娘のお受験のために離婚はできないから。仮面夫婦という選択

9月21日(月)12時0分 婦人公論.jp


イラスト:大高郁子

喧嘩の絶えない家庭。はたまた会話すらない夫婦。それでも別れないのは世間体を気にしてか、経済的な事情か。そして、「あなたのため」という重い一言を背負う子どもの思いは——(「読者体験手記」より)

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娘の幸せだけを願って、生きてきたのに


ミッション系の学校が、家族仲を重視するというのは本当だった。娘の通う小学校では、毎年、家族写真の提出を求められる。最初の年にカジュアルなスナップ写真を提出して大恥をかいてからは、写真館で撮影をするようにした。娘を挟んで立つ夫と私。ここに祖父母が加われば、「ファミリー」としてのポイントはより高まるらしいのだが、私の両親はすでに他界していたし、夫の両親には絶対加わってほしくなかった。

小学校受験の面接を控え、私たち夫婦を悩ませたのは、夫と私が別居していることを、学校側にどう伝えればよいかということだった。同居していた期間はごくわずかで、その後は夫の月に一度の通い婚、いわゆる「月末婚」が続いていた。

夫は、もともと私の主治医である。結婚に際し、私の両親は一人娘の私が遠方に住むことを嫌がったし、私の地元の大学病院に勤務していた夫は、故郷のK県には帰らない、この地で働き続けると約束してくれた。

しかし結婚後、息子を取られたという思いを強くした夫の両親が、開業資金をすべて出すからK県に帰って来いと夫に言い出したのだ。

当初、私も夫についてK県へ行ったが、そこでの暮らしは1年と持たなかった。法事の時、私が小ぶりな練り切りを用意したら、質実剛健の姑は、「こんな気取った菓子より大ぶりの徳用大福のほうがうまい」と文句を言う。私がほんの少し夫の肩に手を触れただけで、舅から「ふしだら」と大目玉を食らったこともある。

しまいには、「息子には、K県出身のよいところのお嬢さんをもらいたかった」「今からでも離婚してほしい」と夫の不在時に義父母から訴えられた。娘さえいなかったら、私だってとっくにそうしている。私は、娘の幸せだけを願って、この四半世紀を生きてきたつもりだ。

ドールハウスの中に一人取り残されて


名門校への扉は、夫婦の結束がなければ開けない。私は苦肉の策を講じた。

「ねぇ、別居って言うから聞こえが悪いのよ。単身赴任って言えばどうかしら」

「サラリーマンならわかるけど、病院を開業してて単身赴任っていうのは不自然だろ」

「じゃあ、あなたは遠方に住む高齢の両親を心配して、頻繁に向こうとこっちを行き来しているっていうニュアンスにしておきましょう」

私たちは打ち合わせを繰り返し、小学校に入ったあとは、娘にも念押しした。

「もし先生やお友達に、パパは? って聞かれたら、タンシンフニンと言いなさい。言ってごらん」

「タンシン……フニン」

とにかく体裁さえ取り繕っておけば、どうとでもなる。幸い、夫は潤沢な生活費を渡してくれていたから、私は専業主婦として娘べったりの生活を送ることができた。華やかな女性誌に取り上げられるような“勝ち組”主婦なのだと、自分で自分に言い聞かせてきたし、母一人娘一人というドールハウスの中で繰り広げられるままごとのような暮らしは、快適このうえないものだ。

ところが、娘にそんな胸の内を見透かされるのは時間の問題だった。思春期になった娘は、明らかに私に対して冷笑的になっていった。「仮面夫婦を続けるのはあなたのためってママは言うけど、結局自分がかわいいからだけじゃない」と言われた時には傷ついた。図星だからだ。

やがて娘は大学進学とともに一人暮らしを始め、私のもとから離れていった。いまは就職し、大学時代に知り合ったボーイフレンドとのデートに忙しい様子。ずっと母娘で助け合って生きていく、などというのは母親側の勝手な希望にすぎず、娘がいない家に用はないのか、夫の来訪もずいぶん間遠になった。

昨年のクリスマスイブにも、腕によりをかけてケーキやローストチキンを用意したが、娘も夫も帰って来ない。娘は彼氏と、夫は実の両親と水入らずのほうが楽しいのだ。そうして私は、ドールハウスの中にたった一人取り残されてしまった。娘が憐れんだ面持ちで、「ママも自分の楽しみを見つけたほうがいいんじゃない?」と言った言葉が、ずっと耳の奥をひっかき続けている。

私は、淋しくなって夫や娘のもとへ長電話をかけ、鬱陶しがられないように、最新のカラオケセットを購入した。ユーミンの「恋人がサンタクロース」をセットして夜な夜な遠い目をして熱唱する私は、やっぱり淋しい女だろうか。

今日もとびきり上等のワインを開け、一人カラオケで盛り上がるつもりだ。

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