青木さやか「近所で組の抗争か! と110番してしまった夜。本当のしあわせは、外から測り知ることはできない」

9月27日(月)13時0分 婦人公論.jp

青木さやかさんの好評連載「48歳、おんな、今日のところは『……』として」——。青木さんが、48歳の今だからこそ綴れるエッセイは、母との関係についてふれた「大嫌いだった母が遺した、手紙の中身」、ギャンブル依存の頃を赤裸々に告白した「パチンコがやめられない。借金がかさんだ日々」などが話題になりました。今回は「『音で想像する人』として」です。

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前回「2年経たず肺がんが再発? 生かされたわたしは生活をシフトした。愚痴、悪口、噂話は一生しない」はこちら

深夜に鳴り響くクラクション


上京して数年経った頃だろうか。
ある日の深夜、家の外で車のクラクションが鳴り響いた。夏の暑い日で、クーラーをつけて寝ていたのだが、つけっぱなしも良くないなと思い、クーラーを切って窓を少しだけ開けて、寝付いたところだった。

パーーーーーー
というクラクションが鳴り響いて飛び起きた。気持ちは飛び起きたのだが、行動はゆっくりだった。怖すぎたのだ。多分、目の前の道路、うちの目の前でクラクションが鳴っているのだが、寝ている1階の部屋から、多分5メートルと離れていない。あまりにも至近距離でクラクションが鳴り響いている。音からすると、軽自動車のようだ。

そのうち
パーーーーー
という音と音の合間に
「轢き殺すぞ!」
というドスの効いた声が聞こえてきた。
パーーーーー
「轢き殺すぞ」
パーーーーー
「轢き殺すぞ」
パーーーーー
「轢き殺すぞ」
パーーーーー
「轢き殺すぞ」
パーーーーー
「轢き殺すぞ」
なかなか轢き殺しはしないのだな、とも思った。

組の抗争だ。
ドラマで見たとき流れてきた音と同じだ。
抗争はひどくなっていった。

まるで『スクールウォーズ』のシーンのよう


カチャーン!
と、クルマよりは遠くから音が聞こえてくる。何かが割られている。
窓だ。窓が割られていっている。昔、観た『スクールウォーズ』の窓が割られているシーンの音と同じだ。
コワイ人とコワイ人が、対峙し、どちらが生き残るかの闘いを、静かな住宅街でしている。

いつ、なんどき、なにがあるか、わからない。
わたしは110番した。

「もしもし」
すぐに先方は電話に出た。先方というか、警察さん。
わたしは、住所と状況を伝えた。すると先方は
「その連絡、他の方からも何件か、入ってまして」
「そうですか、何があったんでしょう!」

やはり、密集した住宅街、皆同じ音が聞こえているのだろう。
「いま、向かっていますので」
「わかりました、よろしくお願いします」
わたしは、とても覗きたかったが、撃たれてはたまらないと、窓から顔を出す勇気はなかった。そのうち、轢き殺したか轢き殺していないかは不明だけど、軽自動車は立ち去り、直ぐにいつもの深夜の細道に戻った。抜け道なので人やクルマが通る程度だ。

警察の人たちが残っている感じもしなかった。ということは、轢き殺されてはいないのだな、と思った。

あれは、間違いなく抗争だった


翌日、おそるおそる家から出てみると、いつもの朝の景色しかなかった。
夢、だったのかな。
しかし、昨夜の抗争の音は頭から離れない。そしてその時感じた恐怖も胸にある。

すると、電話が鳴った。
出てみると警察からだった。
ご丁寧に、昨夜の報告だと言う。
「昨日のですね」
「はい!」
「夫婦ゲンカでしたので」
「えっ?」
「痴話ゲンカですよ、あまりご心配なさらずに」
「えっ?」
昨日聞こえてきた音は、「夫婦ゲンカ」というような遊びのあるものを思わせる音ではなかった。
間違いなく抗争だった。

「いや、あの、『轢き殺す』とかでしたし、わたしが聞いたのは、夫婦ゲンカではない、と思うのですが」
「ほんとにね、お騒がせしましたって、言ってましたので」

家の中は閉ざされた世界


わたしは、どうしても信じることができず、住所をもう一度確認して、果たして同じ事件の話をしているのかを聞いた。やはり、同じ場所で起きたものを指していた。

「ありがとうございました」
わたしは電話を切り、わたしの思い込みの強さに怖くなった。絶対抗争だ! という思いは、オリンピックのときの日本頑張れ! くらい強いものだった。それくらい、絶対だったのに。

夕方、買い物に道に出てみると、細道沿いに軽自動車が置いてあった。

もしや、これは。

奥さんらしき人が、暑い中、駐車場の脇で割れた植木鉢を片付け、植物を新しい植木鉢に入れ替えていた。

もしや、これは。

奥さんらしき人は、わたしと目が合うと、すいませんねえという感じで会釈した。

これは。昨日の抗争の1人はこの細身の奥さんだったのか。

まさか、昨夜のような音を出すような人には思えない。思えないんです。よほど私のほうが、その抗争に見た目でいえば合っている。

これ以外にも、音は、わたしにいろんな想像をさせた。音を聞いて思い描く人は、外で会うと決して思い描いた人ではなかった。

家の中は、閉ざされた世界である。
本当のしあわせは、外から、測り知ることはできない。

婦人公論.jp

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