100歳のピアニスト・室井摩耶子「食事は100gの牛フィレステーキを。100歳だからこそ出せるピアニシモがある」

10月2日(土)19時5分 婦人公論.jp


100歳のピアニスト・室井摩耶子さん。10月1日、東京都の名誉都民に選ばれた(撮影:本社写真部)

2021年10月1日、東京都の名誉都民に選ばれたピアニストの室井摩耶子さん。音楽家として今も現役で活躍する室井さんだが、100歳にして毎日数時間ピアノを弾いているという。そのスタミナはどこから湧くのか? ご自宅でお話を伺った(構成=山田真理 撮影=本社写真部)

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「年齢を先取りせず今を楽しむ」は母の教え


今年(2021年)4月、100歳を迎える記念のコンサートを開いてもらいました。でも私にしてみれば、「あら100歳って誰のこと?」って感覚なんですよ(笑)。周りが言うから、そうか私は100歳になったのかと思うけれども、普段はほとんど年齢というものを意識していないのです。

それは母の影響が大きいかもしれませんね。1921(大正10)年に生まれた私は、6歳の時に父が買ってくれたピアノを弾き始めました。私が10歳で本格的なレッスンを始めるにあたって母は、ドイツ留学から戻って東京音楽学校(現・東京藝術大学)の教授をしていた高折宮次先生に指導いただけるよう頼んでくれました。当時の女の子の習い事としては破格のことでしたが、「子どもだからまだ早い」といった感覚が、母にはなかったのだと思います。

一方で、母からよく言われたのが「急いで“おませ”になる必要はないのよ」ということ。どうせ年は取るのだから、年齢を先取りするよりも、今を楽しみなさいということだったのでしょうね。

1956年、35歳の時にドイツへ


私の学んだ小学校では6年生の終わりに卒業論文を書くのですが、そこで私は「将来はピアニストになって、世界中を飛び回るのだ」と書きました。でも実際に日本を出て海外で活動するようになったのは、56年、35歳の時からです。23歳で日本交響楽団(現・NHK交響楽団)のソリストとしてデビューし、その後も国内で順調にリサイタルを重ねていたのですが、「自分のピアノには何かが足りない」「もっと勉強をしたい」という思いを抱えていました。

そんな折、モーツァルト「生誕200年記念祭」に日本代表としてウィーンへ派遣されたのをきっかけに、ベルリン音楽大学に留学できることになりました。そこを拠点に研鑽を積むなかで、ヴィルヘルム・ケンプ教授によるベートーヴェンのセミナーがあることを知り、私は勇んで参加を決めます。世界中の若くて優秀なピアニストの演奏を間近に聴くだけでなく、ケンプ教授が彼らの演奏を「この音はこうだろう」と一つ一つ的確に直していく様子に、ヨーロッパの音楽文化の奥深さを突きつけられた思いがしました。

そうした圧倒的な経験をすると、「世界にはすごい人がいるものだ」とひるんでしまう人も多いかもしれません。しかし私という人間は、少々しんどいと思う時のほうが踏ん張りが利くのね。「彼らと私は何が違うんだろう。どうすればよりよい音楽になるのか」と考えに考えながら、ピアノに向かう毎日を過ごしました。そんな私を見ていてくれたのか、セミナー終了時にケンプ教授から「ベルリンに残り、ベートーヴェンのソナタを弾くリサイタルを開くように」と、思いがけない提案を受けたのです。

ドイツ人が「おらが国のシュトルツ(誇り)」とするベートーヴェンで私がリサイタルを開くなど、いわば歌舞伎座で外国人が『勧進帳』を演じるようなものでしょう。自分にできるのか悩みましたけれど、リサイタルは思いのほか好評で。それから20年にわたり、ドイツを拠点に世界13ヵ国で演奏活動を続けることになりました。

ただ海外で「摩耶子のリズム感覚は日本人離れしている」「祖先にヨーロッパ人がいるのか」なんて言われると、ちょっと反発も覚えましたね(笑)。向こうは褒めてるつもりかもしれないけれど、「いいえ、私は生粋の日本人です」という誇りを持って、演奏活動を続けてきたつもりです。

野菜の付け合わせとともに100gの牛フィレステーキを


私が帰国したのは、80年ですが、日常生活にはドイツ時代の習慣を残しています。その一つが、シエスタ(昼寝)。昼食をとったら、午後1時から3時間くらいソファで横になってぐっすり眠ると、また夜まで活動ができます。

食生活もそう。ドイツで私はすっかり肉食人種になりました。それも、フィレ肉のステーキがいちばん。お金がない頃は安いスープ用のすね肉でもいいかと思ったけれど、フィレ肉は与えてくれるエネルギーが段違いとわかってからは、多少お金はかかっても良質なフィレ肉を食べるようにしています。

今も午前に2時間、夕食後に2〜3時間ピアノの練習をしますが、「夏だからさっぱり和食でも」と思ってお肉を食べないと、集中力が1時間と持ちません。でもお肉を食べれば、2時間でも3時間でも集中して弾き続けられます。

お昼か夕食に、野菜の付け合わせとともに100gの牛フィレステーキをいただくのが、毎日の定番です。まあ暗示という面も大きいのかもしれないけれど、これで100歳まで元気でやってこれたのだから、私の体には合っていたということなのでしょうね。

