満洲事変の勃発前夜 「非戦論」説いた陸軍大将の対中国観

9月28日(月)7時5分 NEWSポストセブン

満州事変で瀋陽に侵攻した日本軍の装甲車部隊(中国通信/時事通信フォト)

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 この9月で勃発から90年目を迎える満洲事変(柳条湖事件)。この事変をきっかけに、日本は日中戦争、太平洋戦争へと突き進んでいくことになる。事変勃発の1週間前、昭和6(1931)年9月11日に東京で行なわれた講演会で、陸軍航空本部長の渡辺錠太郎大将は、戦争というものの核心について語っていた。


「いま戦争になったら困る」という一般市民の声を紹介した後、渡辺は第一次世界大戦後の欧州を視察した自身の知見をもとに、敗戦国ばかりでなく、戦勝国においても戦争のために悲惨な状況に陥っていたことを紹介する。


 それでも、「戦争というものはいかに人がなくしようと思ってもなくなるものではない」として、戦争の原因について考えていく(*注)。


〈しからば、その戦争は何によって起こるかと申しますると、いろいろの原因はござりますが、近代の戦争において一番重要なる原因は経済上の関係で、第二番には民族間の反感、すなわち民族間の感情の相違、この二つが一番主なるものと見られております。


 第一の経済上の関係につきましては、世界に国をなしておるものが経済上の平均を得ておらぬのが原因でございます。


 この点から申しますると、わが日本のごときは国際間の無産者[生産手段を持っていない者]でございます。土地が狭く、人口が多く、食料が不足し、原料が乏しい。1平方キロメートル[あたり]の住民[人口]を比較してみますると、わが日本では165人を算しまするのに、アメリカ合衆国のごときはその十分の一にも達しない、わずかに16人。イギリスの領土のオーストラリアのごときは、わずかに1人といわれております。


 すなわち、この人口問題、食料問題、原料問題、もしくはその産物の販路、すなわち市場の争奪ということが戦争の一原因となりまして、近時における戦争の原因はほとんどこれがみな重要なる部分を占めております。


 例えば、日露戦争のごときも、いろいろの説明がその原因についてせられまするが、最も重要なるものはわが国の開国進取、海外進出、経済上の原因が重きをなしておるともいわれます。また、ヨーロッパ大戦[第一次世界大戦]のごときも、イギリスとドイツの経済上の角逐(かくちく)が、ついにこの大戦を起こしたともいわれております〉


【*注/渡辺の講演については、読みやすさを考慮して、旧漢字・旧かな遣いは現行のものに、また一部の漢字をひらがなに改めました。行換えのほか、句読点についても一部加除したりしています。[   ]は引用者注。出典は「渡邊大将講演(現今の情勢に処する吾人の覚悟と準備)」麻布連隊区将校団(防衛省防衛研究所所蔵史料)】


90年前の“日中摩擦”


 評伝『渡辺錠太郎伝』の著者・岩井秀一郎氏はこう解説する。


「渡辺は、戦争の原因の第一に『経済』を挙げています。経済が不平等であるから戦争が起こるということで、例として日本を挙げ、1平方キロメートルの土地に165人が住まなければならない日本に対し、アメリカはその十分の一以下、オーストラリアではさらに少ない、という。日本はこれらの国に比べて人口に対する土地が少なく、発展すればするほど、どこかに土地を求めなければならず、実際に、人口問題や食料問題の解決のため、満洲へ少なくない農民を送り込んでいました。ここが“発火点”となる可能性も認識していたと思われます」


 続いて、渡辺が挙げた戦争の原因は「民族」である。


〈次に、民族間の反感、これもまた例がございます。


 例えば、普仏戦争[1870〜1871]前後におけるドイツとフランスの民族観念の乖離(かいり)。今度の[第一次]世界大戦前におけるイギリスとドイツの民族的感情の背反が原因の一つといわれております。かように民族的の感情が乖離いたしますると、いかに善意をもって仕事をいたしましても、対手(あいて)の国民はそれを悪意に解釈いたします。


 これらの原因から、現在の満蒙問題を考えてみますると、満蒙は実にわが帝国のためには、経済上はもちろん、国防上、歴史の上から申しましても帝国の名誉の上から申しましても、やすやすとこの権益を対手に渡すべき土地ではないのでございます。実に満洲にはわれわれの先輩が約二十万血を流しておりまする。満鉄の枕木の一本々々には大和民族の血が沁(し)んでおるのでございます。これをやすやすと渡すわけには行かない。


