矢部太郎「《大家さん》とは違うしあわせ。風変わりな父との時間が僕の原点です」

10月23日(土)19時35分 婦人公論.jp


子どもの頃に作ったカルタを手に(撮影:宮崎貢司)

下宿の大家さんとの交流をつづった漫画『大家さんと僕』がベストセラーとなった矢部太郎さんが、新作『ぼくのお父さん』を上梓。風変わりな父と家族のエピソードや、ユニークな子育て日記で気づいたこととは(構成=村瀬素子 撮影=宮崎貢司)

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父が幼い僕を観察してつけていた絵日記


僕は自然が残る東京の郊外で生まれ育ちました。紙芝居や絵本の作家である父(やべみつのりさん)はずっと家にいて、母は外で働いていたので、幼い頃の僕は父と二人で過ごす時間が長かった。よそのお父さんは毎朝スーツを着て出勤するのに、「うちのお父さんは違う、ちょっと変わってる」と子ども心に思っていました。

大家さんの次は何をテーマに描こうかなと考えていたとき、頭に浮かんだのが、僕が子どもの頃の父の姿だったのです。父に相談したところ、「これを参考にしたら」と送ってくれたのが、「たろうノート」。父が幼い僕を観察してつけていた絵日記です。そこには、僕がはじめて歩いた姿や遊ぶ様子が日常の出来事とともに細かく描かれていて、曖昧だった記憶が鮮明になっていきました。

家の屋根から花火を見上げたり、野原で手作りの凧をあげたり、ひょうたんを作ったり、大晦日にお焚き上げに行ったり……。昭和の歳時記みたいですね。この父の絵日記を元に、多角的な視点で、お父さんと僕、そして家族を描きたいと思ったのです。

父は、姉についても絵日記をつけていて、そちらも参考資料として役立ちました。ちなみに、「お姉ちゃんノート」は38冊あり、「たろうノート」は3冊ですから——その差はショックでしたけど(笑)、2人目あるある、でしょうか。

でも、お姉ちゃんノートには、僕がこの世に存在する前の3人家族のときの出来事や、僕が誕生して歓迎されている様子も記されていて。そんな角度から自分を見るのは新鮮でしたし、矢部家の長編物語を読んでいるようで面白いんです。

もう一つ、父をテーマに描こうと思った理由があります。最初の漫画『大家さんと僕』で描いた主人公は、実際お世話になったアパートの大家さん。高齢の女性で、それまで僕が出会ったことがない上品で魅力的な方でした。明太子を買うためだけに伊勢丹に行く、そういう暮らしぶりや考え方を素敵だなと思ったし、僕の人生とはまったく違うギャップがあったから、あの物語ができたのです。

じゃあ、そのギャップの根っこは何なのか? と考えたら、僕を育て、影響を与えた父に行き着いた。僕を三輪自転車の後ろに乗せて野原でつくしを採ったり、カルタやドミノといったおもちゃなどを作ったりしていた父の境遇や行動は、大家さんとは真逆。でも父も魅力的な人なので、なにか別の種類のしあわせを描けそうな気がしたのです。

作った土器はバラバラになったけれど


父は子どもとの時間を大切にし、僕も父を好きだった。でも、一歩外に出て、社会の中の父を見たとき、ほかの父親と違うという点で頼りなさを感じたり、友達は持っているおもちゃをなんで僕は買ってもらえないの? と、よそのうちと比べて悲しくなることはありました。

子どもは素直な目をして、比べちゃうんですね。みんな多かれ少なかれ、自分の家がよその家とは違うと感じ取ることってあると思う。だから本書ではそういう切ない部分も描きました。

父が漕ぐ三輪自転車の後ろに乗せてもらうのは気持ちよくて好きだけど、「なんでうちは車がないの?」と疑問をぶつける。すると父は「買えないんじゃない、買わないんだ」とつぶやき、自分で買わない選択をしているんだよと説明する。「いや、買うほうを選んでよ!」と息子としては思いますよね。この漫画には、父が僕にツッコまれたり、母に怒られたりするシーンがいくつか出てきます。


父・やべみつのりさんと語らう太郎さん。やべさんは子どもの造形教室を主宰、紙芝居作品を多数手がけ、1996年第34回五山賞奨励賞を受賞。絵本に『かばさん』『あかいろくん とびだす』などがある (C)新潮社

ある日、父が「粘土に文様を描いて、縄文土器を作ろう」と僕の友達も呼んで、土から作った。でも、仕上げの野焼きで割れちゃって。落胆する僕らの前で、父は粉々になった土器を土に埋めて「また地球に還ったね」と。「失敗してもいいんだよ、大事なのは結果じゃなくて、過程だよ」というのが父の考え方で、僕もこの体験でそれを学んだ気がします。

でも父は、子どもに指導して教える、という姿勢ではありませんでした。子どもに楽しんでもらおうとしていたし、自分も楽しもうとしていた。もっと言うと、逆に子どもから教わろうとしていた。父の根底には「子どもはすごい」という考え方があり、「子どもが描く絵が一番面白い」とも言っていました。

