石井一氏「ロッキード事件の核心は日米合作の冤罪なのです」

10月8日(土)7時0分 NEWSポストセブン

元民主党副代表の石井一氏

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 田中角栄・元首相の私設秘書を務めた後に政治家に転身、自治大臣などを務めた元民主党副代表の石井一氏(82)がロッキード事件の真相に迫った『冤罪 田中角栄とロッキード事件の真相』(産経新聞出版)を上梓した。なぜ今になってその封印を解いたのか。


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 空前の田中角栄ブームで、逮捕から40年という節目でもある。その田中が、ロッキード事件に関して言い残していたことがあった。それは事件の真実が何なのかだ。それを今こそ、世間に問わねばならないと思ったわけです。


 今から33年前、昭和58年の10月、一審判決の直前のタイミングでしたが、私は「政治家として考える」と題した非公開文書をまとめました。私が調べ、考えたロッキード事件の真実、つまり米国が仕掛けた冤罪であることをまとめたのです。


 が、その当時は日本全体が田中角栄を批判していた。そんなものを私が出すと、叩かれるのは間違いない。その内容が事実であったとしても、揚げ足を取られて逆効果になる。そのように周囲に言われ、公表することは差し控えた文書です。


 田中本人には見せました。田中はそれを読んで私に、「石井君、どうしてそんなことが分かるのか」とおっしゃってくれた。そしてその文書を常に枕元に置いて、手放さなかった。


 そもそもロッキード事件は米国が震源地。キッシンジャー(元国務長官)を中心に国務省、CIA、FBIといった米国政府や機関が仕掛けた謀略なんです。その当時、田中は米国からデンジャラス・ジャップと呼ばれて危険視されていた。


 実際、田中が行なっていた外交は、対米追随外交ではなく、自主外交でした。中国との国交もそうですし、はてはソ連にも乗り込んで、チュメニ油田を手に入れようとしたほど。アラブとも関係を築き、つまりは米メジャーを敵に回すようなこともした。このようにして田中角栄は、アメリカから目をつけられていたわけです。


 ロッキード事件当時、日本政府も田中を目の敵にしていた。三木内閣でしたから。当時の稲葉修法務大臣は田中の逮捕を許可。捜査は徹底的にやるという姿勢まで表明していた。その結果、ロッキード事件は「国策捜査」になった。つまり、ロッキード事件の核心というのは、日米合作の冤罪なのです。


 安倍首相は今、ロシアとの外交を重視し、プーチンを山口に連れてくると言っている。2島が返ってくるかもしれないと。だが田中は、4島を返すということをテーブルに突き付けて、当時のブレジネフ書記長を追い詰め、「ダー、ダー(そうだそうだ)」と言わせた、そういうこともやったわけだ。


 安倍総理にそれだけの交渉力があるかといえば、彼は世界を回って多くの首脳には会っているが、金を配ることだけに頼っている。それは喜ばれるだろうが、これが本当のわが国の自主外交と言えるだろうか。


●いしい・はじめ/1934年生まれ。1969年初当選。国土庁長官、自治大臣などを歴任。民主党副代表も務めた。


※週刊ポスト2016年10月14・21日号

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