プレイステーションやセガサターンの“ローポリ”は進化の過程で生まれたあだ花ではない。とあるゲーム作家が「レトロポリゴン」の魅力を伝えるために自らゲームを作った理由。

10月23日(水)11時30分 電ファミニコゲーマー

 昨今のインディーズゲームにおけるレトロブームの勢いはめざましく、その表現の潮流は2Dドットのみならず、3Dにまで波及している。1990年代の3D黎明期──プレイステーションやセガサターン、NINTENDO64といったハードで主流になった、少ないポリゴンや粗いテクスチャーによる3D表現は、もはや「レトロ」の領分に入ろうとしているのだ。

 実際、NINTENDO64用の3Dアクションゲームを彷彿とさせる『A Hat in Time』をはじめとした、いわゆる“ローポリ”(ローポリゴン)の雰囲気を再現するゲームも実際に登場している。

(画像はSteam『A Hat in Time』より)

 2Dのドット絵がレトロなグラフィックという枠を超え、「ピクセルアート」として市民権を得たように、黎明期のローポリ3Dもまた独自の表現手法となるのではないか?
 1990年代のローポリ・低解像度の3D表現は、技術の進化の過程で生まれた、たんなる未完成な表現にすぎなかったのだろうか?──いや、そうではない。

 そう考えるのは、初代『サイレントヒル』『バイオハザード』のようなグラフィックと手触りを再現したアクションアドベンチャーゲーム『Back in 1995』の作者、一條貴彰氏だ。

『Back in 1995』

 一條氏は1990年代特有の3D表現を「レトロポリゴン」と呼び、その魅力を広めるために『Back in 1995』を2016年にリリース。2019年にはPS4やNintendo Switchなどのコンシューマ機でも発売された。
 「ポリゴンを回転させるとスムーズに動かずにガタガタする」、「急な角度から見るとポリゴンの絵が歪む」といった初代プレイステーションのハードの特性による仕様をあえて再現するなど、そのレトロポリゴン表現へのこだわりには目をみはるものがある。

 また、一條氏はゲーム開発者向けのツールを技術者へ紹介する業務を行う会社の経営者でもあり、「ゲーム作家兼B2B企業の経営者」という異色の経歴をもつ人物でもある。
 お話を伺ってみると、氏のレトロポリゴンという表現手法への想いのみならず、個人がゲームを作ることの希望や問題点までもが見えてきた。しかもそこに横たわる問題を解消することが、氏の経営する業務の活動目的のひとつでもあるという。

 その人の作りたいものが突き詰められた、いい意味で「狂ったゲーム」を作るクリエイターがもっと生まれやすい世の中にしたい──。

 そう語る一條氏は自らインディーゲームを作るだけでなく、日本のインディーゲームクリエイターを支えることを目指している。
 氏が見るインディーゲームの世界はどのような景色なのだろうか。その足跡をたどってみることにした。

聞き手/Ron、なかJ
文/Ron
撮影/増田雄介
編集/実存


一條 貴彰氏

32bit世代機のローポリゴンは美しい

──『Back in 1995』の開発は、昔良く遊んでいたプレイステーション用のゲームをやり直していたときに、この時代のポリゴンゲームが好きだと気づいたことがきっかけなのだとか。その時は何のゲームをプレイされていたんですか?

一條貴彰氏(以下、一條氏):
 コナミの『サイレントヒル』とアクワイアの『天誅』を触っていました。そのときは次に作るゲームのテーマを探している時期で、インスピレーションを求めて中学・高校生の頃に遊んでいたゲームをやり直していましたね。ほかにも『メタルギアソリッド』をはじめとしたアクションゲームやアドベンチャーゲームを触っていました。

──アクションとアドベンチャーゲームがお好きだったんですね。

一條氏:
 激しいアクションよりも、『天誅』のようなステルスアクションやアクションアドベンチャーが好きなんですよ。
 そういうゲームを遊ぶ中で、プレイステーションやセガサターンなどの「32Bit世代のローポリゴン」や「粗いテクスチャー」を題材にしたレトロ表現は、2014年当時のインディーゲームにはないことを発見しました。それに気がついてから実験を始めたんですね。

(画像はACQUIRE_『天誅』公式サイトより)

──実験ですか。

一條氏:
 当時私はUnityを触り始めて小さなタイトルを出したばかりの頃で、Unityでこのレトロ表現がどこまで実現できるかをまず探りました。
 その結果、どうやらプレイステーション風のグラフィックは、描画をいろいろと改造すれば再現できそうだとわかり、『Back in 1995』の着想に至りました。

──Unityを使ってあえてグラフィックの水準を32bit世代のゲーム機並に落としているということですね。

一條氏:
 そのためのテクニックはいくつかあります。たとえば初代プレイステーションだとグラフィックの解像度以外にも、独特の絵の歪みというか…ガタガタした感じがあるんですね。

──歪みというのはポリゴンの形ですか?

一條氏:
 そうです。初代プレイステーションはポリゴンの描画演算を固定小数点で計算をしていて、これは精度を代償にして速度を出すための策だったと聞いています。このせいで、ポリゴンを回転させた時にスムーズには動かず、ガタガタするんですよ。これはセガサターンとは違うところですね。

 そしてこの表示はNINTENDO64とも違います。ほかにも、ポリゴンの表面にテクスチャー(絵)を貼り付けて急な角度から見ると歪む。
 これは当時のハード性能の限界で、そういうハードウェアだから表示がそうなっているんですね。
 つまり、当時のポリゴンを再現するならば、こうしたハードウェアならではの特徴も盛り込んだほうが味になって面白いんじゃないかと考えました。

──あえてポリゴンに歪みが発生するようにしたと。

一條氏:
 そうですね。当時はそんな実験をしながら、PC版『Back in 1995』の制作発表をしました。そのすぐ後に、Unity Japanのチームにその実験内容を見ていただく機会があったのですが、「ポリゴンの歪みまで再現するなんて狂気を感じる」と言われましたね(笑)。

──最新の開発環境を使ってわざわざ昔のハードのクセを再現しているということですよね。

一條氏:
 はい。どういう風に実現したかについては、私のブログで公開しています。Unityを使っている方だったら、これを見れば誰でも再現できると思いますよ。

──『サイレントヒル』とか『天誅』をやって改めてこういう表現のゲームが好きなことに気づいたということなんですけれど、ゲームの内容や演出だとどこが好きなんですか?

一條氏:
 『サイレントヒル』はホラーですから、独特の不気味さとか想像力を掻き立てるようなところですね。個人的には、ゲームが3Dになって、映画とかドラマのようなカットシーンが出てきたことに一番衝撃を受けました。
 ゲームをプレイしていた当時から私は映画少年でしたし、映画やドラマのような演出がゲームでも可能になったと。ゲームというメディアでそういう技法を使っている点に感動したんですよね。

(画像はSILENT HILL | KONAMI コナミ製品・サービス情報サイトより)

──では、ゲームの内容はどこから着想を得たのでしょうか?

