筒香嘉智が心配です……2018年、ベイスターズのキャプテンに感じたこと

10月19日(金)11時0分 文春オンライン

 筒香が心配です。


 偉大な4番打者に、心配なんて失礼なことだってわかってる。だけど、心配なんです。ベイスターズファンだったらおそらく、おじいちゃんもおばあちゃんも、ギャルも小学生もバブル世代もロスジェネも、ポチもタマもブラジル人も宇宙人も、筒香が心配。愚痴の酒じゃなく、明日の酒を飲みたいのに、今年の筒香のことを考えるとふと時間が止まり、記憶がぐちゃぐちゃになり、言葉は宙に舞う。つかみそうでつかめない、I'm proud届きそうでつかめない苺のような、それが今年の筒香。



横浜DeNAベイスターズのキャプテン、筒香嘉智 ©文藝春秋


 筒香が心配です。


 タオルをじっと見つめる。買った時は深い海の色だった横浜ブルーは白っぽく色落ちして、実家の洗面台にかけられた酒屋の粗品くらいに仕上った、筒香嘉智のタオルを。「まるでライナスの毛布だな」ハマスタで、このよれよれのタオルを見た友だちがそう言いました。保育園の運動会で子どもを応援しながら振り回しママ友からドン引きされたタオル。全然野球関係ない、アイドル取材の現場に持って行って「ここ球場じゃないから」と笑われたタオル。不安なとき、がんばりたいとき、がんばってほしいとき、いつもそばにあった筒香のタオル。水分を吸収するとか、タオル本来の役割はほとんど果たしていないのにすっかり仕上がったタオル。このタオルが吸収してきたのは、水分じゃなくて、喜び、悲しみ、悔しさ、驚き、希望、そして絶望。ワイドハイターEXでもプレミアム消臭でも落とすことはできない、念の匂いがする。



「頼むよ〜侍の8番打者」のヤジに思わず耳を塞いだ


 筒香が心配です。


 8月21日。いつものように、このタオルと一緒にハマスタの長いスロープを上っていました。前々カードの中日に負け越し、前カードの広島に負け越し、迎えた巨人戦。乗ろうとすると波が逃げていく。誰かのせいにはしたくないから、今年の運のなさを呪い、「運」みたいに不確実なものにしかぶつけられないやるせなさをただ噛みしめるような日々。スロープを上りながら空を見上げると、必ずそこには筒香がいます。柱を覆う大きな筒香に「今日こそはお願い」と語りかける。あなたが打てば流れは変わる。あなたが打てば、そっぽ向いた神様がまたベイスターズに微笑みかける。カバンの中で、ライナスの毛布はそのときをずっと待っていたのでした。


 筒香が心配です。


「頼むよ〜侍の8番打者」後ろの中年男性がせせら笑うように言い放ちました。満員のハマスタがじめっとした悪意にあふれて、思わず耳を塞いだ。3点のビハインド、ランナー2、3塁。少しあえぎながら投げているように見えた内海投手に、エラーも重なり、神様が笑う準備をしているのがわかりました。バッター筒香。ピッチャーから放たれたボールが急にゆっくりになって、それをいらっしゃいませって大きな身体に迎え入れ、スイングと同時にズゴンという音が鳴る。その瞬間、観客は波のように立ち上がる。頭の中でなら、いつでも鮮やかに描けるその光景は、たかだかと舞い上がったセンターフライであっけなく消えていきました。握りしめすぎてぐしゃぐしゃになった青いタオル。侍の8番か。冗談じゃない。筒香は侍の8番なんかじゃないのに。



「孤独です」と話したあのシーンを思い出す


 筒香が心配です。


 打率.295は去年より高く、ホームラン38本も去年より10本多い。数字としては決して最悪という類のものではないのに、私は筒香が心配なんです。私の中に渦巻いているのは、そんな数字のことじゃない。チームのことを誰よりも考えている筒香が、チームを勝たせる一打を自分が放てないこと。それが筒香の気持ちにどれだけのしかかっているのか。徐々に増えていく不満の声に、さらに身を固くしてるんじゃないか。ハマスタで見る筒香に、どこか息苦しさや、焦燥感や、諦めにも似た空気を感じてしまう自分にも腹が立つんです。胸につけた「C」のマークは、どれくらい重たいんだろう。すぐに私はあれを思い出してしまう。年末に見たベイスターズのドキュメンタリー映画『FOR REAL』で、筒香が「孤独です」と話した、あのシーンを。


 筒香が心配です。


 まだ26歳。チャラついたり、調子こいたり、そんな時があったっていい、というか、そんな時がなきゃダメだと思う、まだ26歳。でも、誰かの孤独に寄り添うために、自分が孤独である道を選ぶ、これは自分にしかできない仕事だからという筒香。私は少し怖かったんです。キャプテンという責任において、魂を差し出してるように思えたから。嬉しがったり悔しがったり、落ち込んだり前を向いたり、自分ごとに振り回される自分を心の中に封印して。それは悪魔との契約のように、筒香が自由に羽ばたくことを抑え込んでしまったんじゃないかって。


 でも筒香、ねこはね……突然ねこの話で申し訳ないですけど、ねこはいつも自分のためだけに生きてる。それは潔いほどに、エゴに向き合って生きてるよ。だけどねこは私に幸せをくれる。人間もやっぱり、自分のためにしか生きられないんだよなと、ねこを見てるとそう思う。エゴから逃れることはできない。でもエゴと向き合った人は、本当の意味でだれかを幸せにできる気がするんです。自分がちゃんと満たされているから。


あのときたぶん、筒香は生身だった


 去年のCSファーストステージ、雨の甲子園のレフトスタンドで私は見ました。死球すれすれのボールをギリギリでのけぞり、泥の海に倒れこんだ筒香。立ち上がって、ゆっくりとベンチに向かった時のあの殺気。あのときたぶん、筒香は生身だった。いつもの冷静沈着なキャプテン筒香ではなく、生身の野球選手、てめえこの野郎、ぜってぇ打ってやるから待ってろ、あの時の筒香の頭の中はチームの勝利よりそっちでいっぱいだったんじゃないかと思う。だって、野球を楽しんでる感じがすごくあって、やべえバイブスが遠くレフトスタンドまでとんできた。顔の泥を拭いて、バッターボックスに戻ってきた筒香は、ツースリーから高めのボール球を泥のグラウンドに叩きつけました。ボール球だってわかっていたはずなのに。降り続く雨はとうにカッパを染み出して、私と、首に巻いた筒香のタオルを濡らしていた。寒かったけど、それはとても熱かった。



 筒香嘉智。素晴らしい、私たちのキャプテン。でもあなたは孤独じゃない。ロペスがいる、梶谷がいる、宮﨑も、石川も、筒香の背中を見て育ってる若手たちも、みんないる。ファンも、います。もしできることなら、その身を縛っている責任を少しほどいて、生身の筒香を私たちに見せてください。侍の8番、冗談じゃない。筒香は、侍の4番でもない。筒香はベイスターズの4番。そして。


 筒香は、安心です。私の、ベイスターズファンの、安心。


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(西澤 千央)

文春オンライン

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