子どもの頃、僕が描いた絵も「お父さんにはこんな絵は描けない、すごいね」と誉めてくれて。おかげで僕は自信が持てたし、家族新聞やカードゲームなんかもあれこれ創作していましたね。「何かを作ることは楽しい」と思える、それが父から受けた一番の影響かもしれません。

家族で食事するときも、父がたけのこの煮物を見て「今年、初めてのたけのこだから」とスケッチを始めるんです。僕らは箸をつけられず、おかずが冷めちゃって(笑)。ホントへんな人ですが、父を見ていると、「描くことは、生きること」みたいな感じがします。

一方で、仕事の絵本作品はなかなか描けなくて、悩んでいる姿も目にしました。本書には、父が絵本の締め切りを守れず、出版社の編集の方がうちに来て催促するシーンがあります。父が子どもと遊んだり、畑で野菜を育てることに夢中になったりするのは、ある意味、仕事からの逃避です。

でも今思うのは、そういう豊かな時間を過ごすことで父の中に何かが残り、そこから生まれてくるものが作品に反映されていたんじゃないかな。

僕は父とは違うタイプ。四六時中絵を描いたりしないし、締め切りは守ります(笑)。僕は母の影響も受けていますから。

一家を支えてくれていた母の姿


もともと母は一人で都会に出てきて働いていた、自立した女性。結婚して子どもが生まれてからも、家族が生活できるように働くことを一番に考えていたと思うんです。そのうえで興味のあることや好きなことをしていたんじゃないかな。

母は、仕事と子育てをしながら放送大学を受講して、ちゃんと卒業したんです。僕も気象予報士の資格を取るなど、勉強が好きなところは母の影響だと思いますね。

普段遊んでくれたのは父だけど、母は休日によく映画を観に連れてってくれました。映画のあとは食事して。すごく楽しい思い出としてはっきり覚えています。

『ぼくのお父さん』を描きながら思ったのは、母は家族のために外で働いていたけれど、きっと母もやりたかったことがあったんじゃないかということ。お父さんのように自分の好きなことをして、自由に生きたかったのかもしれない。それは僕の勝手な想像で、母に聞いてみないとわかりませんが。

この本が出版される前に父に感想を聞いたとき、「もう少しお母さんのことも描いたほうがいいんじゃないか」と言われたんです。僕の性格は母の影響をたくさん受けているし、母がいたから家族の形ができて、矢部家のバランスがとれていた、と。本の中では脇役だけど、母の存在の大きさが読む人に伝わったら嬉しいです。

母には、本の感想を聞いていません。あまり僕の仕事に干渉する人ではないので。ただ、父からのメールには、「さっちゃんも喜んでたよ」と。あ、さっちゃんは母のことです。


『ぼくのお父さん』(矢部太郎・著/新潮社)より

別の「しあわせ」を見つけることができた


かつて両親に「芸人になりたい」と伝えたときは、反対されることもなく、「好きなことをやりなさい」という姿勢でありがたかったです。

芸人と漫画家は両方続けていきたいですね。芸人のネタと違い、漫画は、個人的なことをつづることで読んだ方に共感していただける。『ぼくのお父さん』を描いて最終的に気づいたのは、大人は誰も、はじめは子どもだった、という普遍的なメッセージ。これはサン=テグジュペリの『星の王子さま』の序文に出てくる言葉です。

誰にでも子どものときがあり、大人になってもそれは続いているんです。決して別の人間になるわけではない。当たり前のことなのに、多くの人は「子どもだった」ことを忘れてしまう。僭越ながら、この本が、みなさんが子どもだった頃を思い出すきっかけになったら嬉しいなと思います。

父は今79歳。歳はとったものの、まったく昔と変わっていません。実はこの間、父の紙芝居作品を手伝ったんです。ちょっと父が体調を崩しまして、下描きはできていたけれど、仕上げを誰かに頼まないと締め切りに間に合わないという事態になって、じゃあ僕が引き継ぎましょう、と。(笑)


「今回は、自分の家族の姿を振り返って、また別のしあわせを知った。作品を描くことで、自分も成長できているなんてありがたいことです。」

子どもの頃から父が作った紙芝居を見ていたけど、今回改めて父の作品を見直すと、僕の漫画に似ているなと思いましたね。いや、僕の絵が父の影響を受けているんですけど(笑)、僕の漫画は紙芝居的な要素がある気がします。息子が言うのもなんですが、父の絵はやっぱりすごくいい。「何十年と日々描いている人の線だな」と感心します。

父は、あるインタビューで、「漫画家としての太郎は、私のことなんか一瞬で超えていった」と親バカなコメントをしていましたが(笑)、僕は父を全然超えていないです。そもそも僕は漫画、父は絵本と紙芝居、土俵が違いますし。

大家さんと出会う前は、芸人として忙しい日々の中、引きこもり気味で世間に対して少々斜にかまえていた僕でした。それが大家さんと出会ったことで人とふれあうしあわせを知って、自分は生まれ変われたと思っています。

今回は、自分の家族の姿を振り返って、また別のしあわせを知った。作品を描くことで、自分も成長できているなんてありがたいことです。おかげさまで、いま次回作も構想中です。

芸人も漫画家も何歳までできるかはわからないけど、父のように好きなことをずっと続けられたらいいなと思いますね。

婦人公論.jp

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