TBSの呼び掛けも… 表舞台から消えた子門真人氏の謎

10月9日(水)16時0分 NEWSポストセブン

テレビ局も居所はつかめず…(2015年に発売された『ベスト・オブ・ベスト 子門真人』のジャケット)

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 10月7日、『歌のゴールデンヒット』(TBS系)が約4時間にわたって放送された。6度目となる今回は男性歌手のシングル総売上枚数ベスト100(オリコン調べ)を発表。ベスト3は1位・B’z、2位・Mr.Children、3位・嵐となった。番組では、100位から順に歌手の代表曲を、過去映像を中心に紹介。時折、現在の本人へのインタビューも挟まれた。その中で、74位の子門真人氏は居所がつかめず、司会の堺正章が「もしも子門さんがこの番組をご覧になっていたら、是非スタッフのほうにご連絡を頂ければ」と呼びかけた。


 子門氏は、1976年にシングル『およげ!たいやきくん』が大ヒット。現在まで売上枚数は457.7万枚に上り、オリコンの歴代シングル売上1位となっている。音楽関係者が話す。


「この曲は子供番組である『ひらけ!ポンキッキ』(フジテレビ系)で流れ、当初はこれほどヒットするとは思われていませんでした。出荷予定は1万5000枚で、子門は5万円の“買い取り契約”でした。しかし、予約段階で25万枚を超え、あれよあれよという間に100万枚、200万枚と売れていった。もし、子門さんが印税契約していたら、億万長者になっていたでしょう。思いもよらぬヒットをしたため、レコード会社側は子門さんに100万円と白いギター1本を贈ったという噂もあります」


『およげ!たいやきくん』がトリプルミリオンさえも超えた、史上唯一の“クアドラプルミリオン”を達成したため、子門は一発屋の印象をもたれがちだ。しかし、『ガッチャマン』『勇者ライディーン』『キカイダー』などの主題歌を担当する“アニメソングの帝王”という一面もあり、歌手としての評価は高かった。


「子門さんはプロ野球との縁も深く、1975年には太平洋クラブライオンズの応援歌『ぼくらの憧れライオンズ』を歌っています。同曲には当時の主力選手である江藤慎一兼任監督、土井正博、白仁天、ドン・ビュフォード、マティ・アルー、東尾修加藤初などの名前が出てきます。1992年には『ホークスタウン物語』というダイエーホークスの歌を任されている。1996年にオリックス・イチローの応援歌である『イチロー讃歌』という曲が出来た時には、結果的には実現しなかったものの、スポーツ紙には歌い手の候補の1人として元チェッカーズの高杢禎彦と鶴久政治とともに、子門さんの名前も上がっていました」(同前)


 順調な活動をしていたように思われていたが、1990年代後半、子門氏は芸能界から身を引いた。芸能記者が話す。


「世紀末を迎えた1999年や2000年頃には、20世紀の大ヒット曲として『およげ!たいやきくん』がメディアで頻繁に取り上げられました。しかし、子門さんは一切マスコミの取材を断っていました。2008年、日本の最も売れたシングル・レコードとして『ギネス世界記録2009』に載ることが決まった時も、コメントを出していません。2010年に『およげ!たいやきくん』のモデルとされる東京・麻布十番のたい焼き店『浪花家総本店』の3代目である神戸守一さんが逝去された時も、コメントはありませんでした」


 子門氏がどうして芸能界を去ったのかは、謎に包まれたままだ。


「『およげ!たいやきくん』が空前のヒットをしたのに、ギャラは買い取りの5万円プラスアルファ。それで芸能界が嫌になったという噂もありましたが、それが原因ならもっと早く引退しているでしょう。特に引退宣言をしてコメントを残したわけでもなく、フェイドアウトしていったため、真相は不明です。また歌う姿を見たい人も多いですし、いつか子門さんの気持ちが変わったら、テレビ局も喜んで受け入れますよ」(同前)

NEWSポストセブン

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