「最下位だった時も、堂々と」 ロッテの名物ウグイス嬢が、金田正一氏から学んだこと

10月9日(水)20時45分 文春オンライン

 ここに一枚の写真がある。金田正一氏が女性職員4名と一緒に写っている写真だ。入社30年目を迎えた場内アナウンス担当の谷保恵美さんが大事に保管していたもの。当時は新宿に球団事務所があり監督だった金田氏がシーズンオフに立ち寄った際に、撮影された。



金田氏と谷保氏(右端) ©梶原紀章


「気さくな方でした。こちらからは400勝投手、伝説の方なので、さすがに、なかなか声をかけられなかったのですが『お嬢さんたち、元気?』という感じで球団職員の私たちに声をかけてくださったのを覚えています。とても声が大きかったのが印象的です。この写真もそんな感じで声をかけてもらったものです」と谷保さん。


 思い出深いのは91年9月7日の釧路での日本ハム戦。帯広市出身の谷保さんは北海道出身という事で球団の配慮もあり場内アナウンスを担当した。入社2年目。アナウンス歴1年目。初めての地方試合だった。


 試合が始まる5時間前の午前8時すぎ。釧路市民球場は前夜の雷雨で水浸しだった。天気予報も雨。家族、友達も観戦するなど地元凱旋となった谷保さんだったが、試合は出来ないと諦めざるを得ないようなコンディションに見えた。


 そんな時、大きな声がロッカー方面から聞こえた。「試合絶対にやるぞ」。金田監督の声だった。この試合は期待の3年目の若手左腕・前田幸長が先発予定。好調だったことから、どうしても先発をさせたかった。指揮官の想いは通じた。みるみるうちに雲が切れ、試合開始の13時には青空すら見えた。午前中90%近くあった湿度が試合中には65%。気温24度と快適な気候条件の下、試合が行われ前田はハム打線を5安打1失点の完投勝利で6勝目を上げた。「前田は(本当は)完封しなあかんな。ガハハハッ」と言いながら、してやったりの表情の金田監督。勝負師の執念に谷保氏も感動を覚えたのは今も忘れない。



金田氏から教えてもらったこと


 そんな金田氏の訃報が届いたのは10月6日の夜。享年86だった。多くの接点こそなかったものの川崎球場も含めて何度もその大きな背中を見てきた谷保氏はプロとは何かを教わった。ファンを喜ばせたパフォーマンスの数々。勝ちにこだわる勝負魂、執念。当時、プロ野球界に足を踏み入れたばかりだった谷保さんは本拠地が川崎からZOZOマリンスタジアムとなった今、後輩職員たちにその想いを伝える側に回っている。



「すごく元気で声が大きくて気さくな方でいつも堂々とされていた。最下位だった時も、堂々とお話をされていたのが印象的です。ただよく知る球団職員の方にも聞くと、とても繊細な方だったとのことです。私の一番の印象はロッテを誰よりも愛していらっしゃったということ。それがすごく放送席にいた私に伝わってきました」


 谷保さんは今シーズンが終わった時点で一軍で場内アナウンス担当をして1825試合となった。連続試合担当は1996年10月1日の近鉄バファローズ戦25回戦から始まり、1619試合連続となった。毎日、どんな時もベストパフォーマンスを心がけ、ファンに声を届ける。その声は名物となり、ZOZOマリンスタジアムになくてはならないものだ。ファンから愛されるのはロッテを愛し、誇りに思っているから。情熱は金田氏から教えてもらったものだ。


梶原紀章(千葉ロッテマリーンズ広報)



(梶原 紀章)

文春オンライン

「金田正一」をもっと詳しく

「金田正一」のニュース

トピックス

BIGLOBE
トップへ