一條氏:
 ゲームシステムについては、最初からアクションアドベンチャーにしたいと思っていました。内容的にはメタフィクションのシナリオが好きなので、プレイステーションの表現にその要素を組み合わせると変なストーリーができるんじゃないか、と思ってテーマを決めていきました。
 内容を固めていく段階では、自動生成のダンジョンにしよう…などと夢は広がっていたんですけれど、当時は小さなゲームも含めて2つしか作ったことがなく、仕様をどんどん削って、最終的に2〜3時間ぐらいで遊べる内容に落とし込みました。

──このゲームは非日常の世界にポンと放り込まれる不気味さがあるじゃないですか。どこか現実とは違う世界に見えるのは、主人公が脳外科医の先生に診てもらっていることと何か関係があるのかとか、この世界を地獄だと言っている人は実は比喩表現ではないのではないかとか、最初から不安を煽る要素だらけで世界観に引き込まれますよね。

一條氏:
 そう感じていただけたらとても嬉しいです。プレイステーションが出てきた頃は、それまでゲームを作っていなかった会社が続々と参入したものの、ノウハウがあまりないせいか、勢いで作っているようなゲームが結構あった気がしています。
 そんなにやりこんでないんですけれど、『OverBlood』というゲームもそんな勢いのあるゲームで、序盤はわけの分からない展開をするんですよ(笑)。その辺の勢いを真似しつつ、主人公の置かれている状況を少しづつ解き明かしていく内容にしたかったんです。

──散りばめられている情報からいろいろと想像はできるんだけれども、なかなか確証を得られないですよね。もしかしたら主人公がおかしい人なのかもしれないという疑念があるし、とある研究者の研究内容から世界の仕組みの一端に触れられるけれど、それも本当かどうかわからないと。

一條氏:
 そうそう! そういうふうに感じてもらえるようにしたんです。ストーリーラインはあいまいにしていて、想像の余地を残しつつ、昨今のメタフィクション流行りを茶化したかったんですね。残念ながらSteam版のプレイヤーさんのうち、そこまでシナリオを読みこめなかった方からお叱りをいただいたこともあります。それは僕のシナリオが下手くそだったからというのが大きな理由だったと思うんですけれど。
 でも、どちらかというとそういうメタフィクション系に普段から触れられている方のほうが、このシナリオの狙いをわかっていただけたかなと感じています。玄人向けにしすぎたというか(笑)

 『Back in 1995』はちょっと高尚な言い方をすると、“アートプロジェクト”の側面があると思っているんですよ。

──アートプロジェクト?

一條氏:
 今やピクセルアートは市民権を得ていますよね。ピクセルアートの技法は、もう古いものでもレトロでもなくて、10歳台・20歳台の若いクリエイターもどんどん生まれています。
 そんな中で、「私が愛した32Bit世代機の少なめのポリゴンと粗いテクスチャーは、技術の進化の過程で生まれた未完成な表現で、それ自体が無意味だったのか?」というと、そうでもないと考えています。

──ポリゴン数の少なさやテクスチャーの粗さの問題はハードの性能が上がるだけで解消してしまうから、これが過渡期の限られた間だけの表現なのかどうかということですね?

一條氏:
 そういうことです。僕自身はその世代のゲームを夢中になって遊んできましたし、過渡期ならではの独特の表現がこのまま時代に押し流されて消えていくことへの反発もあります。32bit世代の表現を使ってゲームとしてまとめたのは、これも大きな動機だったのかもしれません。

──なるほど。過渡期に生まれたレトロポリゴンを広めるための試みだったわけですね。では、ゲームをサスペンスにしたのは何故ですか?

一條氏:
 自分の置かれている状況を解き明かす作品が好きだったので、理由としてはそれが大きいかもしれません。

──『サイレントヒル』はよっぽど影響が大きかったんでしょうね。

一條氏:
 大きいと思いますね。ただ逆に『サイレントヒル』の影響を受けた、いわゆる精神的続編のゲームはあるのかなと思ったら、あまり聞かないですよね。ああいうゲームシステムで不気味な精神世界系のアドベンチャーゲームってそんなに出ていない気がして、それをやりたかったという気持ちもあります。

──2015年に制作を発表した当時はレトロポリゴン表現の位置づけはどうでしたか?

一條氏:
 2015年4月にYouTubeで映像を初めて出した当時は、32bit世代のレトロポリゴン表現はインディーの中でもほぼ注目されていなかったですね。僕の知る限り誰もやっていませんでした

※2015年に初公開した『Back in 1995』映像

──当時はローポリゴンであることをレトロポリゴンの表現としては使っていなかったと。

一條氏:
 当時はドット絵の2Dゲームがインディーから沢山出ていました。ゲームの進化をなぞるなら、いずれ32bit世代の表現も出てくるだろうと僕は予想していたんですよ。それは自分にとって絶対に楽しいし、絶対にお金を突っ込んでやる!と思っていたら全然出てこなくて。
 そんななか、NINTENDO64のゲームをイメージして作ったという『A Hat in Time』というインディーゲームが出てきたんです。このタイトルを見て「自分のツボの世代が飛ばされた!」と感じまして。それを受けて、自分でも作ってみるかなという風に思ったのもきっかけです。

※『A Hat in Time』……NINTENDO64用『スーパーマリオ64』を彷彿とさせるような3Dアクションゲーム。シルクハットをかぶった少女を操作し、宇宙旅行中に付近の惑星に散らばってしまった燃料などのアイテムを回収するため、さまざまな惑星を探索する。Steamで販売中。
(画像はSteam:A Hat in Timeより)

──動画を公開したときの反応はいかがでしたか?

一條氏:
 「こんなもの見たことがない」というような良い反応はいただけたんです。映像も合計で5万回ぐらい再生されて、世の中にはこういう32bit表現のゲームを遊んでみたいと思う自分と同じ人間がざっくり1000〜3000人ぐらいはいるんじゃないかなと思いました。

──単純にローポリゴンというだけだったら、それこそスーパーファミコンの『スターフォックス』ぐらいのものもありますが、ポリゴン数が少なければいいというわけではないんですよね?

一條氏:
 単純に私がプレイステーションやセガサターンの世代だったという理由だけです。ローポリゴン自体はおそらく今でも好きな人がいて、それでゲームを作っている人は大勢いますよね。僕は“レトロポリゴン”という言い方をよくしているのですが、あの世代だとプレイステーションならポリゴンの独特の歪み、NINTENDO64はカートリッジ容量が小さいのでテクスチャーがぼやけているとか、それぞれに違いがあって意外と豊かなんですよ。

──なるほど。どういうところに惹かれているのかがだんだん分かってきました。

一條氏:
 世代によって通じる人と通じない人がいて、最初にレトロポリゴンの再現を打ち出したときは結構たたかれたこともありました(笑)。僕はレトロポリゴンにも価値があることを世の中に証明する使命感があったんです。そこが重要なポイントですね。

 実はピクセルアートにも流派があって、原理主義者は絵全体でドットバイドットを求めるし、ハードの制約を考えて使える色数を抑えたりする。かと思えば、もっと自由に横2000〜3000ピクセルぐらいある巨大な絵を描く人もいます。
 それは表現する人それぞれですね。いずれローポリゴンもそういうステージにいけるといいなと思っています。

──細かい話なんですけれど、背景も含めてポリゴンで表現できるほうがいいですか?

