「衰えていく自分」とどう向き合うべきか——「日本国」と「ベテラン選手」がともに抱える問題について

10月19日(金)11時0分 文春オンライン

 日韓関係が再び軋みを上げている。注目を浴びているのは、いわゆる旭日旗を巡る問題だ。今月11日に韓国で行われた国際観艦式に際して、韓国海軍は自衛隊艦船が旭日旗を掲げて、これに参加する事を自粛する旨、要求し、これを拒否した海上自衛隊は観艦式への参加を取りやめた。この観艦式にはアメリカやロシアをはじめとする10か国15隻の艦艇が参加し、同じく参加した韓国海軍の24隻と合わせたその規模は、韓国海軍史上最大のものとなった。式典で演説した韓国の文在寅大統領は、この場に日本からの艦艇が参加していないことに触れなかった。


背景にあるのは日本の影響力の低下


 とはいえ、この様な状況は不可解に見える。何故なら、既にマスメディアでも詳しく報じられている様に、この韓国政府主催の国際観艦式は1998年と2008年に次ぐ3回目のものであり、過去の同様の式典には自衛隊艦艇が自衛艦旗としての旭日旗を掲げて参加しているからである。さらに言えば、海上自衛隊艦艇の韓国入港はそれ以前にもあり、そのいずれの際にも、「旧日本海軍の末裔である海上自衛隊艦艇の入港」への反対運動はあっても、「旭日旗を掲げての海上自衛隊艦艇の入港」への反対運動はほぼ存在しない状況だった。


 韓国はどうして態度を変えたのだろうか。勿論、本稿はあくまで「文春野球コラム」であり(文春さん、本誌の仕事ください!)、この間の韓国の変化について細かく分析する紙幅の余裕は存在しない。しかしながら、ただここで指摘できるのは、背景に韓国、更にはこの地域における日本の影響力の低下が存在する、という事だ。



10月11日に韓国で行われた国際観艦式 ©時事通信社


中国・韓国の軍事費が成長している理由


 例えば、次のグラフはストックホルム国際平和研究所(SIPRI)が毎年公表している、ドルベースでの各国の軍事費の積算結果を示したものだ。ドルベースなので為替変動の影響を受けており、必ずしも各国の軍事費の増減を正確に示すものではない。しかしながらそれでも、一見して全体の傾向は明らかであり、韓国の軍事費の水準は急速に日本に接近する事となっている。この趨勢が続けば、数年以内に韓国の軍事費が日本のそれを上回っても不思議ではない状況だ。因みに同じデータで中国が日本の軍事費を上回ったのは2003年。それから15年を経た今日、中国の軍事費は日本の4倍をはるかに超える水準に達している。


中国を除くアジア主要国軍事費(ドルベース)



 それではこの様な劇的な変化は、野心を持つ韓国や中国が殊更に軍事費を増やした結果なのだろうか。些か意外に思われるかもしれないがその答えはNOである。実は国全体の経済力、つまりGDPに対する軍事費の割合を見てみれば、韓国の数値はこの10年間、2.5%から3.0%の範囲に収まっており、中国に至っては減少の傾向を示している。結局、日本と中国や韓国の軍事費の成長の速度の差は、彼らが意図的に軍事費を増やしている結果というよりは、その分母になる経済成長率の差の結果だ、という事になる。


「衰えつつある嘗ての経済大国」日本が考えるべき事


 言うまでもなく、この様な相対的な日本の国力の衰退は、日韓関係のみならず、日本と他の国を取り巻く状況にも顕著な影響を与えている。例えば2002年には、日本からの経済支援に期待した北朝鮮は当時の小泉首相を平壌に迎え入れた。しかし、2018年の今日、北朝鮮が同じ期待を日本に向けている様には思えない。嘗ての北朝鮮を巡る核危機においては、日米の連携は密接であり、両国は一致して行動した。だが、北朝鮮との対話に前のめりになるトランプ政権は、嘗て程には日本政府との連携を重視しているようには見えない。旭日旗問題で日本との関係が悪化した韓国の文在寅大統領は、「懸案が多い」事を理由に、年内の訪日をあっさり断念して見せた。そこには日韓関係を重視し、これを早急に改善しようとする、動きは見られない。筆者が顔を合わせる韓国政府当局者からは、「南北問題で忙しい今、日本との問題に関わる余裕はない」という言葉さえ飛び出す始末である。


