一度動き出す14日のオリックス戦は絶対に見たかった。大袈裟なことを言えば北海道へ球団移転して15年、ファイターズが何をしてきたかはっきりする試合だ。コンコース等の照明を落とし、レフト側ビジョンを消して、25パーセントの節電ナイターを実現するというけれど、それが何になるのか。「札幌ファイターズ」と都市名でなく、「北海道」を名乗った意味は何なのか。一体どのくらいの人数、野球がなけりゃ生きていけない人がいるのだろう。野球が生きる力になるのだろう。


「いつも」を取り戻そうとしている


 新千歳空港は照明が落ちて別の場所のようだった。天井が破損し、売店が軒並み閉まっている。エアポートバスでまっすぐ札幌ドームを目指したが、途中、清田区里塚で、駐車場の片側がアリ地獄のようにすとーんと陥没してるのを見た。僕が考える「液状化現象」とはスケールが違った。スマホには毎日、胆振地方の余震速報が入る。気を引き締めた。ただの野球見物に来たわけじゃない。物見遊山じゃない。北海道は僕のホームだ。子どもの頃は釧路に住んで、長じては野球やアイスホッケーを通し、沢山の友人知人を得た。みんな心細い思いをしているなら、僕も同じ思いをする。飛行機はガラガラだったし、リュックには懐中電灯持参だけど、同じ場所に立つ。


 エアポートバスに何人も野球ファンが乗ってて、札幌ドーム前でぞろぞろ降りていく。車窓からゲートを目指す人の波が見える。いつものようだ。今シーズンずっと続いてきた「いつも」のようだけど、それは本当は連続していないんだな。地震でいったんストップしている。ここから見えている全員が暗闇のなか、ぽつんと取り残されるような不安と闘った人たちだ。それがみんな足早に球場ゲートを目指している。いつものようだ。「いつも」を取り戻そうとしている。


 球場コンコースは本当に薄暗かった。支援の募金箱が設置されている。ファイターズ、バファローズ両軍の選手、球団スタッフがハイタッチでファンの入場を出迎えた。バファローズ側は増井浩俊が積極的に動いてくれたという。なるほど、野球は対戦相手がいる。1人じゃない。自分だけが時計を止めたわけじゃない。オリックス・バファローズの本拠地、神戸・大阪は台風21号(地震と同じ週に甚大な被害をもたらした)の被災地だ。彼らだって「いつも」を取り戻す闘いをしている。


 試合前からスタンドの雰囲気が素晴らしかった。みんな、野球をいとおしんで大切に扱っている。僕はコンコースを歩き、スタンドをぐるっと歩いた。顔見知りがあちこちで挨拶している。元気だったか、大丈夫だったか、西武が強い、今日はロドリゲス大丈夫か。オリックス20回戦の先発はロドリゲスとローチだ。ファイターズは3月30日の開幕がロドリゲスで、地震後の再開幕がまたロドリゲス。何とまだ札幌ドーム未勝利の投手だ。



ファンが待ち構えるレフトスタンド前で声援に応える鶴岡慎也とロドリゲス



ファイターズの気持ちが形になって表れた場面


 僕は試合前半、球場内の風景をウォッチするのに注力した。ライト側の唯一残ったビジョンに選手らのメッセージが映し出される。中田翔キャプテンが「微力ではありますが、今日を復興へのプレーボールとすることを誓います」とスピーチ、大きな拍手を受ける。が、実際のプレーボール直後、ロドリゲスはあっさり失点を許してしまった。こりゃ復興どころかボコられるんじゃないかと案じていたら、鶴岡慎也がナイスリードで立て直してくれた。スタンドは純度が高い。上のほうの席でも、端っこでもみんな選手のメッセージをちゃんと聞いて拍手している。この日、ビジョンは通常演出を止めて、選手メッセージを出し続けた。