一條氏:
 僕はそうです。最初の『バイオハザード』のように3Dのプリレンダの背景の上にポリゴンキャラクターを乗せる方法もありますよね。けれど、映画的なシーンとかカメラワークを含めて好きなので。

──『アローン・イン・ザ・ダーク』のような表現はあまり好まれない感じですね。

一條氏:
 『アローン・イン・ザ・ダーク』も確か背景は一枚絵でしたね。一応意識はしているんですが。ゲームシステムを『サイレントヒル』寄りにしているのは、やはり「全部3Dポリゴンだ」というところが大きいですね。

──やっと分かりました、なるほど。

一條氏:
 逆に『バイオハザード』のようにプリレンダの背景とポリゴンキャラクターでこれからゲームを作る人がいても全然いいと思うんですよね。

レトロポリゴン世代のゲームを再現するために

──レトロポリゴンのゲームを作るにあたり、どういう方法で古さを演出しましたか?

一條氏:
 いくつかポイントがあって。まずは見た目とサウンドですね。見た目は先ほどご紹介したとおりです。サウンドではプレイステーションだとCD-DAですから高品質な部分もあるんですけれど、記憶の中にある汚い印象を表現するために、品質を抑え目にしているんです。僕はこれを“逆思い出補正”という言い方で表しています。あとはゲームシステムの理不尽さやゲームストーリーの不可解さもあるといいですね。

──確かに不可解なゲームはけっこうありましたよね。それが魅力になっている作品もありましたけれど。

一條氏:
 ありましたね。それからカメラワークについてはフリーカメラだと開発が大変なので、今回は固定カメラにしました。自分が技術的にやれることから仕様を決めていった結果、難しいと判断しました。
 システム部分の開発は全部1人でやっているのですが、ビジュアル関係については途中から入ったメンバーが半分ぐらい作っています。

──今までのお話を聞いていると、固定カメラと同様にラジコン方式の操作方法を採用したのもその流れなのかなと。

一條氏:
 3DS版はラジコン操作のみを受け付けていますね。Switch版はグローバル展開がありましたから一応スティックでも操作はできるんです。個人的に推奨しているのはやっぱり3DS版ですね。十字キーでグリグリ楽しんでいただくのが一番かなと思います。

Newニンテンドー3DS版画像

──ブラウン管の走査線でも映像の滲みまで再現しているこだわりぶりには笑ってしまいました。

一條氏:
 あの表現に関しては、インディーゲームではすでにメジャーになってきていますね。3DS版では網がかかっているような見た目なんですけれど、SwitchやPS Vita版ではブラウン管の丸みで歪むところや滲みが出るところはUnityの拡張機能を使っています。そういうところにこだわるとやっぱり喜んでいただけるので。

──オプションでエフェクトをOFFにすると映像が綺麗すぎて何か物足りなくなります(笑)。

一條氏:
 あとはメニューを開くために、△ボタンや×ボタンを使うのもこだわりなんですよ。今どきのゲームでメニュー用にこのへんのボタンを割り振ることなんてほぼないじゃないですか。
 プレイステーションの□、〇、△、×の4つあるボタンのうちの1個を贅沢に使ってメニューを出すみたいな。そういう「ボタンが増えた新世代機を存分に使いこなせていない感」がすごく好きだったんですよ(笑)。

──(笑)。そういえば、銃を手に入れた後のアバウトな照準も笑っちゃいました。これで当たるのかという(笑)。

一條氏:
 そうなんです、すごいざっくりなんですよ(笑)。一応最初のバージョンでは、照準すらなくて自分でエイムする仕様だったのですが、あまりにも難しすぎてオートエイムを入れたんです。そこのバランスを取りに行くのが難しかったんですよね。

 発売前に展示会に出した時に「すぐ死ぬんで、めちゃめちゃ難しいです」と言われて難易度を下げてリリースしたんです。そうしたらSteamで「これは簡単すぎる」とめちゃくちゃたたかれて、また戻したみたいな(笑)。
 展示会にいらっしゃる方とSteamで買ってくださるハードコアなプレイヤーの方って、やっぱり求めるものが違うんだなと学べました。

ユーザーの意見を聞くところと聞かないところ

──ローポリゴンだからこそできる表現はあると思いますか?

一條氏:
 ローポリゴンだからというのはあまり無い気がしますね。ただ、粗めのテクスチャーも含む見た目の美しさが好きというだけなんですよ。でも、このゲームのテーマはこの見た目じゃないとあんまり伝わらないかもしれませんね。

──個人的にはローポリゴンって“味”があっていいなと思っているんです。ゲーム機はどの世代でもそうですけれど、開発がこなれてくる後期のソフトは、初期のソフトと比べて表現力に大きな差が出ますよね。
 たとえばプレイステーションだと初代『リッジレーサー』『R4』ではまるで違う。あのハードの限界に迫る感じが好きなんです。

一條氏:
 わかります。スクエニさんの『ベイグラントストーリー』なんて顔に貼るテクスチャーが32×32ピクセルしかないのに、モニターで見るとめちゃめちゃ映えるみたいな。ゲーム業界に入ってから、このタイトルのテクスチャツールを作っていた人と知り合いになってテクスチャーを見る機会があったんですけれど、本当にすごい職人芸でした。
 実は『Back in 1995』の脳内設定としては、プレイステーションの開発は比較的安くできると知ったシステム系の会社が勢いで参入し、急遽立ち上がったゲーム開発部署から発売された第1弾ソフトみたいなイメージです(笑)。

──あぁ、分かりやすいですね(笑)。情熱とブームの波に乗る勢いで参入している。

一條氏:
 最初の3/4ぐらいはそういう脳内設定で作っています(笑)。

──その設定は面白いです(笑)。

一條氏:
 この話をしたのはたぶん初めてですよ。ただ後期プレイステーション作品にはそれはそれですごく美しいというかすごく突き詰められた感じがあるので、逆に後期PS1のテーマで作るゲームも今後現れて欲しいですね。

──さきほどピクセルアートが世間に認知されているなかで、ローポリゴンの表現というのを一度世に問うてみたいと仰っていたんですけれど、当時と今では状況が変わったと思いますか?

一條氏:
 これは変わりましたね。世界全体のインディーゲームで言うと、今は大体10〜20タイトルぐらいレトロポリゴンがテーマのゲームが発表されています。実際にSwitch向けの『デッドハウス 再生』というスペイン発のゲームがあります。これは『Back in 1995』のSwitch版よりも先に出されたので、めちゃめちゃ焦ったんですけどね(笑)。そのほかにもローポリゴンの表現をテーマにしたゲームがたくさんあります。

 なので、僕の実験というか取り組みで、世界のゲームクリエイターに対してレトロローポリゴンにも価値があることを証明できたかなと思っています。僕個人の希望としては、この先も日本からそういうゲームが出てきて欲しいと思っているんですよ。
 そういう人がいたら僕も支援をしたい(笑)。

──一條さんの場合は最初に自分で作ってしまったところがすごいですね。

一條氏:
 小さい規模ながらゲームを作っていましたから、ゼロから始めるよりはやりやすかったと思います。といっても僕のキャパシティを超えたチャレンジではあったので、ボリュームや完成度の面では上手くいかないこともありました。でも今はやって良かったと思っています。
 Steam版は結構賛否両論があって評価は半々でしたが……。賛否両論になった理由は2つあると思っているんです。1つはステージや謎解きの少なさ。これはほぼ1人で作っているということで勘弁してください(笑)。

──1人でこなせる量にも限界がありますから。

一條氏:
 例えばゲームを10人で作って価格が3000円でいいならば、もうちょっと頑張れる。もし2015年にこういうゲームを作りますといって、投資が付いてチームを組んで自由に作っていたなら、十分な内容のものができたと思います。こういう言い方はあれですけれど、予算と工数にあったボリュームでまとめた感じですね。

──もう1つの理由は?