 しかし、それでは「衰えつつある嘗ての経済大国」日本は、もはやこの地域での地位を回復する事は出来ないのだろうか。ここで考えなければならないのは、嘗ての様な圧倒的な存在ではなくなったとはいえ、日本は依然として大きな力を持っている、という事である。視点を東アジアから世界に向けてみれば、我が国のGDPは依然世界3位の規模を維持しており、それは日本が世界で3番目に大きい市場を有している事を意味している。2017年のドルベースでの日本の軍事費は、世界8位。その規模は欧州で巨大な影響力を誇るドイツをも上回っている。人口が減少し、高齢化する中では、相対的な国力が低下する事はある程度やむを得ない。問題は、我が国がこの衰退にも拘わらず、依然として大きな国力を、どのように国際社会において使うべきか明確な戦略を有しておらず、またそのメッセージが他国にきちんと伝わっていない事にある。重要なのは、自らの存在を他国にアピールし、彼等に自らがどのように役立つのかをアピールする事なのである。



「衰えていく自分」と如何に向き合うか


 さて、野球である。こうして見た時、我が国が置かれている状況は、ちょうどキャリアのピークを越え、ベテランに差し掛かった選手の置かれた状況によく似ている事がわかる。自らが若く、伸び盛りだった頃には、誰もが希望に満ちている。自分はまだまだ上手くなり、来年度はきっと今年よりもよい成績を上げることができる。そういう時には人は練習にも仕事にも、そして研究にも前向きに取り組むことができる。


 しかしながら、一旦、自分がベテランに差し掛かり、嘗ての様な成長が止まると、人は時に自らの進むべき方向を見失う事になる。そしてその理由は簡単だ。それまで「成長する自分」しか知らなかった人間は、「衰えていく自分」と如何に向き合うかを知らないからである。後から追いかけて来る若い選手達は、日々成長し、自らが嘗て有していたポジションを脅かす。ドラフトで有力な新人が入ってくれば、或いはこう思うかも知れない。「もはや自分はこの有望な新人に自らの席を明け渡した方がいいのではないか」。


 でも、時にはそこで立ち止まって考える事も必要だ。確かに、自分は嘗ての様なプレーを取り戻す事も、自らのキャリアハイの成績を更新する事も出来ないかもしれない。それでも「今の自分」と同じだけのプレーや仕事ができる人間が、チームや職場に果たしてどれだけいるのだろうか。そして、嘗て遠い若き日、がむしゃらに練習していた頃の自分には、果たして「今の自分」と同じプレーができるのだろうか。そう、「衰えた」事は「できる事がない」事を意味しないのである。



 西村新監督は高知での秋季キャンプにT-岡田や安達を連れていく事を明言し、こう述べた。「まだ老け込む年齢ではないし、彼らが引っ張っていかないと、若手も付いてこない」。まだ30歳を過ぎたばかりの彼らに対して、新監督がそう言わないといけない状況があるとすれば、寂しい事だ。人生と同じく、時にプロ野球選手のキャリアもピークを過ぎてからの方が長くても良い。彼らが新監督に対して、彼らがもう一度チームにとっての自らの重要性を確認し、チームに対して何ができるのかを、懸命にアピールする姿が見てみたい。そして戻って来た彼らが吉田正尚の前後を固めた時、若き四番打者の孤独も終わるに違いない。そう信じて、今年も秋の高知に足を運びたいと思う。


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(木村 幹)

文春オンライン

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