今上陛下の「お言葉」に込められた「伝統の継承者」の覚悟

9月23日(日)7時0分 NEWSポストセブン

天皇陛下80歳の誕生日を祝う一般参賀で手を振る両陛下 共同通信社

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 今上陛下は平成を通じて何を国民に伝えたかったのか。文芸評論家の富岡幸一郎氏が30年間のお言葉を振り返り、そこに込められた「伝統の継承者」としての覚悟を読み解く。


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 天皇の「言葉」をひもといていくとき、そこに大きな特色があるのがここからも窺える。それは言葉が時間を孕み、空間の現前を超えて、永い「時」の流れにつねに関わっていることだ。今ここで起こっていることを深く知り理解するためには、空間のなかにあって同時に、時間の聖性に触れなければならない。


 考えてみれば平成の三十年間とは、空間が拡張し肥大化していくなかで、時間の感覚が失われていった時代であった。IT革命によって情報化社会は飛躍的な発展をとげた。インターネットによって地球の裏側にいる人間と一瞬のうちにコミュニケーションが取れるようになり、まさに空間の地球化が現出した。この空間の近さにたいして、時間という観念が希薄化する。しかし、「時」の感覚の喪失こそは、実は現代世界における人間最大の危機であり、魂の飢渇をもたらしているのではないか。


 宗教学者のエリアーデは、「『象徴』は直接の経験の平面では明らかではない実在の様相、世界の構造を示す力を持っている」という。この世界には人智を超えたものがある。その超越的な感覚を大切にするという意味で〈象徴〉は物事の根源性を持つということだろう。国民の安寧を祈る天皇の「言葉」の力の源はここにあるといってよい。



 昭和六十一年五月、皇太子として語られた次の言葉は、今上陛下のこの三十年の象徴天皇の在り方の根幹にあるように思われる。


〈天皇と国民との関係は、天皇が国民の象徴であるというあり方が、理想的だと思います。天皇は政治を動かす立場にはなく、伝統的に国民と苦楽を共にするという精神的立場に立っています。このことは、疫病の流行や飢饉にあたって、民生の安定を祈念する嵯峨天皇以来の写経の精神や、また「朕、民の父母となりて徳覆うこと能わず。甚だ自ら痛む」という後奈良天皇の写経の奥書などによっても表れていると思います〉


 今上陛下は天皇に即位されたとき、〈常に国民の幸福を願いつつ、日本国憲法を遵守し、日本国及び日本国民統合の象徴としてのつとめを果たす〉との誓いを述べられた。憲法を「遵守」しつつ、この国の長い歴史を貫いてきた歴代天皇の伝統と精神を受け継ぐことを、象徴天皇の本質的な在り方とされてきたのである。今上陛下のお言葉の響きの底にあり、「天皇とは言葉である」という言霊の力の礎となっているのは、このような時空を司る「伝統の継承者」としての覚悟といってよいものだろう。


 本年の終戦記念日の「全国戦没者追悼式」で、今上陛下は天皇として最後のお言葉を語られた。ゆっくりと壇上にあがられ、戦没者の白木の標柱に深々と頭を下げられた。


〈ここに過去を顧み、深い反省とともに、今後、戦争の惨禍が再び繰り返されないことを切に願い、全国民と共に、戦陣に散り戦禍に倒れた人々に対し、心から追悼の意を表し、世界の平和と我が国の一層の発展を祈ります〉



 平成二十八年に〈深い反省とともに〉という言葉が加わり、今回は〈戦後の長きにわたる平和な歳月に思いを致しつつ……〉が加えられた。平成最後の夏、「全国戦没者之霊」に向かい今上陛下は、戦後の「平和な歳月」のその尊き「時」の「長さ」をあえてお言葉として表明された。


「国民と苦楽を共にする」という今上陛下のこの言葉は、御世代わりによって、象徴天皇の歴史が「常に途切れることなく」継承されることへの時間と歴史への深い信頼から発せられている。


【PROFILE】とみおか・こういちろう/1957年、東京都生まれ。中央大学文学部フランス文学科卒業。関東学院大学国際文化学部比較文化学科教授、鎌倉文学館館長。著書に『虚妄の「戦後」』(論創社)、『西部邁 日本人への警告』(共著、イースト・プレス)などがある。


※SAPIO 2018年9・10月号

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