一條氏:
 ゲームで表現したかったテーマが伝わっていなかったことです。これは、たとえばグラフィックを「クソグラじゃん!」と言われたことは自分のお客さんじゃなかった、ということで別にいいんですが(笑)。
 ただ、内容を複雑なテーマにしていますから、ちゃんと最後までテキストを読まないと真相が分からないと思うんですよ。そこを飛ばして読んでしまうと、まるで作者にバカにされたと思われてしまったのかなと。そういうテーマは嫌いな方もいらっしゃいますし。

──テーマを書くと強烈なネタバレになりますよね(笑)。

一條氏:
 結果からいうと、テーマも含めて人を選ぶような要素を複数ゲームに盛り込んでしまったのは最悪だったなと。インディーのゲームらしいといえばらしいのですが、これは自己弁護ですね。

──それでもSteam版のときはアップデートをされました。

一條氏:
 Steam版のパブリッシャーさんからの要望もありましたし、コンシューマ版の展開はどうですかと任天堂さんからお声がかかっていましたので、それならと新しいロケーションや敵キャラを増やしてみたんです。

 ところがPC版のアップデートと同時に3DS版用に下画面の新規開発をやっていたら、移植に2年ぐらいかかっちゃったんですね。2016年4月にSteam版をリリースして、その後2018年にNewニンテンドー3DS版を出したものの、評価が芳しくなく鬱っぽくなっちゃったりして(笑)。
 今では結構、心の整理がついているんですけど。

──それは大変でしたね……。ちなみにアップデートの内容は、どこまでがユーザーの要望なんですか?

一條氏:
 難易度とボリューム調整など、ほとんどがユーザーの意見という気がしますね。個人的にもちょっと短すぎるなと思っていたところはあったので、ユーザーの意見プラス自分の意向です。

──個人開発者にユーザーから改善の要望が寄せられても、すべては応えられないですよね。資金も必要だし手間もかかる。そういう限界があるなかで、どうやって応えようとされていますか?

一條氏:
 自分でも言われてみて「そりゃそうだ」と思う要望には応えます。一方でコンセプトに沿っていないものはやらない。今朝もちょうど公式サイト宛に英語で「こうした方がいいぜ」という長文メールが来たんですよ。「ダッシュ操作を入れて欲しい」とよく言われるんです。「壁に向かってぶつかったままダッシュしたい」という人がいて(笑)。

 ただ、気持ちはわかるんだけれど、ダッシュを入れるとゲーム内のほぼすべての要素に再調整が必要になる。そして、今作はノロノロしたプレイヤーがノロノロした敵と対峙して焦るのが体験のコアになる部分ですから、「ダッシュは入れないです」とお断りしました。

──ダッシュを入れると避け易くなっちゃいそうですよね。

一條氏:
 そうなんですよ。敵の「からあげ」の攻撃とかですね。あ、「からあげ」というのはユーザーが使っている茶色い敵の呼び名です(笑)。

──殴る間合いも「このぐらいかな?」と目測で恐る恐る試すのがいいんですよね。

一條氏:
 その通りです。自分のコンセプトが伝わっていて嬉しいです。そこがやっぱり一筋縄ではいかない、「おもてなしはしないぞ」という感じですね。3体出てきたら結構ハメ殺しにされることもありますし、オートセーブも入れないですから。
 なので自分のコンセプトに合っていて、かつ自分のやれる範囲だったら要望に応えます。もちろん資金的に開発が無理という要素は入れません。

──『Back in 1995』のSwitch版などはスペインの会社が移植をされていますよね。この経緯を教えてください。

一條氏:
 それはかなり面白くてですね。まず先ほど申し上げたように、家庭用ゲーム機向けには自分でNewニンテンドー3DS版を移植して発売していました。これは日本のe-Shopだけで売っているんですけれど、ある日アイルランドの任天堂ファンの人から「このゲームはヨーロッパで販売しないのか?」とTwitterの僕の英語アカウント宛にDMが来たんですよ。「市場規模的に無理です」と答えたら、「それならSwitch版を出せば?」と。

 で、私は「今は次のゲームを作っているし、開発は自分1人だけだから移植しないつもりです」と返したら、やれよ!みたいな勢いでDMの中で言い合いになったんですよ(笑)。これは困ったぞと思ったら、なぜか結局その相手が「そこまで言うなら俺が移植の会社を見つけてきてやるよ」と言って、本当に見つけてきたと(笑)。

──何者なんですかね?(笑)

一條氏:
 Barry Dunneさん(@ImpactGameStat)というブロガーで、ユーチューバーをやりつつゲームサイトの運営をやっている方のようです。ニンテンドーダイレクト風の自作動画をYouTubeにアップしています。
 その後も2日に1回ぐらいDMが来て、そのうち「スペインにあるRatalaika Gamesという開発会社は実績もあるぞ。会社に移植の話をしておいたからな」という段階まで発展していたんですよ。「うわっ、すげーな」と思って。

※Barry Dunneさんによる『Back in 1995』紹介動画

──エージェントみたいなことをやってくれたんですね。

一條氏:
 だからBarryさんには本当に感謝しているというか、ファンになってくれた方はそんなことまでするのかと驚きましたよ。

──紹介された会社は、実績から見てもベストマッチだったんですか?

一條氏:
 実績から言うとばっちり合っていました。実はこの会社は、先ほど申し上げた『デッドハウス 再生』の移植をやっていた会社だったんです。それなら頼もうと思ったんですけれど最初はやっぱり不安でした。スペインだから向こうも英語が母国語じゃないぶん、お互いにやり取りが大変で。
 しかも、プログラミングコードには日本語で「//ここは消すな、壊れる」みたいな注意書きがたくさんある状態なんです。それをそのまま渡して動かせるのかみたいな不安がありました(笑)。でも何も説明していないのに2か月ぐらいで最初のビルドが動いていて、この会社はすごいぞと。

──技術力があるんですね。

一條氏:
 技術力なのか謎のハンドリング力なのか…その両方なのか、いずれにしろできる会社です。踏み込んだ技術的な話をすると、このゲームはUnity 5.2.4という2015年当時でも古いバージョンを使っていて、Switchで出そうとすると、そこから3年ぐらい先のバージョンに進めないといけないんですよ。
 ところが、ゲームエンジンというものはバージョンを大きく上げると、どうしても絵が壊れたり昔のプログラムが使えなくなったりする。なので、自分では移植をやりたくなかったんです。それを彼らは軽く乗り越えたという点はすごい。

──いい会社を紹介していただきましたね。

一條氏:
 今回はそういうご縁があって海外の会社にお願いしましたけれど、日本国内でもそういうPC向けの同人ゲームなどをやPS4に移植する会社やフリーランスの開発者の方は結構いらっしゃるんです。
 とはいえ、この移植自体は元々計画に無かったことなので、ただただありがたいですね。Ratalaika Gamesさんは今度の東京ゲームショウで知り合いのインディーゲームコーナーのブースに出展されるらしいので、そこで初めて対面する予定です。(追記:その後、無事会えたそうです!)

