〈現地観戦記〉ラグビー日本代表がスコットランド戦であげた、もうひとつの「勝利」

10月15日(火)18時30分 文春オンライン

 ラグビーワールドカップ、日本VSスコットランド戦に行ってきました。日本代表があげた4つのトライはどれも美しく、スコットランドのしぶとさは背筋が寒くなるようでした。伝統国の強さを感じ、4年前に敗れた苦い思い出を噛み締め、それを乗り越えた。これまでも「ビッグマッチ」と呼ばれるような試合のいくつかに立ち会ってきましたが、80分間声の限りに叫び続けるようなことは初めてでした。勝利の瞬間の地鳴りのような声、それは史上最高の大歓声でした。



©JMPA


最大級の台風が上陸した翌日にもかかわらず祝祭感にあふれた会場


 会場内は本当に祝祭のようで、昨日まで最大級の台風が来ていたにもかかわらず「楽しさ」でいっぱいでした。赤と白のジャージに身を包んだたくさんの人と、外国からそれぞれの国のジャージや伝統衣装で訪れるたくさんの人たち。はるばるここに集まってきた人たちだけあって、「今日は絶対に楽しむぞ!」と気迫満点です。


 スコットランドの応援団はそこかしこでバグパイプの演奏を始め、サムライの格好をした日本のファンと一緒に踊っています。一曲吹き終わるごとに拍手喝采。それに機嫌をよくしてまた吹き始めるもので、いつまでも演奏会は終わりません。頭には「蘇格土蘭」のハチマキ。漢字の当て字の「蘇格土蘭(スコットランド)」を入れたグッズのよう。ハチマキは「心にささった」らしく、たくさんの人が頭にしめています。


「台風の影響で飲料の準備ができないかも」ということで、この試合ではドリンクの持ち込みが解禁されていたのですが、フタをあければいつもどおりにビールはスタンバイされています。そしてパブ文化圏からやってきた応援団たちはしこたま飲んでいます。とにかく飲む。ひたすら飲む。いつ見ても満杯のビールを手に持っているので、「もしかして一口も飲んでないのか?」と思うくらいに飲みつづけています。


 日本側のシャイな一面も消え失せるほどの祝祭感で、あちこちでハグやハイタッチが始まります。ボランティアの人たちが積極的にハイタッチをするようにしているので、外国からのファンも「ほほぉ、日本はハイタッチする系か」と受け取り、ごく自然にそういった交流につながっている模様。個人的にもこの大会期間中に「南アフリカの人?とのハイタッチ」「スコットランドの人?とのハグ」「ニュージーランドの人?との握手」なども経験しました。会社では同僚とも目を合わせないくらいのコミュ障さえも、渋谷スクランブル交差点みたいにさせてしまうあの雰囲気!




 スタンドでは国もチームもなくまぜこぜで座らされており、それもまた祝祭感を加速させます。野球やサッカーのようにそれぞれの応援団が分かれているのも悪くはないのですが、両方がまぜこぜでいることで、どのプレーにも喜びの歓声が上がり、どちらにボールが転がっても「いけぇ!」「GOOOOO!」などと力強い声があがります。どこにでもどちらのファンもいることで、どっちに転んだとしても「ため息」に支配されるような瞬間は生まれにくく、とても盛り上がります。


 日本VSスコットランド戦でも前半は日本が攻めて日本側がガーッと盛り上がり、後半はスコットランドが攻めてスコットランド側が盛り上がる。それもあって80分間ずっと叫んでいるようなことにもなったのかなと思います。誰かが常に近くで喜びの声をあげているので、ごく自然に声が出てしまうような雰囲気です。



こんなときだからこそ全力で「楽しむ」ことを忘れない


 一言でまとめるなら「楽しかった!!」に尽きます。


 猛烈に、劇的に、ものすごく「楽しかった!!」です。


 何の気遅れもためらいもなく、そう言える今の自分。これは決して当たり前のことではありません。折しも10月12日には関東・東海地方に台風19号が上陸し、死傷者を含む多くの被害を出していました。そして試合当日の13日は、台風19号は東北地方を通過し、さらに被害を拡大させていました。このラグビーワールドカップでも12日の2試合、13日の1試合が中止(延期ではなく)になっています。


 特に13日に中止となった試合は「何故、またしても」とうなだれるようなものでした。釜石鵜住居復興スタジアムで行なわれるはずだったナミビアVSカナダ戦。東日本大震災によって多数の死者行方不明者が出た岩手県沿岸部。その復興の象徴として、未来への希望として、かつてこの地で日本のスポーツ界を席巻した「新日鉄釜石」の誇りを胸にラグビーワールドカップの開催都市に立候補した釜石市。


 もともとは学校であった場所、それはすなわちあの震災のなかで避難場所となり、多くの命が救われた場所であるわけですが、そこに築かれた新たなスタジアムで予定されていた貴重な2試合のひとつでした。数は少ないながらも、その2試合が復興の象徴となるはずだと、町をあげて取り組み、ようやく開催の時を迎えたところでした。それが今度は台風によって妨げられる。倒れて、立ち上がって、また倒される。「何故、またしても」と思わずにはいられなかったことでしょう。




