コンパクトシティ構想 先進地だった青森はなぜ失敗したか

10月15日(火)7時0分 NEWSポストセブン

2001年にオープンした青森駅前の再開発ビル「アウガ」

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 人口減少や少子高齢化に悩む地方自治体が、徒歩で移動できる都市の中心部に住宅や商業施設、行政機関などを集積させようという「コンパクトシティ」構造。国も支援に乗り出して注目されてきたが、どうも成功事例が見当たらない。神戸国際大学経済学部教授の中村智彦氏が、早くからコンパクトシティを目指しながらも頓挫した「青森市」の現状をレポートする。


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 一世を風靡した「コンパクトシティ」構想だが、その後、評判は芳しくない。特に先進地として名を馳せ、多くの人が視察に行われた青森市は、すっかり「失敗事例」の烙印を押されてしまった感がある。青森市の今はどうなっているのだろうか。


◆青森市のコンパクトシティを目指した「3つの問題」


 青森市がコンパクトシティという発想を「青森市都市計画マスタープラン」に盛り込んだのは、1999年。まだ、地方の人口減少問題があまり着目されていない時期だった。しかし、青森市ではすでに3つの問題を抱えていた。


 まず、地方財政の急激な悪化で、これ以上市街地が拡大すれば、充分なサービス提供が不可能になるという懸念だ。次に、下水道の整備の困難さ、そして除雪の問題だ。こうした中で、郊外開発の抑制と、都市中心部の再整備によって集住を進めることによって、行政コストを抑制し、持続可能な状況を維持しようという発想だ。


 こうした発想は、現在でも間違ってはいない。しかし、その実行にあたっては様々な問題が発生した。


◆駅前再開発計画がバブル破綻で頓挫


 青森駅は「青函連絡船」の発着場として、東北の玄関口であった。駅前には、魚介類や農産品を売る市場が形成され、賑わってきた。しかし、1970年代になると老朽化が問題となり、再開発の話が持ち上がった。その後、1990年に再開発組合が認可され、1992年に第三セクター・青森駅前再開発ビルが設立、総事業費約185億円という駅前一等地の商業ビル建設が動き始めた。


 計画当初は、中核テナントとして西武百貨店が進出を表明していたが、バブル景気破綻の余波で、開業前の1994年に撤退を決定した。


 その空きスペースを埋めるため、市が保留床を購入し、図書館、多目的ホールや男女共同参画プラザと駐車場を整備し、さらに青森駅前再開発ビルが残りの保留床を買い取ってテナントに貸し出す手法を採った。結果的に、総事業費約185億円のほとんどを市が負担することになった。


◆称賛を浴びる一方で赤字まみれの惨状


 そして、2001年にオープンした再開発ビル「アウガ」は、コンパクトシティの象徴として、地元のみならず全国の自治体からも視察が押し寄せるほど注目された。


 市の郊外から移転した図書館には、年間600万人が来館し、テナント部分には10代から20代向けのテナントが多数入店し、さらに地下には昔ながらの魚介や野菜を扱う市場が入っており、中心市街地活性化の成功事例として、マスコミにも紹介された。


 自治体関係者や政治家、地方経済の研究者やコンサルタントなども、青森のコンパクトシティを成功事例として持て囃した。しかし、そうした賞賛を浴びた日々は長くは続かなかった。


 華やかな表舞台に反して、実際には開業当初から大幅な赤字だったのだ。開業初年の2001年の売上高は計画を大幅に下回り約23億円であり、約2億5000万円の赤字だった。2008年になると第三セクター・青森駅前再開発ビルが巨額の債務を抱え、経営難に陥っていることが明らかになる。


 すでに約23億円まで債務が膨れ上がっており、筆頭株主だった青森市は金融機関に対して、この債務を約8億円で買い取ることを要請。事実上の債権放棄を金融機関側は受け入れざるを得なくなった。


 2009年の市長選挙では、コンパクトシティを推進してきた佐々木誠造氏が落選。新人の鹿内博氏が市長となり、計画の見直しが図られる。青森市は救済策として、2010年には駅前再開発事業の助成金として約2億円を交付するが、アウガの経営悪化は止まらず、2015年度には再び約27億円の赤字に陥った。翌2016年には資金回収をできなかったことを理由に鹿内氏が市長を引責辞任する事態となった。


◆責任の所在うやむやなまま「市の施設」に


 2017年にはアウガ内の地下の市場部分以外の商業施設がすべて撤退し、第三セクター・青森駅前再開発ビルも経営破綻した。その後、補助金交付の際に、すでに債務超過状態であることを議会に報告していなかったことや、補助金の不正流用の疑いが出るなど、現在も問題は継続している。


 アウガそのものは、2017年末から市庁舎の窓口業務を順次移転し、2018年1月から全面供用され、市役所と図書館、そして以前からの地下の市場だけとなった。


 現在、アウガを訪れると、かつての商業ビルの面影はすっかりなくなっている。現状だけ見れば、「これはこれで成功ではないのか」と考える人もいるだろうが、ここに至るまで巨額の資金が税金から投入されており、「正直言って、アウガについては触れたくない。責任の所在がうやむやにされるのは納得できない」(青森市の中小商業経営者)というのが地元の意見を代表するだろう。


◆それでも駅前は若者で賑わっている?