 ファイターズの気持ちが形になって表れたのは、4回裏の攻撃だ。近藤健介ヒット、中田翔がバットを折りながら懸命に走って、相手の野選を呼び1死1、2塁。僕はこのときのコンスケ&中田の激走にしびれた。ボテボテのショートゴロだ。折れたバットが飛んでオリックス、安達了一は待って捕った。その分、送球が遅れたといえば遅れたんだが、ほんのわずかの話だ。それをコンスケも中田も命がけで走ってオールセーフ。そこからレアード四球、清宮幸太郎四球でまず押し出し同点。続く鶴岡が初球を叩いてセンター前へ逆転タイムリー。四球の後の初球ってやつだ。短く持ってストレートに張っていた。


 そのときの球場、みんな泣きそうになるのを堪えている。鶴岡の名を呼ぶ。言葉にならない声を上げる。ハイタッチ、ガッツポーズ、やがて「おーいおーい北海道、バンザーイ、バンザーイ!」。僕はレフトスタンドの一角に陣取っていた。何度も拳を突き上げた。この試合だけはみんなと一緒に見たかった。


最高カッコいいメガホン応援男「キタさん」との出会い


 で、そのおかげで知り合いになったのが恵庭市の北川さん、通称「キタさん」だ。ふと横を見たらGAORA中継でしょっちゅう抜かれているメガホン応援男がいた。精悍な顔つきだ。少し大きめの手製のメガホン。スポーツシャツにスラックス。そしてここがポイントだが白い手袋をして、貴重品のようにメガホンを持つ。服装の伝える文化は体育祭やなんかの応援団スタイルだ。僕らはGAORAの画面越しに、試合後半のヤマ場、全力応援する「キタさん」を見てきた。


 真横で体感する「キタさん」は格別だった。基本的にレフトスタンドの応援は逸脱しないのだ。みんなと同じ応援をする。が、誰よりも声を酷使する。選手名のコールは最後、クリスタルキングばりのハイトーンで抜ける。かと思うとしゃくり上げるような、えずくような、あるいは犬が吠えるような声域をコンビネーションで使う。たぶん声を酷使することがチームを鼓舞する実感とダイレクトにつながっているのだ。そしてのど飴を大量に用意して、イニングの表、敵の攻撃の間に舐めつづける。僕は一発で気に入った。「キタさん」、最高カッコいいぜ。僕はあの、えずくやつがいちばん凄いと思う。



 一般的にはどうも「メガホンおじさん」とか「メガホンニキ」(ニキはアニキ?)とSNS等で呼ばれていたようだ。これからは「キタさん」と敬称で呼んでくださいね。GAORAの画面で見るより百倍凄いことをレフトスタンドの現場でやっている。「野球が戻ってきてよかったねぇ」と話を振ったら「まだ野球どころじゃない人もいて、不謹慎と言われるかもしれないけど、やっぱりみんな野球がないときついんです、待ってたんです」と言う。


 それから僕らレフトスタンドは大田泰示の追加点タイムリーに、鶴岡の2点目のタイムリーに大はしゃぎして、北海道バンザイを繰り返した。またラッキー7、ライトスタンドの「がんばろう西日本!!」「がんばろう関西!!」「がんばろう北海道!!」「野球のちからで日本をあかるく笑顔にしよう!!」「一日も早くみんなが日常を取り戻すことができますように」のオリボードに盛大に拍手した。


 4対1で9回表を迎えたんだけどね、抑えの石川直也がロメロに22号2ランを浴び、尚もランナーを出して薄氷の1点差逃げ切りだった。鶴岡がホームランの後、すぐマウンドに行って石川直を落ち着かせてくれたんだ。


 僕らレフトスタンドは祈りつづけた。勝利と、勝利より大きなものをつかみたくて祈りつづけた。最後は安達を三振に仕留めてくれたよ。笑顔で「キタさん」とハイタッチした。僕はこの1勝を忘れないと思う。


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(えのきど いちろう)

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