映画『アイヌモシㇼ』- アイヌの血を引く少年が自身のルーツと向き合い、成長する姿を描いた劇映画

10月27日(火)15時50分 Rooftop

 先日、所用で釧路へ行き、阿寒町にも立ち寄ったのだが、町内は地元を舞台とした映画『アイヌモシㇼ』の話題でもちきりだった。

 かつてこの地で八谷商店という民芸品店を営んでいた親戚の叔父と叔母の墓参りをした後、親戚がやっている心花(「ときめき」と読む)という居酒屋で夕食を兼ねて飲んでいたら、その八谷商店の跡地を受け継いでART LABOという店をやっている主人と偶然居合わせ、その女性は2年前の『アイヌモシㇼ』撮影時に地元のコーディネーター的役割を果たしたらしい。

 心花を営む親戚夫婦も娘っ子も『アイヌモシㇼ』のことはもちろん知っていて、主人公のカント君もそのお母さんの下倉絵美さんも秋辺デポさんも当たり前のように顔見知りだった。その週末にカント君らが渋谷のユーロスペースで『アイヌモシㇼ』の公開初日に舞台挨拶をするために東京へ行くことも知っていた。
 また、翌日は絵美さんの妹の富貴子さんが営むポロンノへ行ってオハゥの定食とポッチェピザをいただき、アイヌコタンにあるデボさんの店を訪れてデボさんの奥様との会話を楽しみ、カント君の実のお父さんである彫金作家の下倉洋之さんが営むギャラリー兼カフェで美味しいコーヒーをいただきながらカント君の近況などを聞いた。

 わずか1日半のあいだに『アイヌモシㇼ』の関係者に次々と会えたのは、町全体が親戚ぐるみの付き合いをしているようにコミュニティが密だからだと思う。
 事実、二風谷でも白老でもなく阿寒が映画の舞台として選ばれたのは町の中にしっかりとコミュニティがあると感じたからと福永壮志監督はぼくのインタビューで答えていた。

『アイヌモシㇼ』がユニークなのは、まずもってアイヌの役を実際のアイヌが演じていることだ。実在の人物が当人の役を演じているのでドキュメンタリーのように感じる瞬間が多々あるが、劇映画でなければならない必然と理由を物語の終盤で確認できるだろう。それはある種のファンタジーともいえる演出だが、アイヌの死生観を考えるともしかしたらそんなことも実際に起こり得るかもしれないと感じる説得力がある。

 本作はアイヌの血を引く14歳の少年カントが自身のアイデンティティや父親を亡くした喪失感と向き合いながら成長していく物語だが、たとえばカントが自身のルーツを否定したり、親を含めた大人に対して不信感を抱くのは誰しも一度は経験する思春期特有の通過儀礼である。だから映画の中で描写されるカントの心情と行動はアイヌでも日本人でも共感できるはずだ。
 本作が日本人にとって近くて遠い存在であるアイヌを知るきっかけとしてうってつけなのは、アイヌの専門的な領域に踏み込みすぎない絶妙なバランスを保っているからだと思う。主軸はあくまで一人の少年の成長を描くことにあり、アイヌはその大切なモチーフなのだ。

 なお、都内の公開劇場であるユーロスペースと同じビルの1FにあるLOFT9では、上演期間中にアイヌ料理を提供するコラボレーションカフェを展開している。『アイヌモシㇼ』を鑑賞した方は半券持参で100円引きとなるそうなので、ぜひ立ち寄ってみてはいかがだろうか。(text:椎名宗之)

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