96歳で大腿骨を骨折しても、理学療法士さんを質問攻め


朝食は、トーストにハムかソーセージとサラダ。コーヒーも好きなのですが、最近はあれこれ薬を飲まなきゃいけないから「コーヒーは避けて」とお医者さんに言われてしまって。このあいだ「なぜ駄目なんですか」と聞いてみたら、カフェインに利尿作用があったり胃酸の分泌に影響するなど、ちゃんと理屈があるのですってね。

96歳で大腿骨を骨折してリハビリ病院にいた時も、「筋肉ってどういう仕組みで動くのかしら」と思って理学療法士さんを質問攻めにしてしまいました(笑)。ピアノと腕の筋肉の関係についても教えてもらい、とても面白かったわ。

もともと小さい時から好奇心は旺盛でしたが、そうしてわからないことは確かめる習慣もドイツ仕込みですね。留学時代にヤマハの講師だった知人から聞いた話では、ドイツ在住の日本人の子どもに「この音を半音変えると転調するのよ」と教えると、「はい、わかりました」と素直に聞いて見事にマネするの。

ところがドイツの子どもはまず「なぜ?」といてきて、これこれこうだと理屈を教えて初めて「なるほど」と納得してから覚えます。

パーティでオペラやコンサートの話題が出る場面でも、「私はあの演出のここが好きだ」と自分の考えをしっかりと表す。誰々がそう言うから、という自分の「外」にある価値観に合わせるのではなく、自分はどう思うのか、どうしたいかを大事にする文化も学びました。

深夜になるまでピアノに向かうことも


ですから59歳でドイツから帰ってきた時、日本での音楽のあり方が少々おかしいと感じることがありました。たとえば日本では「あなたのお子さん、まだハイドン?」「うちはもうモーツァルトなのよ」というふうに、年齢や習熟度で習う曲を決める風潮がある。それは本当にもったいないと思うのです。

先日の100歳記念コンサートでも弾いた、「エリーゼのために」もそう。ベートーヴェンの名曲ですが、日本では子どもが発表会で弾くような曲と思われていないでしょうか。実は私もそんなイメージだったのですが、あるドキュメンタリーで、イタリアの老人ホームに暮らす女性ピアニストが不自由な手で弾く「エリーゼのために」に、思いがけず感動しました。その美しく、温かな音色。これほど素晴らしい曲だったのか、なぜ私は今までそれに気づかなかったのかと衝撃を受けたのです。


解説を交えながら「エリーゼのために」を弾く室井さん。曲想が変わるたびに違った 景色が目の前に広がるような豊かな表現力と、繊細な響きがいつまでも心に残る

そこから私は、以前よりもっと深く楽譜を読み込むようになりました。ドイツ語にはムジツィーレンといって、直訳すると「音楽する」という言葉があります。音楽は音で作った詩であり、小説であり、戯曲です。楽譜を通じて作曲家が何を伝えたいのかを読み解き、表現につなげていく。たとえば「エリーゼのために」の導入部、オクターブでふわっと音が上がっていく部分に私は「白いカーテンが開いて外の光が入る景色」を感じ、それを表現したいと考えました。

さらにそれを指に伝え、思った通りの音を出すには、毎日の練習が欠かせません。この弾き方のほうが美しいかもしれない、作曲家はこういう音を求めていたんじゃないかしらと考え始めたら止まらなくなって、つい深夜までピアノに向かってしまいます。

音でいうと特にピアニシモ(ごく弱く)といった弱音は、鍵盤の奥までしっかり芯を通さないと良い音は出ないのね。この手の動きと響きが完全に結びついたところに、今の私のピアニシモが生まれる。若い時とも、80歳の時とも違う、100歳になったからこそ出せる音があると思っています。

そうして耳を使い、頭を働かせ、指を動かすという繰り返しが健康にいいのだという人もいます。70代で肺がんにかかり、90代で大腿骨を骨折して手術や入院も経験したけれど、「帰ってまたピアノを弾きたい」という思いで乗り越えてきました。思えば90年以上、毎日ピアノを弾くというシンプルなことが、私の生きる力を支えてきたといえるかもしれません。

「しょうがないじゃない100歳なんだから」


いくつになっても、同じ曲を何百回演奏しても、新しい発見があるのがクラシックの素晴らしさだと思います。またその発見がなければ、聴いてくださる方に感動が伝わらないでしょう。コンサートの後、「家に帰ってからも音楽が胸に響いています」といった感想をいただくと、もう天にも昇らんばかりの嬉しさです。そんな幸福を味わうと、これからもまだまだ現役でいたいと思うのです。

考えてみれば私は、そうしていつも「今」を生きてきたといえるかもしれません。先のことをあれこれ心配しても、仕方がないですものね。

最近のコロナ騒動についても、ベートーヴェンを良い感じに弾けた時、思ったの。「コロナさん、私たちはこうして音楽に浸っていれば幸せなんだから。邪魔しないでくれたら、そのへんにいたっていいのよ」って。

100歳になると、「しょうがないじゃない100歳なんだから」って開き直れるから便利でもある。そう最近わかってきました。耳が遠くなってきたら、聞きたくないことは聞かないで済みますしね(笑)。そうして余計なことでは悩まず、楽しく音楽と向き合って人生を過ごしていきたいと思っています。

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