「ふたたび女将が僕の部屋をノックした」女性たちが性を売る三重県にある“ヤバい島”に突撃取材

10月24日(土)21時0分 文春オンライン

「女をナンパして、惚れさせて、身包みを剥いで……」ヤクザが語った三重県に実在する“ヤバい島”で荒稼ぎする方法 から続く


「ヤバい島」として長くタブー視されてきた三重県の離島・渡鹿野島。今も公然と売春が行われ“売春島”と呼ばれているこの島の実態に迫ったノンフィクションライター、高木瑞穂氏の著書『 売春島 「最後の桃源郷」渡鹿野島ルポ 』(彩図社)が、単行本、文庫版合わせて9万部を超えるベストセラーになっている。


 現地を徹底取材し、夜ごと体を売る女性たち、裏で糸を引く暴力団関係者、往時のにぎわいを知る島民ら、数多の当事者を訪ね歩き、謎に満ちた「現代の桃源郷」の姿を浮かび上がらせたノンフィクションから、一部を抜粋して転載する。



「売春島」と呼ばれた渡鹿野島(著者提供)


◆ ◆ ◆


島の住民に直談判して話を聞くしかない


 帽子が飛ばされるほど強く、そして寒い潮風が吹いていた。

その風は、荒廃したこの島の現状を際立たせるかのごとく、渡し船から降りる数少ない乗客たちの背中を宿へと押していた。


 とりあえず、僕は調べた資料を持って、ふたたび“売春島”へ舞い戻っていた。2017年2月の中頃のことだ。


 実は、佐津間さんに寒川さんら元置屋経営者など関係者を紹介して欲しいとお願いしていて、待つことも考えたが、いまだ色よい返事はもらえていない。


 そのルートが途切れつつある以上、島の住民に直談判して話を聞くしかない。芥川さん、“Kさんの嫁”……これまで知り得た名前をぶつけてみて、彼らの素性を聞いてみよう。知り得た情報を元に、島の歴史を辿ってみよう。部外者への軋轢が囁かれるこの島だが、案外受け入れてくれるやもしれない。首尾よくことが運べば良いのだが……。


島の内情をあけっぴろげに語る女将


 ある旅館に宿泊した僕は、旅路を癒すかのごとく熱い日本茶で出迎えてくれた女将との間合いをはかりつつ、取材を試みた。もちろん、宿泊客には無下な扱いはしないだろうとの計算もあった。


「女将さん、いま置屋は何軒くらいあるのですか?」


「置屋はねぇ、いま2軒です。1軒はスナックで、もう1軒はお店を構えてなくて」


 計算通り、女将は島の内情をあけっぴろげてくれた。そして4年前と8年前にも一度、この島を訪れていることを告げると、女将が言う。


「もう3年くらい前からそんな状況ですね。でも8年前ならもう少しありましたよね。


 置屋は年々、少なくなっています。ウチはここに女のコを呼んで顔見せして選んでもらうのですけど。人数はその日の置屋さんの状況次第ですね。2人くるのか、3人くるのか。もちろんお客さん自身で置屋さんに見に行ってもらっても大丈夫ですし」


 この島で生まれた女将なら内情を知っているに違いない。まだ若い女将が適任じゃなかったとしても両親や親戚筋には必ず詳しい人物がいるはずだ。


「歴史……。フーゾク的なことではなくて?」


 ここまで話を聞いたところで、僕は身分を隠すことをやめた。差し出された宿台帳の職業欄に「フリーライター」と記入し、それを女将に渡して単刀直入に聞いた。


「女将さん、それにも書いたように実は僕、取材記者なのです。今日は島の歴史を調べる目的で来たのです」


 みるみる女将の顔色が変わった。外敵を前にしたように口元を強ばらせ、でも客である以上は無下にはできないといった感じで、先程より低いトーンの声で言う。


「歴史……。フーゾク的なことではなくて?」


 女将からは、明らかに警戒心が滲み出ていた。


「江戸時代から続くこの島の歴史を一冊の本にまとめたいのです。もちろん奇麗ごとだけじゃなく売春のことも書くつもりです。置屋が増えたのは、四国や九州など島民以外の人たちが移り住んで発展させた背景があると聞いて、その事情に詳しい方を探しているのです。2000年頃からの行政による観光地化の流れと、それについての島民たちの本音も知りたいのです」


