宮崎美子が語る“61歳ビキニ写真”「イタイ感じになってないですか?」 奇跡の1枚を生んだ“戒めのワンピース”

9月27日(月)7時0分 文春オンライン

「週刊朝日」の表紙写真で鮮烈なデビューを飾り、昨年は女優デビュー40周年の記念カレンダーで奇跡のビキニ姿を披露した宮崎美子さん。好奇心の赴くままに、自然に美しく、年齢を重ねる姿はまさに同世代の憧れ。これまでの人生と現在を語っていただきました。(「文藝春秋」2021年10月号より)



宮崎美子さん


◆ ◆ ◆


“ちょっと面白い人”というポジションがラク


 生まれたのは熊本で、父は銀行員、母は専業主婦でした。父は優しい鷹揚な人で、怒られた記憶もありません。母は活発な明るい人でした。


 父の転勤のために、転校の多い学校生活を送りました。小学校は3回転校して4校に通いました。小学1年の時に大阪の学校に転校したんですが、最初、言葉が分からなくて(笑)。仲間に入れてっていう時、熊本だと「かーてて」っていうんですが、大阪だと「よせて」っていうとかね。あぶりだしの授業だったか、みかんの汁を使って「カスはほかしなさい」っていう先生の言葉が分からなくて、慌てて周りの子を見たこととか、今もよく覚えています。


 どこの学校でも、クラスで人気のきれいな女子の周りで、楽しく盛り上げる“ちょっと面白い人”というポジションがラクでしたね。それは今も変わらないのですが、思い返せばそれは転校生時代に形作られたのかもしれません。


 子どもの頃からいろんな習い事をするのが好きでした。同じ社宅のバレエに通っているお姉さんに憧れて、バレエを習い始めたり、ピアノを習ったり。でも、バレエは発表会で一人だけ間違えちゃったり、踊りやふりつけを覚えるのはこの頃から苦手でした。


 中学生の時には、森田健作さん主演の「おれは男だ!」というドラマに影響されて剣道部に。でも学校の部活では絶対に勝てないので、近所の道場に入って、そこで小学生を相手に倒していました(笑)。熊本高校(通称クマタカ)時代は、演劇部にも入ったんですが、演技って難しいと感じて舞台に立つこともなく途中で辞めてしまいました。ただ、放送部には、小、中、高通じてずっと入っていて、声を出して本を読むことが好きでした。それだけが今も唯一、ずっと続いている趣味かな。大学時代には、写真部と、体操部に所属しました。


 運動神経はよくないし、どれも決してうまくはならないんだけど、楽しいんですよね。ものにはならなくても、好奇心のままいろいろやってみるのが昔から好きなんです。


ボーイフレンド撮影の写真がきっかけで「週刊朝日」モデルに応募


 熊本大学在学中に「週刊朝日」の篠山紀信さん撮影のモデルに応募したのは、たまたま、当時のボーイフレンドが撮ってくれた写真があったから。プロのカメラマンに撮影してもらえたら記念になるし、就職活動にも有利になるかもという下心もあって、気軽な気持ちで応募しました。


「いまのキミはピカピカに光って〜」のミノルタCM


 それがきっかけで、「週刊朝日」の表紙、ミノルタのCM、TBSのドラマ「元気です!」での女優デビューにつながり……。でもその頃までは完全に学生のバイト感覚でしたね。ドラマ撮影のために上京しましたが「終わったら郷里に帰れ、向いてない」って言われていたほどで。ただ、ドラマでお母さん役だった河内桃子さんに「あまりにも演技ができなくて悔しいんです……」って相談したら、「だったら、もうちょっとお続けになってみれば」って、すごく優しい言葉で励ましていただいたのが嬉しくて。「じゃあ、もうちょっとだけやってみようかな」と思ったんです。


 大学の同級生が次々に就職が決まるなか、自分だけ1年留年し取り残されたような気持で不安も大きかったですが、それでもこの仕事を続けようと決断できたのは「今じゃなきゃできないことだ」と思えたから。今じゃなきゃ声をかけてもらえないだろうし、後でやっぱりやりたいと思っても二度とできないかもしれない。それで初めてプロダクションに入り、本格的にお仕事をするようになったんです。


“61歳ビキニ写真”は「イタイ感じになってないですか?」


 そんな女優デビューから昨年で40年。40年もよくやってきたなという思いもあるし、「コロナの年だったな……」で終わらせたくはなかったので、いろいろ挑戦しました。初のカレンダーもその一つです。小さな卓上カレンダーを作るつもりだったのですが篠山紀信さんに撮っていただけるということになり、話が大きくなりました。


 当初ファッション誌みたいな写真をイメージしていたのですが、打ち合わせにいったら、「ロケ地が九十九里浜で、夏のシーンだから水着はあるよね」ってことで、いっぱいビキニが出てきて(笑)。最初は、はおりものをして撮るつもりだったんですが、久しぶりのロケという開放感や、篠山さんとの撮影での再会という嬉しさもあってあの写真になりました。


 でも、世に出るまでは、本当に不安だったんですよ。週刊誌のグラビアも一緒に撮ったんですが、「イタイ感じになってないですか? 大丈夫ですか?」ってずっと言っていました。「無理しすぎて、おばちゃん、やめとけばという感じになっていたら辛いですーーー」って。でも、さすが篠山さんの巧妙なポージング指示のおかげでなんとか(笑)。写真は撮りようですね。


 こんなに反響をいただくとは思ってもみなかったし、なんでも一歩踏み出してやってみるものだなと思いました。


ざっくりした体重維持には25年前の「戒めのワンピース」


 体形については、年をとって体重が大きく増減するのは、健康にもよくないし、体形が変わらなければお洋服を買い替えないですむというケチな心もあって(笑)、ざっくりした体重維持を心掛けているぐらいです。今年はベストプラチナエイジスト賞をいただいたんですが、授賞式で着たのは25年前のワンピース。これは私の「戒めのワンピース」で、入る年と入らない年があるんですが、今年は入りましたので着ていきました。


 運動は、今はボルダリングに夢中で、筋肉を増やさなきゃと思っています。年を取ると成長を感じることが少なくなるので、眼に見えてできるようになるものは励みになりますね。仕事につながるわけでもない、人と競うわけでもないことで、純粋に上達を楽しめるのは年を重ねたからこそのメリットかもしれません。


 今年は歌手デビュー40周年にもあたるので、お仕事では歌に挑戦しています。実は、歌手デビュー当時のディレクターさんは熊本高校の大先輩でもあるのですが、その方が、また声をかけて下さって一緒に作ることになったんです。昔の曲を収めたCD2枚組『スティル・メロウ 〜40thアニバーサリー・アーカイブス』を9月29日に発売する予定です。生産限定のデラックス・エディションも同時発売です。作詞を手掛け今年録音した「 ビオラ 」という新曲を収録したスペシャルCDと、レコーディング風景や、童謡を歌ったミュージックビデオが収録されたDVDも付いています。


 新しい挑戦をまた、見守っていただけると嬉しいです。


(「文藝春秋」編集部/文藝春秋 2021年10月号)

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