“いだてんマニア”サンキュータツオが振り返る「忘れられない名セリフ」5選

9月22日(日)12時0分 文春オンライン

 はじめまして。いろいろ言われてますけれど『いだてん』、面白いですよ!


 このほど『 「いだてん」完全シナリオ集第1部 』が発売されました。 



 第1部は日本人としてはじめてオリンピックに出場したマラソンの金栗四三(中村勘九郎)を軸に、1912年のストックホルムオリンピック、そして中止になった1916年ベルリンオリンピック、1920年のアントワープオリンピック、そして1924年パリの前年までが描かれます。


 時間的には、1911年のマラソン予選会から、1923年の関東大震災後までの物語です。


 軸となる主人公金栗はいながらも、各放送回とも裏主人公とも言うべき人物たちが現れ、名言連発だった『いだてん』第1部。

ランキング形式になんてできない! 比較できないものばかりですので、今回は「忘れられない台詞」として個人的に印象に残る5つをご紹介します。



熊本国体で聖歌を持って走る金栗四三 ©共同通信社


三島和歌子「おまんさぁは三島家ん誇りなんじゃから」


(「第8回 敵は幾万」より)


 三島弥彦は大資産家の息子ということもあり、将来は国を背負うエリートとして教育を受けていますが、天は二物を与えるといいますか、スポーツエリートでもあったわけです。身長も高いし運動神経も抜群。日本初の運動サークルに入って大活躍をします。あんまり練習していない状態で飛び入り参加した予選会でも、100M、400M、800Mで優勝してしまうほどの力。


 しかし、弥彦の母・和歌子はオリンピックなどまるで興味なし。むしろ帝王学をちゃんと学んでほしいと思っていて、弥彦の運動好きを好ましく思っていません。家でも、弥彦がオリンピックの「オ」の字も言えない険悪な雰囲気……。


 それでも弥彦は金栗と二人で、ストックホルムオリンピックへと向かう決断をします。


 だれしもがうらやむ境遇、そして祝福されて送り出されるのかと思いきや、三島家は一切応援しておらず、弥彦は後ろめたい気持ちで新橋の駅で鉄道に乗り込みます。


 しかしそこに!あれだけ反対していたお母さんがなんと弥彦のために自作のユニフォームまで縫って、ギリギリでかけつけるのです。


 弥彦「母上、弥彦は精一杯、戦ってきます!」


 和歌子「当たり前じゃ、おまんさぁは三島家ん誇りなんじゃから」


 和歌子、風呂敷包みを窓越しに渡す。開くとそれは、胸に日章旗を縫いつけた純白のユニフォーム。


 弥彦「……母さん」


 和歌子「弥彦……身体をば大事にしやんせ」


(完全シナリオ集より)


 ツンデレお母さんが最後の最後に方言丸出しで息子を「誇り」と絶叫するシーンに、涙した!


 歴史的にも夫を命をかけて守り通した忠妻として有名な和歌子を、白石加代子さんが熱演、芯が強そうで、意地悪そうで、でも愛情深くてという難しい役だったと思います。




 弥彦はその後もつらく苦しい人生を歩むことになるのですが、生田斗真さんの痛快男子ぶりも良かった。



橘家圓喬 「餞別だ、持っていきな」


(「第14回 新世界」より)


 このドラマを走るもうひとつのストーリーライン、それがビートたけし演じる古今亭志ん生の落語家としての人生です。志ん生が最期まで師を圓喬だと言って憚らなかったのは有名な話ですが、この圓喬、歴史上でも最高レベルの名人だと伝わっています。



 この圓喬をだれがやるのか。優しさと厳しさを併せ持つ松尾スズキさんはピッタリだったのではないでしょうか。だれに遠慮することもなく批判をし、高座から生活まで神経質に作り上げていく名人・圓喬。実際には目にしたことはないのですが、こういう人だったのかもなと思わず見入ってしまうほどでした。


 で、この厳しい圓喬師匠、物語中では咳をコホコホするシーンがはさまれていましたが、1912年、実際に肺病で亡くなっています。そこまでは語られなかったものの、若き志ん生を小朝に預けて旅に出させる。肺病で苦しいなか、わざわざその弟子の見送りにかけつけるのである。これも「ホームでの別離」なのですが、落語家らしくベタっとしていない別れ際ですごいシーンでした。


「頼んだよ小圓朝さんよお! 大事な弟子を貸すんだからなあ! 一回り大きくして返してくれよなあ!」


 あの圓喬が弟子のために頭を下げるのだ。


「フラがあんだよフラが! そいつぁ大化けすんだから! 立派に育てねえと私ゃ承知しねぇよ!」


 そして、志ん生に小さな声でこうつぶやいて、高価なタバコ「敷島」を3箱渡す。


「餞別だ、持っていきな」


「泣くヤツがあるかい、ちゃんと勉強すんだよ、じゃあな」


 浮草稼業は一期一会、なんにも考えていないように見えて、弟子のことをずっと考えていた圓喬師匠の最後のセリフが、ずっと心に残っています。



ラザロ「You, too」 四三「ばっ!」


(「第12回 太陽がいっぱい」より)


 いよいよはじまったストックホルムオリンピック。日本からはたった二人の参加となった金栗四三は、コーチも病に倒れ、一緒に参加した三島弥彦も精神的に追い詰められてしまい、異国の地で完全にひとりぼっちになってしまいます。この孤独感が視聴者にも伝わってくるくらい緻密に作られているのですが、ここで四三は、マラソンのポルトガル代表ラザロという人物と仲良くなります。