 僕は女将の警戒心を解くため、必死でそう訴えた。もちろん取材趣旨には売春のことも含まれているため、あっさり断られても不思議でない。女将の話によれば、この旅館でも置屋から女のコを呼べるという。つまりこの旅館は、売春のパイプ役として機能しているのである。取材内容に、売春のことが含まれるとしたらそれは、できれば隠したいことに違いない。僕が外敵と分かった以上、たとえ客だとしても協力したくないに違いない。


 が、女将の反応は意外なものだった。


「そりゃ嫌じゃないですか、思春期の頃は」


「ちょっと私じゃ説明できないと思うのでぇ……あのね、この島の行政に携わっている親戚の“叔父さん”なら詳しいと思うんですけど。その“叔父さん”はね、この島で生まれ育っているから何でも知っているんですけど……。ただね、フーゾク的な質問ばかりの取材は断ると思うんですよ。島の歴史も……ですよね?」


 売春の話だけでないとすれば、その“叔父さん”に取り次いでくれるという。取材を受ける、受けないは別として。そこで、僕は、江戸時代から続く歴史や行政による観光地化の近代史も知りたいと念を押した。そして、話せないことは話せないでいい。もちろん立場的に名前や肩書きを明かせないなら匿名でもいい、と。


 とにかく、島の歴史につながる話を、何でもいいから聞き出すしかない。その情報をもとに、新たな関係者を探し出して点と点を結んでいく作業をするしかない。そんな気持ちで懇願した。


 女将の境遇も知りたくなった僕は、こうして売春島で商売をしている本心を尋ねた。


「私と旦那は、純粋にここで生まれ育って、恋愛して結婚したってだけで。でも、ここが“売春島”ってことは、いつからか分かりますよね。それが嫌で私は、高校生になって一旦、島を出ました。だけど、まあ、ここが実家ですから、出戻って結婚して旅館を継ぎました」


「なぜ嫌になったのですか?」


「そりゃ嫌じゃないですか、思春期の頃はそういう(売春)島っていうだけで」


島の歴史を熟知している“叔父さん”


「四国や九州から移り住んだ方たちの素性は知りませんか?」


「みんな置屋をするために来たと聞いています。でも私が生まれる前のことなので詳しくは知りません。やっぱり、そういうフーゾク的なことが知りたいのですね。すいません、もういいですか」


 女将は、そう僕の質問を遮り、ふたたび表情を強ばらせた。口では歴史や行政の動きを知りたいと言っていても、やっぱり売春のことを知りたいだけなのだといったあきれ顔だった。


「そろそろ仕事に戻りますね」


 と言って、部屋を後にしようとする女将に、“叔父さん”へ取り次いで欲しいと再度、念を押したが、その様子から、それも叶わないのかもと思わざるを得なかった。


 やはり女将に売春のことを聞くのはマズかったか。そう落胆しながらひとりきりになった客室で、女将から聞いた話を取材ノートに書き留めていた。


 そんなとき、ふたたび女将が僕の部屋をノックした。その直後、落胆が高揚に変わった。取材を受けてもいいというのである。行政担当者であり、島の歴史を熟知しているというその“叔父さん”が。過去の事件取材で、これまで頑だった関係者が重い口を開いてくれたときのように気持ちが昂る瞬間だった。


“良からぬ場所”みたいなひどい言われ方をした


「島の歴史ですか……。渡鹿野という島は何で知りました? 何年くらい前に来られました?」


「8年くらい前です」


「それは何で知って来られました?」


「雑誌やインターネットです」


「ああ、要するに“夜の街”みたいな」


「そうです。言いにくいですが“売春島”として……」


「うん、“売春島”ってことだよねぇ。それはもう本当に有名になって、全国に広まって。やはり、その、三重県でも県内の“良からぬ場所”みたいなひどい言われ方をしたこともあるんだけど。まあ、そんなこと(売春)を『野放しにしているのか!』みたいな突き上げも警察に対してあったらしいし。そういう時代を経てるんだけど、もう、今は昨晩泊まって分かるように廃れましたね。まあ一部ね、ちょっと(売春が)残っている所もあるんだけどね」


 意外な反応に僕は、驚きを隠せなかった。恐縮し、言葉を選びながら売春のことを尋ねるも、名前を三橋恭平(仮名、60代)というその“叔父さん”は、かつて売春産業が盛んだったこと、のみならず、いまもそれが続いていることをあっさり認めたのである。



​ 10月24日(土)21時から放送の「 文春オンラインTV 」では、『売春島』著者の高木瑞穂氏が本書について詳しく解説する。


(高木 瑞穂/Webオリジナル(特集班))

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