財産を独り占めしようと企む跡取り夫婦。姉の私や弟には暴言を浴びせ、ついには父親を家から追い出した

10月11日(月)12時40分 婦人公論.jp


イラスト:イオクサツキ

いがみ合い、憎しみ合ってまで家族でいることが、幸せといえるのでしょうか。血のつながった家族ともう二度と関わらない、という苦渋の決断をした人もいるのです。好美さん(仮名、67歳)は実家の弟夫婦の振る舞いに心を痛めていて——

* * * * * * *

下の弟の借金を肩代わりしていた父


家族と「縁を切る」といっても、私の場合、自分から積極的に関係を断ちたいと望んだわけではない。小さなトラブルが解消されないまま積み重なり、気がつけば、愛知で農業を営む実家の《跡取り》である3歳下の弟から、暴言、中傷を受けるようになっていた。

きっかけは15年ほど前。5歳下の次弟のアルコール依存症と、それに伴う借金地獄だ。父は世間体を気にして、私たちきょうだいに内緒で弟に代わり借金を返し続けていた。家を抵当に入れ、限度ギリギリまで借金がふくらんでいたことが発覚した時、父はただただ泣くばかり。仕方なく跡取りが債務整理を引き受け、福岡に嫁いだ私が、弟をアルコール依存症専門病棟のある近くの病院に入院させ、世話をすることになった。

弁護士に依頼して債務整理を済ませ、状況は落ち着いたかのように思えた。だが跡取りは、「弟の借金が次から次へと出てくる」と同居していた父を責め立てて、父の預金通帳を取り上げたのだ。

おかしいと思った私は、債務整理の書類を見せてほしいと跡取りに頼んだが無視された。仕方なく下の弟を連れて、弁護士事務所に直談判に行くことに。交渉の末やっと出してもらった書類を見てビックリ。土地を売ったお金のほうが、借金の返済額より多かった。跡取りは余剰金を無断で自分の懐に入れていたのだ。

さらに、父が跡取りに取り上げられた預金通帳を調べたところ、どれも残高が1000円以下になっているではないか。いったい何が起きているのか……。事態を呑み込めず私は呆然とした。

跡取り夫妻の父への接し方は、虐待レベルに


その頃、跡取り夫妻の父への接し方は、虐待レベルに達していた。義妹は父を嫌い、話しかけられても返事すらしない。まさに「ネグレクト」としかいいようのない状態。義妹は嫁いでからずっと父にいじめられていたと思っていて、自分の態度は正当だと信じている。

父は父で、逆らうとひどい目にあうことがわかっていたし、生まれ育った場所で暮らし続けたいために、おとなしく彼らの言いなりになるしかなかったのだ。

この騒動の5年ほど前に母に先立たれ、徐々に弱っていた父のことが心配だった私は跡取りに、せめて事務的なことは相談してほしいということ、そして第三者を交えて冷静に話し合いをしたいということを何回も申し入れた。しかし返ってきたのは父、弟、私に対する暴言のみ。

せめて愛知方面に出かける際は父の顔を見たいと、帰省する予定を入れたときのこと。跡取りから、「歓迎できんから、うちには来ないように」と電話がかかってきた。自分の実家なのに帰ることも許されないなんて……。しばらくは涙が止まらなかった。どうやら歓迎できない理由は、義妹が「好美さんが来ると、お父さんの態度が大きくなる」と訴えたことにあったらしい。

見るに見かねて福岡へ引き取ることに


実家の財産を独り占めしたかった跡取り夫婦にとって、父の存在は邪魔でしかなかったのだろう。父がいくら訴えても、まともに取り合おうとはしなかった。しまいには父のことを「ボケてきた」と言い出し、病院で脳波の検査を受けさせ、その後、精神科病院で診察を受けるように仕向けたのだ。

誰の付き添いもなく、一人で精神科に通院していた父。その当時の父の顔は、まるで岩のように無表情だった。

私は居ても立ってもいられなくなり、福岡に父を引き取る覚悟を決めた。父を呼び寄せてからは、義妹からの電話や手紙はなし。跡取りから「敷居をまたぐな」と言われた父は、それから亡くなるまでの5年間、一度も自分の家へ帰ることを許されなかった。

父の体力が徐々に弱ってきた頃、跡取りが突然、福岡に行くと言ってきた。「今から行く」と言われても、こちらには病院での検査など予定が入っている。しかし跡取りには、都合のいい日を相談して決めるという考えは微塵もない。正しいのは常に自分。お前らは黙って従っていろ、と考えているのだ。

父の代もそうだったが、子の代でも、私の実家では長男に権力や特権が集中している。下の弟がアルコール依存に陥ったのも、きっと小さい時から都合の悪いことを跡取りに押しつけられ、いつも代わりに親に叱られていたからに違いない。

家督を継ぐということはそういうことなのか?


さかのぼれば祖父や祖母もまた、たいそう跡取りを可愛がった。お祭りがあっても、連れて行ってもらえるのは跡取りだけ。小遣いをもらえるのも跡取りだけ。女の私は、いずれ嫁に行く子だからと厳しくしつけられ、跡取りのように無条件に可愛がってもらった思い出はない。大人になってからも、下の弟や私は、早くこの家を出なくてはと、焦っていた気がする。

もちろん、跡取り本人が家督を継ぐことをどのように感じていたのかはわからないが、けっこう重荷だったのでは、と最近は思う。よそでは穏やかでいい子という評判だったが、父、私、弟には言葉の暴力を振るってきた。弟は福岡に移ってすぐに、「もう愛知には来るな」と言われていたらしい。「兄弟の縁を切る」とも。

世間に憚るところのない、誇れる**家を演出するためには、姉弟に罪をかぶせることも厭わない。邪魔なやつは排除する。家督を継ぐということはそういうことなのだ、という考えが、跡取り夫婦にはあったのだと思う。

そんな実家に、どうして愛着を持ち続けることができるだろう。8年前に父が亡くなり、相続の話し合いをした時、義妹は「家業を継ぐということは、ほとんどの遺産をもらえるということ。これはどこでもそうだ」と主張した。

そこで私は、「それは父と弟の面倒を、責任を持って最後までみてくれたら、の話じゃないの? 私が父と弟を抱えて大変だった時、あんたたちは一度も助けてくれなかった。私と弟は、ずいぶん前から自分たちにはお在所(実家)はないと思っている。もうこれ以上、あなたたちとは関わり合いたくない」と宣言したのだ。

そう、これでいい。まだ事務的な手続きは残っているが、私が先に亡くなっても葬式に来てくれなくていい。香典もいらない。

※婦人公論では「読者体験手記」を随時募集しています。

現在募集中のテーマはこちら

アンケート・投稿欄へ

婦人公論.jp

「夫婦」をもっと詳しく

「夫婦」のニュース

「夫婦」のニュース

トピックス

BIGLOBE
トップへ