 ラザロは貧しい家の出で、ポルトガルでは大工をしており、この大会では絶対に勝つんだと意気込んでいます。おなじような想いでこの大会に来ている人がいるんだと感じた四三は、言葉は通じなくても、競技を通して心が通じ合う喜びを知ります。このシーンはスポーツの素晴らしさも表現される本当に感動的なシーンです。




 そして、「通じ合った」と実感できるのが「笑う」シーンです。


 スタート直前に集中するラザロの靴ひもがほどけているのに気付いた四三はなんとか気づいてもらおうと必死に語りかけます。が、その四三の足袋のコハゼもはずれていたというほのぼのとしたシーン。


 四三「おい、おい、カーペンター」


 ラザロ「??」


 四三「靴紐、あー……マラソン、シューズ、ひも、ロープ?」


 ラザロ「Thank you……Mr.……」


 四三「マイネーム、イズ、ふぉーてぃーすりー」


 ラザロ「Forty-three? You,too」


 四三「ばっ!」


 ここで笑いあうんだよ! 生まれも育ちも肌の色も言葉も、まったく知らない人と通じ合うの! 


 このドラマでは、

観衆に落語で語り理解してもらうという「通じ合うこと」=「笑う」というテーマが根底にあると思うのですが、それを象徴するシーンのひとつかもしれません。


 この後、ラザロは四三とも走り合うのですが、オリンピック史上初の死亡者になってしまいます。その哀しい最期を知らなかったゆえに、脇役がすごい存在感を残すのだということが印象づけられたシーンです。



幾江「こん人ばい、おるはこん人が好きだけん、こん人と暮らしたか。理屈じゃなか、そう思うたったい」


(「第15回 あゝ結婚」より)


 四三が結婚することになる、熊本での幼馴染スヤさん。しかし、スヤさんは一度嫁いだ先で、旦那さんを亡くしてしまいます。


 そのまま旦那さんの家に住んでいるスヤですが、義母の幾江に少し遠慮しています。そりゃそうだ、血の繋がりもないのに家に置いてもらっているだけで立場がない。



 そこに、四三が養子としてこの家の婿になり、オリンピック出場に必要な資金を援助してもらう話が立ち上がります。


 結婚したいのオリンピックに行きたいのワガママ放題の四三なのですが、四三を資産家の養子に迎える理由を、スヤがいないところで語るのです。大竹しのぶさんの迫真の演技に思わず落涙シーンです。




「こん人ばい、おるはこん人が好きだけん、こん人と暮らしたか。理屈じゃなか、そう思うたったい。


 家がどうの、商売がどうの、そぎゃん事は知らん。スヤが一番だけん。こん先、おるが生きるとしたら、そら、こん人のためばい!」


「どぎゃんしたら、もういっぺん、スヤを嫁にもらえるか、考えた末の養子縁組ばい。


 おるぁお前さんとは会うた事もなかし、オリンピックがどぎゃん立派なもんかも知らん。


 ばってん、スヤをもらわんなら養子にゃせんけん! こん話はしまいばい!」


 これをうっかり隣の部屋で聞いてしまったスヤさんは、思わず部屋に飛び込み「おがあさあーーん!」と抱きつくんですよね。


 自分のいないところでお義母さんがこれだけ愛してくれていることを語っていたとしたらどうでしょう?


 この男前のところが肥後もっこす! 


 このシーンは忘れられないのですが、その視聴者の「忘れられなさ」を計算したうえで、この後続く第2部での名シーンとも繋がっています。宮藤さん、すごい!



弥彦「金栗くん、一緒に走るのはストックホルム以来だね」

四三「はははは、競走は初めてばい!」


(「第24回 種まく人」より)


 第1部の最終回。1923年の関東大震災を経て、東京オリンピック招致など不可能となってしまった東京。東日本の震災後、『あまちゃん』で現地の人たちにエールを送った宮藤さんが、『いだてん』でも震災を描き、その後オリンピックを迎えようとしていた東京に生きる人々の逞しさを描いてくれました。


 神宮外苑のバラックを競技場に見立てて、復興運動会を催す四三。そこには嘉納治五郎も、女性競技の啓蒙につとめたシマさんも、第1部の立役者全員集合で、スポーツでひとつになる人々。これだけでも感慨深いシーンなのですが、徒競走で三島天狗、あの三島弥彦が登場! 金栗四三もそこに加わり、一緒に走ることに!




 弥彦「金栗くん、一緒に走るのはストックホルム以来だね」


 四三「はははは、競走は初めてばい」


 もうこのふたりのバディぶりはたまらん! 男の私でも身悶えるっ!


 見事なラストでした。


 そしてこの回では、震災で行方不明になってしまったシマが、人見絹枝に宛てた手紙が読まれます。人見絹枝はシマにずっと競技者になるよう口説かれていましたが、背の高いことやずば抜けた運動能力で化物扱いされてしまうことを恐れて、文学の世界を志していました。しかし、この手紙をキッカケにはるばる岡山から復興運動会にやってきて、シマの手紙の内容が紹介されるのです。ここだけでも屈指の名シーンなのですが、その後この四三と弥彦の気持ちのよいやりとりがあって、第1部の物語は後ろ向きではなく晴れやかな気持ちで終わります。



 いろいろ言われたりしているのかもしれませんが、私はこの大河ドラマを楽しく見ています。近現代を大河ドラマでもっとやってほしい。『いだてん』、そういう意味でもすでに歴史に残る傑作だと思います。


 いまからでも間に合うのでぜひみなさんに観てほしいです。




(サンキュータツオ)

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