楽しむことに「不謹慎」という意見がぶつけられていたあの頃 


 そんな事情を思うと、かつての自分であったら申し訳なく、心苦しくこの日を過ごしていたと思うのです。実際に2011年当時はそんな空気もありました。野球や大相撲、サッカー、音楽コンサートなどなど「本当に今、コレをやってもいいのか?」「するべきことはコレではないのでは?」と悩み、自問自答しながら、観衆もエンターテナーたち自身も過ごしていたように思います。楽しむことに「不謹慎」という意見がぶつけられるような日々。それは強い説得力を持って心を押さえつけるものでした。


 とは言え、生きるためには仕事をしないわけにはいきません。エンターテナーは人を楽しませるのが仕事です。少しずつ、元気な人は笑ったり楽しんだりしようじゃないか、元気がない人にも可能なタイミングで楽しんでもらおうじゃないか、そんな雰囲気に変わっていったように思います。


 そして、サッカーなでしこJAPANのワールドカップ制覇や、東北楽天ゴールデンイーグルスの優勝・日本一、フィギュアスケート羽生結弦選手の五輪金メダルといった、スポーツを通じて「人は元気を得られる」ということが改めて強く認識されていきました。かつて阪神・淡路大震災の際にはプロ野球・オリックス・ブルーウェーブが「がんばろうKOBE」を掲げて戦い、人々に元気を与えたように、スポーツにはとりわけそういうチカラがあるのだと。



 もちろんエンターテインメントは命や安全に優先するものではありません。ただ、生きてさえいれば幸せというのも違うでしょう。食べて寝ることは大切だけれど「何のために」という目標や意味がなければ不十分なのだという認識が広まっていった。そのとき、エンターテインメントが生み出す楽しいなぁという気持ちや、また頑張ろうというやる気は「復興」とも決して無関係なものではなく、むしろそういった時間を守ること、取り戻すことにこそ「日常」を守るというもうひとつの戦いがあるのだ——そんな感覚を抱くようになりました。


 日本VSスコットランド戦の会場となる横浜国際総合競技場は、近くを流れる鶴見川の氾濫を防ぐための遊水地に建っています。有事の際は、スタジアムの1階部分は水に浸かり、周辺の公園とともに水に浸かります。そうすることで下流域への水害を防いでいるのです。そのような場所に建つスタジアム、いかに「想定していた事態」であったとしても、本当に試合が開催できるのかは当日までわかりませんでした。



「どうしたもやりたい」と頑張った人がいたからこそ


 当日午前9時頃と言われた開催可否の決定はずれ込み、午前10時をまわってもなお発表はなく、やきもきするような状態。簡単に発表できる状況なら予定時間通りに開催を発表したでしょう。いっそ止めてしまえば話が早いという気持ちであれば、やはり予定時間通りに中止を発表したでしょう。時間がずれ込むというのは、「困難ではあるけれどどうしてもやりたい」という想いで懸命に働いている人がいたからこそ。


 その懸命の働きに応える方法は「自粛」ではないはずです。大変な状況ではあるけれど、できることはやろう、元気な人は元気に生きよう、そしてその元気を足りない場所に回すのだ。2011年当時には、現地のものを買って「経済を回す」といった表現も印象的でしたが、どこかで生まれた元気もきっと届けることができる。食べることや寝ることが落ち着いてきたら、きっとそれが必要になる順番がくる。だから、できるかぎりやろう、そんな意識。「試合をやろう」と頑張った人がいるなら、それに応えるためにも精一杯「楽しむ」ことが観衆のつとめではないかと僕は思います。そうやって元気は広がっていくのだと。



 そんなスポーツの持つチカラを、選手たちも自覚していました。


 試合を終えたあと口々に出てくる言葉たち。キャプテンのリーチマイケルは「僕たちの戦い、少しでも勇気与えたと思います」と想いを語りました。代表初トライをあげた稲垣啓太は「ラグビーで元気を取り戻していただきたい」と力強く言葉にしました。最年長トンプソンルークは「台風のあとラグビーはちっちゃいこと(中略)みなさん頑張ってください」と被災された方を思いやりました。そこには「こんなときにラグビーをやっていていいのだろうか?」という迷いのようなものは微塵もありませんでした。


 自分たちは自分たちの仕事としてラグビーをやる。そのことが巡り巡って復興であったり、元気を出すことにつながっていく。それはスポーツの持つチカラ、エンターテインメントの持つチカラを自覚し、「こんなときだからこそ」一層頑張らなくてはいけないと思う人たちの姿だったように思います。


 その堂々たる姿に僕は、ラグビー日本代表がベスト8に進んだように、スポーツというものもまた社会のなかでひとつ上のステージに上がったのかもしれないと思うのです。楽しむことは人間や社会にとって必要であり、スポーツにはその大きなチカラがある。こんなときでも、むしろ「こんなとき」だからこそ。そのことを、ラグビーをやり切った選手・関係者たちと、全力で楽しんだ観衆たちが、迷いなく示していたのではないかと。


 ラグビー日本代表は試合だけではなく、「不謹慎ではないのか」という迷いを寄せ付けず、「日常」を守る戦いに勝った。あのスタジアムにいた者のひとりとして、僕はそう思うのです。




(フモフモ編集長)

文春オンライン

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