旧広島市民球場の残り香を感じる男・永川勝浩の引退によせて

9月23日(月)11時0分 文春オンライン

 その人は、なぜかいつも旧広島市民球場の香りをまとっていた。


 2009年のマツダスタジアムのオープンから今年で10年。旧広島市民球場でプレーした現役カープ選手も数少なくなってきた。野手では石原慶幸、松山竜平、小窪哲也、赤松真人が旧市民球場経験者だが、彼らの場合、旧市民球場時代の一軍出場数よりもマツダスタジアムでの出場数の方が多く、印象に残るプレーの記憶もマツダスタジアムでのそれに塗り替えられているように思う。


 しかし「その人」、唯一の旧市民球場経験投手である永川勝浩(以降永川さんと呼ばせてもらう)を見ると、なぜだかストライプのユニフォームに身を包み、旧市民球場の9回表のマウンドに上がる姿を思い出してしまうのだ。それは永川さんにとって本意ではないかも知れない。現役を続ける以上、どの選手も去年よりは今年、今年よりは来年と、より良い成績を残すことを目標としているはずであり、いつまでも過去の姿にとらわれて欲しくはないはずだからである。



永川さんの印象 ©オギリマサホ


「昭和の抑え投手」とは性質が異なっていた永川さん


 なぜ永川さんに旧市民球場の残像が重なってしまうのか。一つの理由として、永川さんは旧市民球場時代の方が一軍登板数が多いことが挙げられる。特に旧市民球場最後の公式戦となった08年9月28日のヤクルト戦、9回表に梅津智弘の後を受けて登板し、最後の1アウトを取った永川さんの姿は強く印象に残るものでもあった。


 更に、永川さんがリーグ最多の65試合に登板し1.66という防御率を残したのが06年、球団記録を上回る38セーブを挙げたのが08年。いずれも旧市民球場時代のことであり、「抑え投手・永川」という強い印象が旧市民球場で刻まれたのである。


 ただ、旧市民球場が昭和の雰囲気を色濃く残した球場であったのに対し、永川さんは「昭和の抑え投手」とは性質が異なっていた気がする。昭和の抑え投手は7回、8回あたりのピンチになると登場し、そのまま試合を最後まで投げ抜くという存在だった。ピンチを食い止める「ストッパー」という和製英語で呼ばれるようになったのもそのためだろう。永川さんは9回に登場し、味方のリードを守るべく投げる(無論、守れないこともある)。90年代半ば頃から抑え投手の呼び方として定着した「クローザー」の方がイメージとしてしっくりくる。


 そもそも永川さんをクローザーに固定したのはマーティ・ブラウン監督であった。ブラウン監督は06年の就任1年目から、先発の球数制限や投手の分業制を取り入れる投手改革を行ったが、当初はジョン・ベイルが9回を投げ、永川さんはセットアッパーとして8回を投げるという構想であった。ところがベイルが故障したため急遽永川さんが9回を任されることとなり、ブラウン監督退任の09年までそれは変わることがなかった。



思い出される旧市民球場の最後の年に衣笠祥雄が語った言葉


 恐らく永川さんは、10年からの野村謙二郎監督の下でもクローザーを任される予定だったはずである。しかし10年シーズン当初に右足内転筋を損傷し、その後は主に中継ぎとしての登板となった。14年には勝ち試合の7回を投げ、8回の一岡竜司、9回のミコライオに繋ぐ役割を任されていたが、やはり「旧市民球場最後のクローザー」の印象は残り続けたように思う。


 旧市民球場は12年に解体作業を終え、がらんとした空き地に外野ライトスタンドの一部が残るのみとなった。広島市が示す跡地利用の計画(広島市ホームページ「旧市民球場跡地の空間づくりのイメージ」《平成27年1月》)では、このライトスタンドも解体する方向であるという。新球場建設の話が持ち上がっていたころ、ファンの多くから反対の声が上がっていた。採算が取れるのか、どうせ建設するならば同じ場所での建て替えにしてほしい……等々。しかしマツダスタジアムが連日超満員となっている現在、そのような声が上がっていたことすら我々は忘れかけている。


 そして今年9月6日、永川さんが現役引退を表明した。もはや旧市民球場を思い起こさせる存在がいなくなってしまう、と思うと言い知れぬ寂しさを覚えた。しかし、旧市民球場の最後の年に衣笠祥雄が語ったこんな言葉を思い出す。「今年でその球場がなくなってしまうのは、やっぱり寂しさもあります。ただ、それは仕方がないことだとも思います。人が生まれて死ぬのと一緒で、いつまでも残っているわけにはいかないんです。時代と言うのは流れているのですから」(『広島アスリート』2008年11月号)。チームも人も変わっていく。その流れに立ち会えたことを今は幸せと思いたい。


 今日、9月23日の中日戦で永川さんの引退セレモニーが行われる。15年ぶりの先発での登板が発表されている。永川さんはフォークを投げるだろうか。また首の汗をチョイチョイ指で拭うだろうか。胃薬は必要になるだろうか。永川さんがいなくなっても、カープには永川さんのモノマネがすこぶる上手い2年目の山口翔がいる。勝ちパターンの中村恭平・フランスア(Geronimo Franzua)・菊池保則の頭文字は永川さんを彷彿とさせる「N・G・K」だ。永川さんの影響は、確実に次世代のカープに繋がっていくだろう。



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(オギリマ サホ)

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