Ratalaika GamesのAdrian Vegaさん(右)とのツーショット写真

──このやりとりを見ても世界にはレトロポリゴンの表現が好きな人はいるということですよね。

一條氏:
 ワールドワイドで好きな人が点在していて、全部かき集めると5000人とか1万人にはなるんじゃないかと今は思っています。レトロポリゴンをテーマにしたゲームが今後も現れると僕は少なくとも買いますし、そういう市場がもっとできるといいなとも思いますね。


Unityの登場で一度は諦めたゲーム作りに火が着いた

──ここからは一條さん自身の事についてお伺いします。以前は株式会社CRI・ミドルウェアにお勤めだったそうですが、就職される時はゲーム開発会社は選ばなかったのでしょうか?

一條氏:
 選ぼうとしていました。大学3年当時の就職活動では、大手ゲーム会社さんの職ならプランナーでもなんでも空いている所に挑戦したのですが、全落ちしたんですよ。それからプログラミングというか情報系の技術を身につけようと思って就職を保留にして、大学院に2年いたんですね。
 経営学部の情報管理学科で勉強したり資格を取ったりしていました。そのなかでCRI・ミドルウェアの存在を知り、大学1年の中ごろから同社でインターンシップを始めて一年半通ったあとに入社しました。

──CRIではゲーム開発用サウンドツールの販売などをされていたんですよね?

一條氏:
 そうです。そんななか2013年か14年ぐらいに、同社の主力製品である「ADX2」のUnity対応バージョンが出ることになったんです。Unityにもサウンドシステムは入っていますが機能が限定的だったんですね。
 そこにCRIの技術を入れて、スマホの音ゲーや音楽の演出をより良くするプラグインを販売することになったと。そんな中でUnityの情報を仕入れていくうちに、これを使えばゲーム作りにもう一度挑戦できると考えたのが開発を再開したきっかけです。

──再開ということは以前にも何か作っていたと?

一條氏:
 小さいときからゲーム作りには興味があったんです。ただ、他のゲーム開発環境を触って挫折した事がありまして、ずっと作っていなかったんですよね。
 自分でゲームが作れないならば、「開発に役立つツールの販売や紹介をする仕事に就くことでゲーム制作者が楽になり、より良いゲームが出てくるはず」と考えながら働いていました。業界貢献をすることで、面白いゲームが出るようになって自分が楽しめると考えているんです。

──なるほど。ではUnityで最初に作ったのは何ですか?

一條氏:
 1タップで遊ぶiOS / Android用のアプリですね。ゲームを作ってリリースしたのはそれが初めてでした。これはUnityの学習を兼ねて作り始めたアプリで、くるくる回る黄色い星に向かって飛んでくる人工衛星をタップして避けるんです。衛星に当たると終わりというシンプルなルールでした。
 これは広告をつけて無料で配信したら18円儲かりました(笑)。まあ数百ダウンロードしかされませんでしたから。

──スマホアプリの次に作ったのがPS Vita用の『CardBoard Cat EP』ですか?

一條氏:
 そうです。スマホアプリを作り終えたあと、PlayStaiton Mobileという、個人が制作したソフトをPS Vitaに配信できるストアを作りますというアナウンスがソニーさんからあったんですね。Unityも使えますというお話でしたから、これはチャンスだと思い『CardBoard Cat EP』を作ったんです。

 これはトップビュー画面のアクションゲームで、段ボール製のネコが罠だらけの部屋を脱出していくゲームです。特徴は、裏側の背面タッチパネルを指でとんとんとはじくと、ゲーム内の床に仕込まれている罠の位置が分かるシステムですね。
 罠の場所を確かめつつスティックでキャラを動かして迷路から脱出します。1本150円で売って、500ダウンロードぐらいいきました。

──PS Vitaは背面のあの機能を大々的に使ったゲームがあまり出なかったですね。

一條氏:
 そうなんですよ。せっかく面白いギミックがあるのにあんまりゲームがないなと思って、このゲームを開発してみました。その後、PlayStation Mobileは閉鎖してしまったのですが、背面タッチを使うゲームだから移植が出来ないと(笑)。
 当時は会社に勤めながら土日とかにチクチクUnityでゲームを作っていて、このゲームの配信を終えて、次のタイトルは何にしようと考えていたんです。そこから冒頭の開発の話につながります。なので、実は『Back in 1995』も当初はPS VitaのPlayStation Mobile向けに作っていたんですよ。

──なるほど。

一條氏:
 ところがストアが閉じられることになったので、Steamに転向して、次いでNewニンテンドー3DSで出したと。最初にSteam版、その2年後ぐらいに3DS版、そして巡り巡って今年PS Vitaに凱旋するという数奇な話で、人生何が起きるか分からないなと思いますね。

──ゲーム開発にもう一度挑戦してみようという気になったのはUnityの存在が大きいんですね。

一條氏:
 はじめは同人活動として夜中とか土日にゲームを作っていました。仕事の面では、CRIの社内で僕が旗振り役になって個人やインディーゲーム開発者に向けたサウンドツールを作ろうと、社内の様々なメンバーを説得したりしていました。

──CRIさんでは営業をされていたそうですが、基本的には法人がお客さんですよね?

一條氏:
 はい、ゲーム開発会社のみでした。

──そのなかで個人に焦点を当てた理由は?

一條氏:
 これもUnityの存在が一番大きかったです。2013年頃はXbox 360からインディーゲームの存在が目立ち始めていました。僕は当初から、ゲームのクリエイティビティの未来はインディーにあると思っていて、そこに向けて活動をしていかないとツールを使う人がどんどん減っていくだろうという確信があったんですよ。実際、今はインディーライセンスがないツールはかなり厳しくなっていくと思いますね。

──法人向けだとソフトを使うにもそれなりのお金が必要ですよね。

一條氏:
 CRIのミドルウェアは、以前は契約金が数十万円からでした。今でこそ無償版も、スマホビジネス向けの月額契約もありますが。ツールを投入すればそれだけクオリティが改善するので、対価をいただくのは当然だとは思うんです。
 ところが、モバイル用アプリの開発者さんはweb系のオープンな思想から転向してきた方も多く、各種ツールも無料版が当たり前にある。会社がスマートフォン向けの事業をやっていくなら、無料版がないと絶対に無理だっていう話をして、主力製品である「ADX2」の無償版を作ろう、という話を立ち上げたんですよ。

──そこを見据えて会社側に提案していたんですね。

一條氏:
 最終的に「ADX2 LE」として無償版が登場し、これによってスマホゲーム開発者にもツールが広まったし、結果を出して会社側にも理解してもらえたかと思っています。今も増えている国内のインディーゲームクリエイターにもちゃんと使ってもらえるツールになったのは良かったかなと。そんなことを社内でやっていくなかで、「ADX2 LE」をローンチして1年ぐらいの時にある転機があったんです。そこから会社を退職して、インディーゲーム向けのいろんなツールやサービスを紹介する人になることを決意しました。

──個人でそんなことをやっている方はあまりお見かけしないですよね。

一條氏:
 海外では「Developer Relations」やアドボケイトなどの職業があって、ツールやサービスの良さを開発者さんに伝えることが仕事の人がいます。営業ではないし広報でもないんですが、そういう役割がある。僕はゲーム業界の中でそういう仕事をやっていきたいと。

──先見の明があったんですね。それにしても会社員と趣味のゲーム開発という二足のわらじをはくのは大変じゃなかったですか?

