『サウンド・オブ・メタル ~聞こえるということ~』特集|“音”や“静寂”に加え、映画館だからこそダイレクトに伝わる“振動”が促す究極の没入感

2021年9月27日(月)12時45分 映画ランドNEWS

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『サウンド・オブ・メタル 〜聞こえるということ〜』


『サウンド・オブ・メタル 〜聞こえるということ〜』 (C)2020 Sound Metal, LLC. All Rights Reserved.

本年度アカデミー賞主要6部門にノミネートされ、見事、音響賞・編集賞の2部門に輝いた映画『サウンド・オブ・メタル 〜聞こえるということ〜』が、10月1日(金)から東京・ヒューマントラストシネマ渋谷ほかにて劇場公開される。ドラマーとして生きる主人公ルーベンに、ある日突然襲い掛かる「難聴」という苛酷な現実を、観客があたかも擬似体験しているかのように錯覚させられる、特別な音響設計が施された作品だ。また、監督の意向で劇場公開は全てバリアフリー字幕上映で実施されている。音響にこだわった<odessa上映>で、本作を“体感”したレポートをお送りする(文/渡邊玲子)。


◇突如「難聴」に襲われたドラマーは、どんな心理状態を経てどんな境地に陥るのか──


『サウンド・オブ・メタル 〜聞こえるということ〜』 (C)2020 Sound Metal, LLC. All Rights Reserved.

自分にとって当たり前だと思っていた音が、ある日突然何の前触れもなく奪われたら、人は一体どのような心理状態を経て、やがてどういった境地に陥るのだろうか。ましてやそれが、自身の職業やアイデンティティに直結するものだとしたら……。


パンクメタルバンドのドラマーとして活動するルーベン(リズ・アーメッド)は、バンド仲間である恋人のルー(オリヴィア・クック)と共に、レコーディングスタジオを擁したRV車を住まいにしながら、全米ツアーの真っ最中。彼は元ヘロイン中毒で、彼女の手首にも無数のリストカットの痕が残されてはいる。だが、すでに4年半ほど交際する2人は、公私ともにかけがえのないパートナーとして、幸せな日々を過ごしていた。そんなある日、ルーベンは突如聴力を失い、ツアーが続けられなくなってしまう。


『サウンド・オブ・メタル 〜聞こえるということ〜』 (C)2020 Sound Metal, LLC. All Rights Reserved.

人工内耳を埋め込めば聴力が回復する見込みがあると医師から説明を受けるが、手術費用はとてつもなく高額だ。ルーに説得され、聴覚障がい者のリハビリ施設に渋々入所したルーベンは、手話も覚え、難聴であることをハンディとして捉えていない施設の人々との暮らしにゆっくり馴染んでいき、施設運営者のジョー(ポール・レイシー)から、今後に関する、理想的とも思える提案を受ける。だが、ルーと共にバンドを続けながら生きることを諦めることができない彼は、彼女と過ごした幸福な日々を取り戻すべく、自らの人生を前に進めるための大きな決断をする。


◇『ゼロ・グラビティ』の音響デザイナーが手掛ける緻密なサウンドデザイン


『サウンド・オブ・メタル 〜聞こえるということ〜』 (C)2020 Sound Metal, LLC. All Rights Reserved.

観客にルーベンと同じ聴覚体験を促す緻密なサウンドデザインを担うのは、過去に『ゼロ・グラビティ』(アルフォンソ・キュアロン監督作)や『メッセージ』(ドゥニ・ヴィルヌーヴ監督作)といった作品でも卓越した音響を手掛けてきた実績を持つ、作曲家・音響デザイナーのニコラス・ベッカーだ。構想から12年もの歳月をかけてこの映画を完成させたダリウス・マーダー監督と共に、数々の実験や調査、試行錯誤を行いながら、聴覚を失いつつある人物が置かれた状況を再現し、驚くほどの臨場感をこの作品にもたらしている。


恋人が隣で眠るベッドを抜け出し、コポコポと小気味よい音を立てながらコーヒーを淹れ、「ガ—ッ」と轟音を響かせながらグリーンスムージーを作り、筋トレをする──。そんな平穏な日常を切り裂くかのように、突如キーンという不快な耳鳴りが割り込んでくる。さらに自分だけが水の中にいるかのようなくぐもった音しか聞こえなくなり、唾をのみ込む音までもが、自身に起こっている現象であるかのようにリアルに感じられる。だが、再び引きの映像にカメラが切り替わった途端、何事もなかったかのように喧噪に包まれる。


◇“音”や“静寂”に加え、映画館だからこそダイレクトに伝わる“振動”が促す究極の没入感


『サウンド・オブ・メタル 〜聞こえるということ〜』 (C)2020 Sound Metal, LLC. All Rights Reserved.

自宅でヘッドホンを装着しながらパソコンで視聴した際も、目と耳から伝わってくる情報を通じて、もがき苦しむルーベンに感情移入せずにはいられなかった。だが、映画館の優れた音響システムの中で改めて鑑賞することで、その体験と物語から受け取るメッセージは、より一層味わい深いものになる。計算されつくした“音”や“静寂”に加え、映画館だからこそダイレクトに伝わってくる“振動”を通じて、人生の切なさややるせなさ、適応する人間の強さとしなやかさ、そして挫折と再生が、単なる視覚や聴覚だけでなく、複合的な身体感覚として我が身に押し寄せ、暗闇で思う存分それに没入することができるからだ。


没入することで感覚が鋭くなり、登場人物たちの微かな心の移ろいや、過剰なエンタメ性を抑えたドラマの細部にも引き込まれ、ルーベンを演じたリズ・アーメッドやジョー役のポール・レイシーの繊細な芝居に心を揺さぶられずにはいられない。


◇「聞こえない」ことを疑似体験することで「聞こえるということ」について考える


『サウンド・オブ・メタル 〜聞こえるということ〜』 (C)2020 Sound Metal, LLC. All Rights Reserved.

当事者の心境を実際に味わうことで、『サウンド・オブ・メタル 〜聞こえるということ〜』というサブタイトルが示す通り、いまは健聴者である自分が「聞こえている」という状態が、はたしてどういうことなのかを突き付けられる思いがした。


普段、自分たちが聞き慣れた生活音も、ほんの少しチューニングが変わるだけで、耳を塞ぎたくなるほど歪んだ金属音となる。この環境に慣れてしまっているだけで身体は日々騒音にさらされ続けているにもかかわらず、「聞こえるということ」に胡坐をかき、触覚や視覚が鈍化していることにすら気付かずにいる。


風にそよぐ木々の葉っぱや、雲の隙間から溢れる光。相手の伝えようとしていることに“目”を傾けることの大切さ。人は何かを失った時、それとはまた別の何かを獲得する。その“何か”を身をもって体感するべく、この機会にぜひ映画館に足を運んでみて欲しい。



映画『サウンド・オブ・メタル 〜聞こえるということ〜』は10月1日(金)よりヒューマントラストシネマ渋谷ほか公開


HP:https://www.culture-ville.jp/soundofmetal


(C)2020 Sound Metal, LLC. All Rights Reserved.


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