母の自死を恥じた父に「事故死にしとけ」と言われた娘の苦悩

10月12日(水)11時0分 NEWSポストセブン

 千葉県の坂上幸子さん(仮名、45才)は、壮絶な人生を歩んできた。中小企業を経営していた幸子さんの父は、2度結婚をしているという。最初の妻M子さんとの間に生まれたのが幸子さんと15才離れた姉だったが、M子さんとの離婚後、父は姉を虐待。2番目の妻である幸子さんの母が間に入ることで、姉は家を出てひとり暮らしを始めた。


 しかし、そこから幸子さんの母が精神的な病を発症。そして3年後、彼女は自死してしまう──。幸子さんが、その後の人生を語る。


※「自らの半生を見つめ直し、それを書き記すことによって俯瞰して、自らの不幸を乗り越える一助としたい」という一般のかたから寄せられた手記を、原文にできる限り忠実に再現いたしました。


 * * *

 母と父と私の3人の暮らしになり、父の暴力もおさまった。初めての穏やかな日に私は心を落ち着けたのだろうか。その記憶が私にはない。


 母は、統合失調症を発病していた。


 絵も習字も上手で、よく笑う母が、突然、別人になる恐怖。見たこともないような怖い顔をして、畳の一点を見つめていたかと思えば、処方された薬が強すぎたのだろう。ぼやーっとして声をかけても返事をしてくれない。


 小学校から中学生になった私は、そんな母を見るたび不安でたまらなくなった。


 その病を母は、自らの手で終わらせた。


 あの日からわが家は何もかも変わった。まず父が荒れた。1週間、食事が喉を通らず、「眠れないんだよ」と訴えた。一気に白髪が増えると同時に、姉を責めた。「あんたのことで心を痛めて病気になったんだ」と。


 母の遺体の第一発見者である私のことも責めた。「あんたが殺したのか。あんたはちっとも悲しそうに見えないんだよ」と。


 身内とはおかしなもので、ここまでひどいことを言われると、怒るより、父が哀れでかわいそうになる。


 しかし、そんな気持ちもご飯どきになると、一気に吹き飛ばされた。



 父は母の死によって、生活が変わることがガマンできない。「電気釜で炊いた飯が食えるか」と、白米を文化鍋で炊けと言う。みそ汁の具は2種類。みそは合わせみそ。だしは煮干。漬物が食卓にあること。


 それから今まで通り、毎日会社に弁当を持っていくと言う。私が通っていた学校もまた弁当だった。それをすべて中2の私に父は、「やれ」と言う。「やってできないことはないだろ」と、顔を見れば責めたてた。


 ただでさえ、私は自分が目の当たりにした現実をどう整理したらいいのかわからず、地に足がつかない。できれば自分の殻に隠れていたい。


 なのに、毎晩のように、「妻に先立たれて心配」と、父の友たちが押しかけてきた。今思えば、いてもたってもいられない父が呼びよせていたのだと思う。


 最もこたえたのは母の自死を恥じた父から、「事故死にしとけ」と嘘を強要されたことだ。


 母の死因に首を傾げた父の友達は、父のいないところで第一発見者の私に聞く。15才の娘なら本当のことを言うだろうと、根掘り葉掘り、聞き出そうとした。


 15才の胃は、キリキリと痛み、初めて鮮血を吐いた。父にそれを訴えたところで、「仕方ないだろ」という返事しか返ってこない。父とふたりの生活に耐えかねた私は、姉に助けを求めた。


「帰ってきてほしい」


 父と姉と私。3人の関係性を思えば、その後にどんなことが起きるか、予測がついたのに、私は疲れ切っていた。もう限界だったのだ。


 案の定、それはわが家の新たな地獄の釜のふたを開けることになる。

(つづく)


※女性セブン2016年10月20日号

NEWSポストセブン

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