一條氏:
 当時は大変でした。CRI社は渋谷にあるのですが、渋谷から家へ帰る道の途中に、受験生向けの学習室スペースがあるんです。
 当時はそこを契約して、就業から終電までゲーム開発をしてから帰って寝る生活を続けていました。そういうスペースを借りないと集中できないんです。会社が早めに終わったりすると、そこで何時間も開発をやっていましたね。

──個人のゲーム開発者で一番大変だと思うところはどこでしょう?

一條氏:
 ひとことで言うと“継続”だと思います。ゲームを作り始めることは正直誰でもできるんですよ。「プログラムができない」という人に対しては、僕自身が最初はできなかった人なので、「悪いけど2〜3年頑張ってね」と突き放した言い方ができちゃう。
 本当に難しいのは継続ですね。継続というのはゲームをリリースして、それで生活していけるかどうかということです。特に日本ではこれがめちゃめちゃ難しい。

──継続が難しい理由は何でしょう?

一條氏:
 いろいろな背景があります。まず、日本だと歴史経緯的にゲーム機がおもちゃから始まっているので、大人向けのゲームが少ない。ゲームは子供のおもちゃだと思われていて、ゲームに対する文化価値が低い。加えて、日本ではインディーゲームクリエイター向けの投資がほぼない。こんな状況では資金調達が大変困難です。それを何とかしようと思って僕は会社でもボランティアでも活動をしています。

また、インディーゲームクリエイターという職や立場がまだまだ確立していないので継続しづらいという問題もあるでしょうね。最近はそうでもないかな? この1年ぐらいはクリエイターも増えてきた実感があります。

──ゲーム開発だけで食べていけるインディーゲームクリエイターは少ないですよね。

一條氏:
 本当は専業で食べていける方がもっと大勢いて然るべきなんですよ。本来はそれができるだけの技術力と発想力を持っているクリエイターはいっぱいいるんです。投資のほかに国からの支援もないので厳しいですね。
 台湾とか韓国に出張で行くと、インディーゲームに対する環境がまるで違うことに驚かされます。たとえば、地元の商工会のバックアップがあったり、インキュベーションセンターなどもある。ちゃんとインディーゲームがゲーム産業の中の一角にあって、皆で盛り上げて業界を発展させようとしている。日本はまだそこまでいっていないんです。それを何とかしていくというのが、僕の会社の事業目的のひとつでもあるんです。

──資金的な面ではクラウドファンディングに頼るしかないんですかね。

一條氏:
 クラウドファンディングも今は難しくなっていると思います。ちょうど一昨日、クラウドファンディングの日本支部の会社の方と話していたんですけど、ゲーム開発のクラウドファンディングってとにかくwebで目立たないと駄目なんですよ。
 しかし、目立つためには間にマーケティングの会社を入れないといけない。結局それにもお金がかかるんですよね。

狂ったゲームを見るためにクリエイターを支える

──今は会社の経営とゲーム制作の両方をやっていらっしゃいますけれど、大変ではないですか?

一條氏:
 かなり大変です。大変ですが効率的にやっているんですね。実はCRIの仕事は独立した今も引き続き業務委託で仕事をお手伝いしています。「ADX2」を紹介するセミナーの実施や、開発者向けのブログに使い方の記事を投稿したりしています。
 それから今はUnity開発者のための書籍を書いていて、これもCRI社との共同事業です(『Unityサウンド エキスパート養成講座』、2019年8月に発売)。そういう仕事をやりつつ、実は開発中のゲームにも「ADX2」を使っているんです。なので、ゲームを作ると「ADX2」の知識が深まるし、逆にCRIの仕事を一生懸命やるとツールに詳しくなってゲーム作りが楽になると。

『Unityサウンド エキスパート養成講座』

──仕事と開発がうまく重なっていますね。

一條氏:
 ほかにも、5月からは「Genvid(ジェンビッド)」というサーバーミドルウェアの仕事も受託しています。これは、Twitchの実況動画経由でゲームに干渉ができる技術です。TwitchやYouTubeの動画の上にボタンを乗せて、そのボタンをタップするとゲーム側に反応が行くインタラクティブ・ストリーミングという技術を使っているんですね。たとえばゲームの対戦実況をやっているところに、番組を観た人が対戦に爆弾を投げ込んでジャマをするみたいなことができる。

※「Genvid(ジェンビッド)」紹介動画

──干渉ができるのは面白そうですね。

一條氏:
 そんな仕事もやりつつ、「Play,Doujin!」というパブリッシャーのお仕事もやっています。
 こちらはインディーゲームパブリッシュに関するディレクターをやっています。PS4やSwitchでゲームを出したい個人のクリエイターさんを支援する活動です。自分でゲームをリリースした経験からアドバイスできることもあります。Unityのこのバージョンではこういうことをすると不具合があるかも、みたいな情報をクリエイターの皆さんにお伝えして、開発をサポートできると。全部繋がっているんです。

──無駄がないんですね。

一條氏:
 受託している仕事の全て、日本のインディーゲームのクリエイターのためになることをしているつもりです。これからゲームクリエイティビティはインディーゲームに寄っていくと僕は信じて活動をしているので、当然それに対してビジネスをしないと、将来的には売り上げが立たなくなる。

──開発者を支えたいと思う気持ちは、営業マン時代に開発者を支援するためのソフトを売りたいと思った経験からも来ているんですね。

一條氏:
 そうです。ただ今は対象がインディーですね。そっちをサポートした方が、より狂ったゲームが世に出るという確信があったので。大手の開発会社さんも個人も、僕としては全く変わらないお客さんなんですが、少ない人数で作られているゲームの方が自分の好きなものに近いゲームに出会えそうなんですよね。
 インディーの方が良い意味で内容が狂っているんです。今日本で成功しているインディーゲームクリエイターで『カニノケンカ』というゲームを作っているぬっそさんという方がいらっしゃいます。

──ぬっそさんは以前別の仕事でインタビューさせていただいたことがあります。

一條氏:
 僕は彼の開発スタイルが一番理想的だと思っているんですよ。ご自身で作られるゲームの狂ったところを突き詰めて、それで生活をされているというのは。
 あとは別に狂っているとかではなくて「俺はこの表現が好きだ、だから作る」というのを体現している方ですね。『ジラフとアンニカ』というアドベンチャーゲームを作っている紙パレットさんとか。

──ネコ耳の少女が出てくる可愛いゲームですね。

一條氏:
 「制作者はこういうのが好きなんだな」と思いながら見ています。

──確かに自分たちの好きな物を詰め込んだんだろうなという感じは出ていますね。

一條氏:
 そういうゲームを見ていると、やっぱり突き詰めたものを作るクリエイターさんがもっと生まれやすい世の中にしたいという大きなビジョンがあるんですよ。それは仕事だけではなくてボランティア活動でも支えたい。

──どんな活動をされているんですか?

