3度のがんを経験した古村比呂、人生観が変わった強烈な体験

10月19日(金)11時0分 NEWSポストセブン

抗がん剤治療の合間に語った過酷な闘病生活(撮影/槙野翔太)

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「私、日によってかぶり方が違うみたいなんですよ。変じゃないですか?(笑い)」


 前髪を気にかけながら語る古村比呂(52才)。その髪は、抗がん剤治療の副作用で地毛が抜け落ちてから着けるようになったウイッグだ。まだ慣れておらず、「現場に行くとヘアメイクさんに“古村さん、ズレてます”といつもダメ出しされるんです」と笑う。


「今年から始まった抗がん剤治療から2週間が過ぎた頃、頭がムズムズしだして、ちょっと触ったらごそっと。その後2日でスーパーのレジ袋がいっぱいになるくらい抜けました」(古村。以下「」内同)


 古村は2012年1月に子宮頸がんが発覚。子宮全摘出手術を受けた。


「それからちょうど5年、これでがんとのつきあいが終わると思った区切りの年に、かえっておつきあいが深くなるなんて…」


 骨盤内のリンパ節などにがんが見つかったのだ。


「定期的に検診を受け、人いちばいケアをしてきたつもりでした。自覚症状もなかった。なんで? これ以上、私は何をすればいいの? って。現実を受け入れられませんでした」


 まもなく昼ドラマ『トットちゃん!』(テレビ朝日系)の出演が控えていた。1987年のNHK朝ドラ『チョッちゃん』に主演した彼女への新たなオファーは、そのチョッちゃんの母親、つまり黒柳徹子の祖母役。「このドラマに出たい」という強い思いと、「早く治療すれば、それだけ治る可能性が高い」と言う主治医の言葉で、気持ちを立て直すことができた。


◆これまでの治療が合っていないのでは?


 抗がん剤と、骨盤内の患部に放射線を照射する治療とが並行して始まる。28日間、平日は毎日放射線治療を受け、1週間に1度抗がん剤投与を受ける。放射線治療は1回5分くらいだが、その副作用は予想よりもはるかにつらいものだった。


「放射線を当てた部分が熱くなり、低温やけどのような痛みを感じるんです。体がとても重く、だるくてつらくて。抗がん剤の方は激しい吐き気で、洗面器を抱えてベッドに入るような状態でした。“これが一生続くわけないんだから”って自分に言い聞かせていました」



 その甲斐あって、3か月後にはがんは寛解、ドラマ出演も果たした。自信もついた。ところが、それからまもなく、肺やリンパ節にがんが再々発していることがわかる。


「3度目ともなると、絶望的な気持ちになりました。こんなに頑張っているのに完治しないなんて、それまでの治療が私には合っていないんじゃないか、と疑うこともありました」


 今回の治療では、3種類の抗がん剤投与により再び激しい吐き気に悩まされ、治療の2日後くらいから約1週間はさらに体調が悪化した。


「食べられないうえに、全身がかゆくなったり、手がどす黒くなったり、指先がしびれてものを持つのもつらくなるんです」


 治療のために片道40〜50分かけて都心の大学病院まで通った。


「朝6時に家を出て電車に乗るんです。病院ではまず受付に並んで、受付番号をとって検査、採血をします。その結果が出る10時頃まで待って、治療を受ける部屋に入るんです」


 検査の結果によっては、「今日の体調では治療ができない」と判断されて、そのまま帰ることも。


「大変じゃないといったらうそになりますけど、これも1つの治療だと思うことにしました。人混みで行動するのは、刺激が違いますよね。それがリハビリになるってどこかで教わったのか、自分でそう思うようになったのか、よくわからないけど。駅の階段の上り下りは、“今日はしんどい”とか“今日は調子いい”とか体調のバロメーターになるんです」


◆悲劇のヒロイン気取りの自分に気づいた


 この通院の途中で、人生観が変わるような体験をした。


「ある日、いつものように電車のホームに着いて、売店で水を買おうとしたとき、すさまじい急ブレーキの音がしたので、思わず振り向いたら、その電車に向かって飛び込んだおじいさんがいたんです。若い運転士さんの“やめてくれ”という形相も目に飛び込んできました。


 次の瞬間、“生と死ってなに?”と考えていました。私は今、懸命に生きようとして、必死で命をつなごうとして、ここにいる。同じ場所に、自分から命を絶ってしまった人がいる…」



 あまりに強烈な体験だったため、【目の前で人身事故があり、電車止まった。病院行けないどうしよう】と息子たちにメールした。


「するとすぐに次男から返信がありました。【そんな日もあるさ】。え? これだけ?(笑い) 【大変だったね】とかいたわりの言葉が返ってくると思っていたのに“ガクッ”ですよ。その瞬間に目覚めたんです。私は自分でつらさを“盛ってる”だけなんじゃないかって。勝手に悲劇のヒロインを気取ってるんじゃないよって感じですね(笑い)」


 張りつめていた心の糸がゆるんで、かえって気持ちが楽になった。


「苦しみや悩みを抱えて生きているのは、私だけじゃない。ほかの病気のかたも、地震などの災害に遭ったかたもそうでしょう。誰にでも時間は平等に与えられていると思うと、前を向いて24時間どう自分らしく時間を刻んでいくか、と考えられるようになったんです」


 とはいえ、自暴自棄になる日も。


「落ち込んでキッチンに立つと、鍋やお玉が凹むほど八つ当たりしてしまう。でも、不思議なもので、ひとりでいるときは抑えられるんです。息子たちがいるときの方が、何かあっても大丈夫かなと思って、爆発する(笑い)。息子たちは冷静ですから、それで救われるんです」


 3人の男子を持つ古村は現在、家を出た次男を除く長男、三男との3人暮らし。3人の子の父親で2009年に離婚した俳優・布施博に対しては、どのような思いでいるのか? それまで歯切れよく答えてきた彼女が、しばらくの間をおいた。


「布施さん…ねえ。子供たちの父親であることはまぎれもない事実ですけど…。今は直接話すこともありませんし。私からは、“元気でいてください”くらいですね」


※女性セブン2018年11月1日号

NEWSポストセブン

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