【インタビュー】映画『草の響き』東出昌大「監督は『好きにやってこい』と背中を押してくれた」斎藤久志監督「東出さんと初めて会った瞬間、『この映画、勝ったな』と」意見をぶつけ合って生まれた苦悩する主人公

10月18日(月)7時13分 エンタメOVO

東出昌大(左)と斎藤久志監督

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 心に失調をきたし、妻・純子(奈緒)と2人で東京から故郷の函館に戻ってきた和雄。病院の精神科を訪れた彼は、医師に勧められるまま、治療のため、街を走り始める。その繰り返しの中で、和雄の心は徐々に平穏を取り戻していくが…。現在公開中の『草の響き』は、『そこのみにて光輝く』(13)、『きみの鳥はうたえる』(18)などに続く函館出身の作家・佐藤泰志の小説を映画化した人間ドラマである。本作で主人公・和雄を演じた東出昌大と斎藤久志監督が「意見をぶつけ合った」と語る撮影の舞台裏を明かしてくれた。



−黙々と函館の街を走り続ける東出さんの姿から、言葉にならない和雄の複雑な感情がにじみ出し、強く印象に残りました。40年以上前に書かれた原作を映画用に脚色した上で、お二人の間でいろいろな話し合いもあったようですが、和雄という主人公は、どんなふうに出来上がっていったのでしょうか。

東出 生意気なことを言うようですけど、最初に頂いた脚本が本当に素晴らしかったんです。書いてあるせりふと、原作から増えたシークエンスと、増えた関係性というものが、すんなりおなかに落ちてきて。だから、出演を決めるときは、そんなに悩みませんでした。

斎藤 東出さんに決まり、初めて事務所で会った瞬間、「この映画、勝ったな」と思ったんです。ランニングに行くようなラフなスタイルに、高い身長を恥じるかのように前屈みで、目を合わさないで脚本に対する質問をしてくる。確か脚本には線が引いてあったように気がします。そうかと思うと、じっとこちらを見て目をそらさないで返答を待っている。こちらからするとスターなわけで、どんな気取りを見せてくるかと思って身構えていたんですが、それを見事に裏切って、むき身で向かってくる。ナイフみたいでしたね。それがどこまで本心なのかはその時点では判断できなかったですが、ものすごく熱いものを心の奥に潜ませている感じがしました。「あ、佐藤泰志だ」って思いましたね。

東出 ただ、衣装合わせのときは細かく一つずつ決めていきました。例えば、ランニングウエアを決めるときは、「この時はまだ靴は素人っぽいよね」というところから、「お金が欲しいときだから、こんな華美な服は買わないと思う」とか、場面ごとに監督と確認しながら。

−現場の様子はいかがでしたか。

斎藤 この作品は、ほぼ脚本の順番で撮っているんです。それも時系列順に。つまり、東出さんと大東(駿介/和雄の親友・研二役)さんの2人の回想シーン、和雄がパニックを起こして、研二を頼ってきたシーンを一番最初に撮影している。そこは和雄の症状が最も重い場面なわけです。事前に東出さんとは自律神経失調症について話し合ってはいるのですが、どこまでその重さを表現していいのかこちらも分からない。東出さんは作ってきたものを提示してくれるんだけど正直判断できない。まだ普段の和雄の状態を撮影していないのに、いきなり映画のトーンを決める重要なシーンなわけですよ。そこで大東駿介なわけですよ(笑)。

東出 大東くんには助けられましたね。

斎藤 最初、大東さんがものすごく心配する芝居をしていたんですね。「そんなに気を使わず、友だちならもっとフラットに」って言ったんです。心配されるっていうのは、される側からしたらプレッシャーにもなる。心配はしているんだけど、心配してるぞ、と相手に分かるアピールはしないでほしいって大東さんに要求した。下手するとただの冷たいヤツになる可能性もあったんですが、そこを大東さんは絶妙なバランスで存在してくれた。そうなると東出さんの芝居も変わってくる。大東さんが自然に存在してくれることがこのシーンのキーになってOKが出せた。じゃないと最後まで分からずに、他のシーンを撮ってからじゃないと分からないと助監督に進言してこのシーンをリテイクしていたかもしれない。