一條氏:
 まずはCEDEC(日本のゲーム開発者向け技術カンファレンス)の運営委員です。これは先ほど申し上げた、ゲーム産業とインディーゲームクリエイターを融和したいという思いが根底あります。もう一つは、「東京電脳特区」というインディーゲームイベントの運営メンバーです。僕はいずれも広報担当でした。

 「東京電脳特区」については、巨大化するインディーゲームイベントの中で、日本でゲームを作っている人達が全然目立たないことを問題視して、仲間で共同して立ち上げたイベントです。

(画像は『東京電脳特区』公式サイトより)

──主催側に回るとモチベーションも違うのかなという気がします。

一條氏:
 違いますね。イベントを通じて、しっかり自分のゲームを知ってもらう仕組みを取り入れたり。漫然と「出展したけれどインタビュー取材を申し込まれるようなこともなかった、あぁ残念」と思うのではなくて、自分たちで能動的にメディアさんやプレイヤーさん向けに見つけてもらえるような施策を手探りでやっていくと。

──一條さんのされていることは全部繋がっていますね。個人制作者にとってはありがたいんじゃないですか。

一條氏:
 そう思ってもらえたなら一番嬉しいですね。自分の持っているものを全部差し出しても、未来に期待が持てるぶん僕が楽しいんですよ。その先にいるゲーム作家が、どこかいい意味で頭のおかしい突き抜けたゲームを出してくれるはずなので(笑)。そういうリターンが僕の中で確定すれば頑張れると。

──一條さんは御社を拡大して自分と同じことをやる人を増やしたいんですかね?

一條氏:
 会社の規模を拡大したいという気持ちはないですね。多分社員を入れても、その人がいずれ独立しちゃう気がして(笑)。でも、営業活動自体は下手なりに好きなんですよ。なので、その強み部分を他のクリエイターさんに使ってもらえたらいいのかなと考えています。

──ニ足のわらじは履き続けそうですね。

一條氏:
 僕がゲーム作家として今のところ生きていけるのは、ニ足のわらじを効率的にやっているからだと思います。そのノウハウをいろんな人にシェアしていくのはありかもしれません。

──御社は個人開発者が開発に専念できるような環境づくりをしていきたいということなんですか?

一條氏:
 それがベストですね。もっといいのは、国などから助成金が出てきてインキュベーションセンターを作ったりすることでしょうか。そこで開発者にお願いをして1〜2年でゲームを作って下さいとか、そういうことができるような活動をしていきたい。中国には実際にそういう仕組みがあって、モバイルゲームで一山当てたディレクターが数十人のインディークリエイターにお金と場所を出している方なんかもいるんですよ。負けてられないですね。

新作『デモリッション ロボッツ K.K.』はヒロインの家を壊せるゲーム

──今制作されている『デモリッション ロボッツ K.K.』はレトロポリゴンの表現とは全く違うものになっていますが、これは『Back in 1995』でやりきった感があるからですか?

一條氏:
 そういうことです。レトロポリゴンの表現は相変わらず好きなんですけれども、その良さを十分に伝えられたという実感はあるんですよね。もうほうっておいてもPS1表現をやるクリエイターは続いていく。「次はプレイステーション2世代を想定したポリゴン表現をやらないんですか?」と言われたこともありますが、PS2世代だったらすでに作っているスタジオはありますし、僕がやるまでもないなと。

──新作は街を壊すゲームということで『ブラストドーザー』を思い出しました。

一條氏:
 そうそうそう。『ブラストドーザー』はちょっとだけ意識しています。でもゲームシステムは全然違うんですよ。「デモリッション ロボッツ K.K.」は今で完成度30%ぐらいなんですが、システムを煮詰めている段階でまだあまりゲームとして面白くないんですよね(笑)。なのでもう少しゲームデザインを変えていきます。

 僕は操作感も含めてプレイステーションの『リモートコントロールダンディ』が好きで、その影響が一番大きいです。ただ、Switchでゲームを作るなら4人のローカルマルチプレイを入れたいと思っていて、独特の操作感はトレースしていません。
 あと『リモートコントロールダンディ』にはヒロインが出るんですよ。

(画像はAmazon.co.jp『リモートコントロール ダンディ』より)

 ロボット同士が戦っている街にヒロインの家があって、バトル中に間違って壊しちゃうこともあるんです。あれがすごく好きだったんですよ。
 ただゲーム内のイベントなので、3回ぐらいしか壊せない。そこで自分のゲームの場合は対戦ゲームにすれば、この「ヒロインの家を壊す」という行為を無限に繰り返すことができる。この発想が根底にあります。

──ゲームの裏の目的ですね(笑)。

一條氏:
 表の目的は解体屋さんとして建物を壊すことなんですけどね(笑)。Switch版と同時にPC版では先ほど紹介した「Genvid」を取り入れて、新しいゲームストリーマー向けの技術を使ったゲーム体験を入れていきたいと思っています。

──マルチプレイではどう戦わせたいんですか?

一條氏:
 このゲームは4人対戦のアクションながら、今のコンセプトだとロボット同士は直接戦わないんですよ。プレイヤーは解体会社の社員ということもあって、ビルを破壊しまくることが目的なんです。設定としては「かつて宇宙人と戦った戦闘用ロボットがあったが戦争に勝利して民間に払い下げられたので、これを使ってビルの解体業をやっている」というものです。
 4人で競っている理由はまだあやふやですけれど、壊すビルによってはボーナスが追加されてそれが給料に反映されそうです。

──社員同士は解体作業をしながら稼いだ金額を競っているんですか?

一條氏:
 それもありますね。誰かが壊そうとしているビルを横取りして漁夫の利を得ようとか。あと、ロボット兵器っぽくスーパーアタックみたいなのが使える。でもロボット同士は直接バトルをせずにマップ上の破壊で競っていくタイプです。

──各ロボットの破壊性能は同じなんですね?

一條氏:
 今のところ同じですね。

──じゃあビルの壊し方とか壊す場所が重要になる?

一條氏:
 そうですね。でも本当に開発中で、今後は仕様が大きく変わると思います。今まさに悩んでいるところなんですよ。どのくらいまで作れるかというのを今見積もっているといるところで。
 グラフィックも最初は自分で作ったんですけれど、ブラッシュアップのタイミングで別の人に1回外注して作り直したんです。せっかくSwitchで開発する機会を頂いていますし、なるべく良いものにしていきたいと。なので発売時期も未定にしました。

──壊し方の順番が決まった建物などはあるんですか?