 青森駅前は、東側のウォーターフロントに2010年に商業施設「A-FACTORY」が、2011年には観光交流施設「ねぶたの家 ワ・ラッセ」が開業し、以前からある青函連絡船メモリアルシップ八甲田丸、青森県観光物産館アスパムなどと回遊できる観光地として整備されてきた。2016年には、北海道新幹線の函館延伸開業があり、北海道側と青森側の回遊観光の振興も進んでいる。


「青森市は、もともと物販は物販、市場は市場、飲食街は飲食街と地域が分かれており、買い物しながら飲食するという雰囲気ではなかった。それが、最近、物販が中心だった駅前に近い新町周辺に、若い世代が喫茶店や居酒屋、バーなどを開業しており、賑わいが出てきている」(青森市の中小企業経営者)


 地元の経営者と話をすると、商店街の経営者が世代交代をし、自ら飲食店に進出したり、店舗を貸し出したりするなど、動きが見えてきたと指摘する。


 実際に、10年ほど前と比較すると、大手チェーン店に混じって、個人営業をする小規模な飲食店が増えているようだ。個性的なカフェや古書店など、都市の魅力を持った店舗も中心部に点在している。


「高齢化して閉店した後などに、若い経営者が開業する事例も増えている。郊外のチェーン店にはない、独自性とか面白さをそれぞれの経営者が打ち出すことで、若い世代が中心街に自然と集まってきている」


 と、飲食店経営者の男性は話す。


◆コンパクトシティとアウガの失敗は切り離すべきか


 総務省が発表した住民基本台帳に基づく2019年1月1日時点の人口動態調査(2019年7月10日発表)によると、東北6県の人口(外国人含む)は前年比0.94%減の884万2608人だった。


 青森、岩手、秋田、山形の4県が減少率1%を超え、全国の中で東北の減少幅が一段と拡大している。日本人の人口減少率は、秋田県に次いで青森県が全国第2位のマイナス1.28%と厳しい状況が続いている。特に県外に転出することによる「社会増減」の減少率は、青森県が全国1位の0.50%だった。


 確かに、青森市中心部でも駅から距離のある元々の飲食店街である本町周辺で閉店などが増えているという。「最近、風俗の無料案内所などが増えて、若い女性が通りづらいところもある。古くからの飲食店街なので、行政もなんらかの活性化策を考えても良いのではないか」と別の経営者は話す。


 そうしたことを考えると、青森の人口減少や少子高齢化は今も深刻な問題であり、コンパクトシティの必要性が失われたわけではない。


 地元企業の経営者たちが揃って口にするのは、「コンパクトシティ構想を、中心市街地活性化、商業活性化と単純化したところに誤解があった」ということだ。アウガの失敗は、あくまでノウハウのない行政が商業ビルの運営に乗り出したことや、補助金頼みの不明朗な経営を行った第三セクターの責任が大きい。アウガの失敗が、そのままコンパクトシティの失敗とは言えない面もあるのだ。


「私は青森市郊外で生まれ育ったが、周辺には昔ながらの大きな家がまだ残っている。外観は子供のころと変わらないが、住んでいる人数が大幅に減っている。かつては、一家に6人、7人住んでいるのが普通だったのが、今は、1人か2人。中にはもう誰も住んでいない家も多い」


 経営者の一人はそう話し、現実的にはコンパクトシティ構想は今後も必要だと主張する。


◆コンパクトシティ議論を再開する余地


「この間、北海道に旅行に行ったんだけどさ、海きれいでしょ、海産物おいしいでしょって言われて、いやあ、お金かけて行って青森と違わないじゃないかと思ったよ」


「今度、マグロの解体ショーをバスツアーで見に行くんです」

「なに、そんなのもうすぐしたら、うちでもマグロ解体するから、開店前に来てくれたら、目の前で解体ショーしてあげるよ」


 青森市内のある飲食店では、常連客たちが店主と笑いながらこんな話をしていた。マグロの解体ショーを見るためにバスツアーに参加するという中年夫婦の女性は、「ここに住んでいると、意外に地元の良さに気づかないんですよね」と。


 青森市に本社を置く中堅企業の経営者は、コンパクトシティ議論の再開を望んでいる。


「いま、青森市内はマンション建設によって、若い世代が徐々に市内に戻ってきており、少し元気が出てきたかなと。街全体の縮小傾向は止められないだろうけど、アウガも再スタートしたことだし、もう一度、コンパクトシティについて議論を再開しても良いのではないかと思います」


 新幹線の影響もあり、観光客数は堅調である。県内の観光地はもちろん、函館との連携も着実に効果を上げているようだ。


 別の経営者は、「UターンだIターンだと言っても、働く場がなければ若者は戻ってこない。経営者も地方だから安い給料でも仕方ないという発想から抜け出さないといけないだろう」と言う。


“コンパクトシティの失敗都市”というレッテルは返上し、今こそ新たな取り組みの可能性を追求する時期だ。

NEWSポストセブン

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