 今朝の東京日々新聞[毎日新聞の前身]にすこぶる簡単によくその事情を述べております。


《二十億円の軍費二十万人の血税を払い十五億円の投資を有し、更に守備兵費に年々一千五百万円を費し、また文化施設に巨万の富を投じて居るのに、邦人は朝鮮人を加えて僅に百万に過ぎぬ。支那の排日経済政策は著々(ちゃくちゃく)として功を奏し、企業も貿易もどしどし蹂躙(じゅうりん)されるに至ったのである。彼等の対日態度は最早ワシントン会議前後の如き不平等条約撤廃とか、利権回収とかいう概念的性質のものでなく転じて実質的のものに進み、日本人の経済的基礎を根本から覆えそうとして居る。国民は果して是を座視することが出来るであろうか》


 これは東京日々新聞に書かれたものでございます〉


 ここで渡辺が指摘している内容は、現在も世界各地で民族紛争が絶えないことを考えれば、その通りであるといえよう。しかし、これに懸案の満蒙の問題が絡んでくると、事情が複雑になっていく。岩井氏が解説する。


「渡辺は、民族間の感情がこじれると、相手の行動を悪意でしか見ないようになると指摘します。そこから、さらに満蒙問題に話をつなげています。新聞記事を引用しながら、自らも参加した日露戦争において多くの人命と莫大な税金をつぎ込んだ満蒙は、大日本帝国の名誉と経済にとって欠かすことのできない存在だというのです。


 戦争はみだりに起こすべきではない。もし戦争になったら、悲惨な現実が待っている。それでも、満蒙に関しては、その権益を回復しようとする中国側の行動を認めるわけにはいかない……というジレンマがここに見てとれます」


日中は「民族性が全然違う」


 渡辺は同じ講演で、中国との関係について続けるが、両国の友好については悲観的な見方をしている。


〈また、日支の感情問題について申しますると、わが日本では久しい前から、あるいは共存共栄、または同文同書[漢字や漢籍の共有]、唇歯輔車[しんしほしゃ=密接不離の関係]、いろいろの親善の言葉を使い支那に対しまするが、支那の方ではいっこう、これに応じませぬ。また、支那民族と日本民族とは数千年来、養いきたった民族性が全然違うのでございます。


 今回、中部支那に非常な大水害がありましたので、かしこくも皇室におかせられましても、多額のご内帑金[ないどきん=天皇の手元のお金]を救恤[きゅうじゅつ=見舞いの金品]としておつかわしになり、また、民間の日本人はまことに可愛想であるというので、義捐金(ぎえんきん)を募集し、金円あるいは物品をもって彼らを救恤することになりました。これに対して、今の支那の輿論(よろん)を代表する新聞が果たしてどんなことを言っておりますか。これは本日7日その筋で調べたものであります。簡単にご紹介いたします。


 満洲方面、我が皇室の御憐恤(ごれんじゅつ)と朝野(ちょうや)の同情に関しては僅かに電報記事を掲げしのみにて、何等感謝の記事を掲げたものなし。[中略]だいたいにおいてこういう景況で、わが言論界一部の評論のごとく、日支交歓の契機として日支間の国交の曙光(しょこう)を期待するがごときは到底望みがたいところであろう〉


 日本では、日中の関係は「唇歯輔車」と言われてきたが、中国の方はいっこうにこれに応じようとしない。何より、日中は長い歴史の中で養われた民族性が違いすぎるという。


「ここで渡辺は例として、中国で起きた水害に対し日本が送った義援金について、中国の新聞がどのように報じたのかを取り上げています。渡辺によれば、新聞ではほとんど取り上げられず、記載されたとしてもほんのわずかにとどまっているといいます。これでは、わが国の言論界が言うように、日中の友好など望むべくもない、と。このように、渡辺は日中の友好に関してはかなり冷めた見方をしており、中国に対してはいささか突き放した印象を持っていたようです」(岩井氏)


 渡辺は、そんな日中関係を踏まえて、こう展望する。


〈もとより日本は、支那の感謝を受けるために救済するのではない。人類愛として可愛想なものを救うためにやったのでございますけれども、かくのごとく民族的反感が募っているということが、将来いかなる事態を惹起(じゃっき)するかということは、われわれが考えなければならぬことであろうと思うのでございます〉


「将来いかなる事態を惹起するか」——実際、この講演の1週間後に柳条湖事件が起こり、満洲事変を契機に翌年の満洲国建国、そして日中戦争へと突き進んでいく。そんな未来を回避するために、どのような「覚悟と準備」が必要なのか。渡辺はさらに持論を展開していくのだが、それについては稿を改めることとする。


●参考資料/岩井秀一郎『渡辺錠太郎伝 二・二六事件で暗殺された「学者将軍」の非戦思想』(小学館)

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