千賀ノ浦親方「どの子も我が子」 旧貴乃花部屋力士を歓迎する粋な一筆

10月5日(金)19時20分 J-CASTニュース

千賀ノ浦部屋のフェイスブックより(一部加工)

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大相撲の千賀ノ浦親方(元小結・隆三杉)が、旧貴乃花部屋から引き受けた力士たちに宛てたとみられる一筆が涙を誘っている。

「どの子も我が子」——。短くも力強い言葉で歓迎の意を示した。



初日は「引っ越しもんじゃ会」


貴乃花親方の退職と貴乃花部屋の消滅にともない、小結・貴景勝や幕内・貴ノ岩を含む力士8人と床山、世話人各1人は2018年10月2日、千賀ノ浦部屋へ移籍した。



元貴乃花親方と相撲協会の"ごたごた"で、突如慣れ親しんだ部屋や「育ての親」と離れざるをえなくなった若い力士たち。引っ越し作業では涙を流す力士も見られ、地域住民からは「頑張れ、負けるな」とエールが送られた。



それから2日後の10月4日、千賀ノ浦部屋のツイッターとフェイスブックが更新され、1枚の写真が投稿された。



半紙いっぱいに「どの子も我が子」と筆文字で書かれており、千賀ノ浦親方の署名と「平成30年10月2日」との日付が添えられている。写真とともに、


「10月2日に無事みんな引っ越してきました。その日の晩ごはんは引っ越しそばならぬ浅草の行きつけの店で引っ越しもんじゃ会になりました。弟子たちの応援をこれからも何卒よろしくお願い致します!」

とも書き込んでいる。



現役時代は「ドラえもん」の愛称


ツイートは5日現在で4000以上の「いいね」が集まり、好角家らから「涙が出ました」「千賀ノ浦親方の気持ちが伝わってくる一筆です」「これからも応援致しております」と温かいメッセージが相次いだ。



57歳の千賀ノ浦親方は、現役時代は隆三杉のしこ名で、元横綱初代若乃花の二子山部屋で育ち、1976年春場所に初土俵。最高位は西小結で戦歴は720勝753敗。貴乃花の兄弟子も務めていた。95年の引退後は、貴乃花部屋の部屋付き親方として指導にあたり、16年4月に「千賀ノ浦」を襲名。貴乃花一門として千賀ノ浦部屋を継承した。



現役時代は、愛嬌ある見た目から「ドラえもん」の愛称で親しまれ、元貴乃花部屋の力士との初稽古ではドラえもんのTシャツを着て臨んだ。

J-CASTニュース

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