一條氏:
 それはないですね。とにかく2発殴ると壊れるというシンプルなもので。だからすごい硬いビルとか、あるいは壊そうとすると爆発するとか、そういうギミックは本当に今アイデアを出している最中なんですよ。

──倒し方によっては他の人に被害が及ぶとか。

一條氏:
 あぁ、やりたいですね。

──一條さんが考えるゲームは世界観がユニークですよね。

一條氏:
 ありがとうございます。でも、どういうゲームシステムに落とし込んでいくかが本当に手探りですね。いつまでも作り続けていくわけにもいかないですから。今は純粋にこのゲームを4人でやってもらった時に面白さがちょっと足りない

──あぁ、難しいですね。

一條氏:
 「やっぱりアイテムをバリバリ出すゲームシステムがいいよな」とは思うんですけどね。

──相手を殴れるとゲームが破綻しちゃうんですか?

一條氏:
 そうです。なので、殴ったら相手はスタンする(しびれる)んだけど、業務妨害として自分の給料がちょっと減らされるみたいな(笑)。

──会社員だから減給される(笑)。

一條氏:
 クリア後の報酬の表示も今は棒グラフになっていますけれど、営業成績みたいに花丸をつけて出したいですよね(笑)。そういうブラック会社っぽい雰囲気プラス、SFプラス、自分のフェチズムを表現したいんですよ。

個人がゲームを作って売りやすい環境

──Unityを触る前に一度ゲームを作ることを諦めたと仰っていましたけれど、戻ってきて良かった気がしますね。

一條氏:
 それは本当に思うんですよ。ゲームが好きな人って「こんなゲームを作りたい」という気持ちが誰にでもあると思うんですよね。ただ、世の中にすでにあふれているゲームと同じものを作ってもあまり意味がない。
「俺がやりたいゲームが無い」という人がゲーム作りに向いていると思うんです。これは僕の持論ですけれど。

──だから自分で作ると。

一條氏:
 そういうことですね。しかも、そう思った人が時間をかけて勉強すればゲームを作れるようになって、ゲーム機でもリリースできるようになっている現代は本当に良い時代だと思いますよ。

──インディーゲームの爆発を支えているのは、そういう環境なんですかね。

一條氏:
 それはあります。あとはダウンロード販売が確立したことも大きいですね。日本国内では任天堂がものすごくインディークリエイターのサポートに力を入れていますから。任天堂の「Inidie World」というYouTube番組は本当にすごい。この番組に出てくるSOEJIMAさんとBOKUさんの2人組は実際のインディー開発者との窓口担当でもあるんですよ。

──Nintendo DSやWii Uの頃と比べるとだいぶオープンになったというか個人が参入しやすくなりましたね。

一條氏:
 本当にそう思います。このインタビューを読んでいる個人でゲームを作っている方や、スマートフォン向けのゲームを作っている会社さんは、Switchにどんどん参入してほしいと思っています。任天堂に問い合わせると意外と早く開発機材が買えちゃうかもしれない。参入の障壁はほとんどなくなりましたよね。

ゲーム作家兼経営者の目指すもの

──今後一條さんがゲーム作家として、あるいは経営者として目指すものを教えてください。

一條氏:
 ゲーム作家としては、今作っているゲームの完成ですね。他にもやりたいゲームのイメージはあるんですけれども。今作はゲームデザインの時点からクラウドゲームに乗せることを想定しているので、そういった新しいプラットフォームの対応をしたい。少し前にSTADIAの発表がありましたが、STADIA、MicrosoftのProject xCloudなどを狙っていきたいと思っています。

──経営者としてはいかがでしょうか?

一條氏:
 経営者としては、僕と同じようにゲームを作っている方のゲームの継続性・持続性を高めることを様々な手段で目指していきたい。その手段はより良いツールの販売、イベントの運営やCEDECなどのボランティア活動を通してですね。

 あとはパブリッシャーを通じて良いゲームがゲーム機で販売できる機会を作って、これから作る人がちゃんとそれで生活をしていける環境の構築です。
 「ゲームを作っていたけど生活ができないんで会社員に戻ります」とか「アルバイトやっていて開発の時間が無くなりました」というのが僕としては最悪の状況だと思うんですよ。それは避けられるような手段を提示していくのが会社の大きな目標です。

 例えばフリーのイラストレーターさんでも、自作の作品を作りつつ、受託仕事として教科書の挿絵を描くような働き方もありますよね。ゲーム作家もそうなっていいと考えているんです。
 仕事の比率的がメイン2:サブ8でも、メイン8:サブ2でも良い。そういう形でゲーム作家という職業が確立され、才能あるクリエイターが捜索を継続して、それで生きていけるのが理想ですよね。(了)


 レトロポリゴンの魅力を伝えるために奮闘した一條氏の足跡をたどるインタビューだったが、筆者がここ数年インディーゲームクリエイターの取材をし続けていることもあって、いつしかそちらの話題も深堀りすることになった。

 インディーゲームの種類はさまざまだが、1プレイヤーとして心を動かされるのは、やはり制作者のやりたいことや表現したいものがストレートに表れた作品だ。一條氏の言う「狂ったゲーム」がそれで、言い換えるなら異様にとがったゲームということになる。
 『Back in 1995』もその狂ったゲームの1本だった。レトロポリゴンという視点で32bit世代機の3Dゲームをとらえ、実際に制作することでその魅力を伝えることができるのもインディーゲームならではだろう。

 インタビュー中で一條氏は、日本のインディーゲームクリエイターが生きていく厳しさを、草がアスファルトを突き破ることにたとえていたが、選ばれた人、運のいい人しか制作を続けられない環境というのは、可能性の芽を摘んでいるように思える。
 インディーゲームクリエイターの活動をボランティアでも支援する一條氏の取り組みが実を結び、アスファルトを軽く突き破る、より狂ったゲームが花を咲かせることを期待している。

『Back in 1995』公式サイトはこちら

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取材・文
Ron
おはようからおやすみまで、ゲームのことを考えたり考えなかったりしながら暮らしているフリーランスのライター・編集者。
「電撃Nintendo」や「電撃PlayStation」を中心に長年ゲームメディアの仕事をしつつ、最近は他ジャンルのお仕事もいただいています(取材もの中心)。
取材
なかJ
「電撃セガサターン」、「電撃PS2」、「電撃オンライン」、「電撃レイヤーズ」、「iモードで遊ぼう!」、「mobileASCII」、「デンゲキバズーカ!!」と数々の媒体を渡り歩いて来た40代ファミコン世代の編集者。好きなハードは「ファミコンバージョンのゲームボーイミクロ」。
Twitter : @nkjdfng
編集
実存
哲学科を卒業後、ディオゲネスのような暮らしを送っていたが、2017年11月より電ファミニコゲーマー編集部に加入。
ローグライクやシミュレーションなど中毒性のあるゲーム、世界観の濃いゲームが好き。特に『風来のシレン2』と『Civlization IV』には1000時間超を費やしました。最も影響を受けたゲームは『夜明けの口笛吹き』。
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