黒沢年雄の終活「葬式は2年前に済ませた。位牌や戒名も」

9月20日(木)16時0分 NEWSポストセブン

名俳優が終活を語る(撮影/小暮誠)

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「終活」。人生の残された時間と向き合うことで、第2の人生を豊かに過ごすきっかけとなる言葉だ。それは、著名人も同じ。俳優・歌手の黒沢年雄(74)が語った。


 * * *

 僕の終活は、既に終わらせています。もう理想の人生だったと言える状態です。


 子供の頃は戦後だから貧しかったけれど、その後に食べたいものはすべて食べ、行きたいところには行き、着たい服もぜんぶ着た。唯一、野球選手になるという夢は叶えられなかったけれど、その後に目指した俳優として仕事ができて全部が叶った。


 今ある財産といえば、家が2軒あるだけ。財産はほかにはありません。家は僕と女房の共同名義になっているので、僕が死んだら妻の物になり、やがて娘に渡っていくことになります。税理士さんに僕の資産を全部見て試算してもらい、相続税の心配もいらないようにしてもらった。


 体のことでは、かつて患ったがんは治りました。今は定期検診を受けていますが、またがんになることもあるかもしれない。もしそうなったら、大掛かりな治療や大手術はしません。これは家族に伝えています。そこまでして長生きしたくないからです。ものが食べられなくなったら点滴などせずに、そのまま死のうと決めています。今、死ねたら本望ですよ。理想の人生を歩んできましたから。



 葬式は2年前に済ませています。比叡山延暦寺阿弥陀堂に夫婦の位牌があります。戒名は英勝院智俊慈道居士。まだ生きているので赤字で彫ってあり、亡くなるとその赤が削られます。お坊さんが四十九日もやってくれて、骨は半分は黒沢家の墓に、半分は比叡山におさめられる。


 お墓はせっかく建てても100年もすればなくなるものでしょう。子供がずっと守ってくれるものでもない。いずれ無縁仏になって供養もされずに終わってしまう。でも、ここなら比叡山がある限り、永遠に祀ってくれる。大勢の観光客がやってきて、拝んでもくれるでしょう。


 こう考えるのも、人に迷惑をかけたくないから。僕が野球選手の夢を諦めたのは、16歳の時におふくろが亡くなったからなんです。おふくろの最期の言葉は「年雄、よろしく頼むよ」。僕がしっかりみんなを養わないといけないと思うから、できることは全部、やっておきたいんです。


 僕はよく「怖い」と言われるんだ。今まで、コンプレックスからきている反骨精神の「負けるもんか」という気持ちが強すぎたからだと思っています。それを捨てて、来年からは笑顔だけで行こうと思ってね。見た人に「怖くないじゃない」「いい歳して面白いね」と言ってもらいたい。「馬鹿だね」と笑われてもいいし、むしろ笑われたい。みんなが笑えば、社会が明るくなるじゃないの。そうして人生を終わらせたいね。


※週刊ポスト2018年9月21・28日号

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