東出 最初だったので、監督も大東くんに「あまりボディータッチしないように」とか、いろいろ言っていましたよね。そこで突然、僕が苦しくなって屈み込むと、大東くんが「タクシーを拾いに行く」と言っていなくなる。その時点では引きの画だったんですけど、そこで「はいOK!」と言った後、監督が「そのままで。カメラ寄るから!」と大声でおっしゃって。それから急いでカメラの位置を変え、「この精神状態をずっと崩さないまま、はい行くよ、よーい、ハイ!」と言ったとき、ちょうど上空を飛行機が通ったんです。それが本当にすぐ頭の上だったので、思わず「えっ?」と見上げる芝居になって。

−絶妙なタイミングですね。

東出 そうしたら、監督が「OK!」と。確かに、苦しんでいても、何か大きなものが頭上を通れば、絶対に見ちゃいますよね。その後、監督に「こういうことでしょうか?」と聞いたら、「僕も分からない」とおっしゃっていたんですけど(笑)。ただ、僕らが目指すべきなのは、そういうリアリティーなんだろうなと。

斎藤 それは、撮影に入るまでに「今回は、共犯で行こうよ」と東出さんと築き上げてきた関係があればこそですね。その瞬間、うそをついてほしくないというのが一番で、その感情を大切にしたかった。だから、あの瞬間それがうそではなかったのでOKを出した。基本フィクションですから全部うそなわけですよ。でもその瞬間の感情だけはうそであってほしくない。だから偶然とか好きなんですよ。心が動きますから(笑)。最終的に、その瞬間がこの映画のポスターになったわけだし、間違いでなかったということで。

−まさに映画のマジックですね。

斎藤 圧倒的なルックスと身長の東出昌大が函館の町で浮いて見えないか? 脚本上に描かれた和雄が抱えた闇を肉体化できるのか? と思っていた部分はありました。だって東出昌大ですよ(笑)。だけどそんな不安は一瞬で吹き飛びましたね。結果、映画を見た知人が「今までにない東出昌大が見られた」と褒めてくれました。それが一番うれしかったですね。

−「今までにない東出昌大」というお話ですが、東出さんの手応えはいかがでしたか。

東出 手応えはないですね(笑)。でもそれは、ネガティブな意味ではなくて。ありがたいことに監督の現場では、いろいろ意見をぶつけ合いながらも、最後は「好きにやってこい」と背中を押してくれたんです。例えば、台本に「泣く」と書いてあるシーンも、ぎりぎりまで「泣きますか? 泣きませんか?」というやりとりがあった上で、最後は「感情の高ぶる方で」と任せてくれる。だから、現場中は「こう表現しよう」みたいな作為を持っていなかったんです。どういう映画になるのか想像しないまま、出来上がったものを見て、「こういう映画になったんだ」と。

斎藤 それを許してくれたことには、感謝したいです。監督がどうこう言っても、最終的には映っている人が一番リスクを負う部分があるわけだから。そういう意味では、「この人になら、何を見せてもいい」と思わせることが演出だと思っています。そのためにはこちらも相手を信用しないといけない。つまり共犯です。今回は監督と俳優というヒエラルキーじゃない関係になれたと思っています。

−失調をきたした心を、走ることで元に戻していこうとする和雄の姿は、コロナ禍で思うような日常が送れなくなっている今の人々の心に響くものあるような気がします。

斎藤 脚本を作っている最中にコロナ禍があったので、それを取り入れるかどうかは考えました。こんなふうに人と人の距離が近づいたり、近づけなかったり、というのは、まさにぴったりな話だと思ったので。ただやっぱり、出演者が全員マスクをしたまま映画を撮るのは難しいので、それはいったん忘れることにしました。とはいえ、現場では全てのスタッフがマスクをしているので、そういう気分はなんとなく出たのかなと。

東出 でもやっぱり、僕らはロマンチストだな、と思うんです。寒い中の撮影など、しんどいことも多いのに「何のために撮ってるの?」と聞かれると、「誰かを肯定したい」「沈んだ人の気持ちをすくい取れるものになれば」と思いながら現場にいたんだな、と考えるわけですから。歯の浮くような答えかもしれませんけど…。だから、こういう苦しいときにこそ、見ていただきたい作品になったと思います。

(取材・文・写真/井上健一)

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