テレビ解説者・木村隆志のヨミトキ 第80回 夜の再放送は「ニーズ」か「やりすぎ」か…大谷翔平出場のワールドシリーズ中継をめぐるテレビの思惑と課題
2024年10月29日(火)6時0分 マイナビニュース
●日本シリーズ中継と競合する日も
大谷翔平選手、山本由伸選手が出場する「MLBワールドシリーズ」が盛り上がりを見せている。
両選手が出場する今年は全戦をフジテレビが生中継。日ごろメジャーリーグの中継は主にNHK BSが行い、世界一を決めるポストシーズンの試合も同様だが、現在は最後の戦いが地上波で放送されている。
特筆すべきはフジが午前9時8分開始の試合に合わせた生放送だけでなく、夜のゴールデンタイムにもダイジェスト版で再放送していること。しかも今年はプロ野球の日本シリーズと7戦すべての日程が同じであり、夜の再放送によって2つの野球中継が競合している。
野球中継が「朝も夜も」「夜に2つも」という状況に賛否の声が錯綜。野球ファンを中心に好意的な声がある一方で、「やりすぎ」などの批判も少なくない。中には「大谷ハラスメント」などと選手個人を批判する声まであがり始めている。今回の1日2回にわたるワールドシリーズ中継は何を物語り、どんな今後につながっていくのか。テレビ解説者の木村隆志が掘り下げていく。
○「午前の生放送」に明確なニーズ
ワールドシリーズを日本の民放局が放送するのは、ひとえに視聴率獲得が期待できるという理由にほかならない。
実際、ここまでの視聴率は第1戦が個人7.1%・世帯12.7%、第2戦が個人8.1%・世帯13.9%だった(ビデオリサーチ調べ・関東地区、以下同)。NHK BSでも生中継していたことを踏まえると十分な結果と言っていいのではないか。
ちなみにポストシーズンの地上波中継を振り返ると、NHK総合が放送した12日の「ドジャース×パドレス」のナ・リーグ地区シリーズ第5戦は個人11.3%・世帯20.3%。14日のナ・リーグ優勝決定シリーズ第1戦「ドジャース×メッツ」は個人10.3%・世帯18.5%だった。
両試合はNHK BSでの放送がなかった上に、ドジャースの大谷選手と山本選手に加えて、パドレスのダルビッシュ有選手やメッツの千賀滉大選手が出場したため、ワールドシリーズ第1・2戦の視聴率を大幅に上回ったことが推察される。
ワールドシリーズは十分に高視聴率であり、フジテレビとしては上々のスタートと言っていいのではないか。ちょうど第2戦の生放送中にフジテレビを訪れていたのだが、局内の各所から活気が感じられた。中継の高視聴率に加えて、大谷選手や山本選手を扱う報道・情報番組への好影響もあるからだろう。
ワールドシリーズの期間中、午前に放送されている番組は休止となるが、ほぼ情報番組で占められているためか、ここまであまり批判的な声はあがっていない。少なくとも午前の生中継に関しては「ワールドシリーズを見たい」というニーズのほうが勝っているのではないか。
●「夜の再放送」に不満が集まる背景
次にふれておきたいのは、主に夜のワールドシリーズ再放送は妥当なのか。
ここまで第1戦は26日(土)19時〜21時、第2戦は27日(日)19時〜19時58分に再放送された。第2戦は衆議院議員選挙の投開票特番『Live選挙サンデー』が生放送されるため、1時間のみに留めたのだろう。
続く第3戦は29日(火)17時48分〜18時30分に予定されているが、これはフジテレビが18時30分から日本シリーズ第3戦を生中継するための編成。つまりこの日だけはワールドシリーズをゴールデンタイムで再放送できないのだが、「それでも夕方に再放送する」という選択をしたことに驚かされた。
また、第4戦は30日(水)19時〜20時54分の再放送が発表されている。ドジャースの4連勝で終わらなければ第5戦以降も同様の時間帯で再放送していくのだろう。
ただ、この再放送に関しては、すでに批判の声をスルーしづらい感がある。「午前中に放送されたばかりなのに夜の再放送は必要なのか」「日本シリーズにアメリカの試合を競合させるのはよくない」「緊急性のない再放送でレギュラー番組を放送休止する必然性はあるのか」「実際そんなに視聴率は獲れないだろう」などの声があがっている。
特にレギュラー番組を楽しみにしていた人々の不満は見逃せない。21日に日本テレビがナ・リーグ優勝決定シリーズ第6戦「ドジャース×メッツ」を緊急放送し、『しゃべくり007』と『月曜から夜ふかし』を休止して批判を集めていた。
さらに、フジテレビが夜の再放送を行ったことで、テレビ業界全体の姿勢を疑問視する声が目立っている。これは「毎週リアルタイムで見ていた大事な顧客を怒らせてまで再放送すべきものなのか」というファンサービスの姿勢を問われているのかもしれない。
その夜の放送で、日テレもフジも期待していたほどの視聴率を獲得できていないという現実があり、「大谷選手に便乗しすぎ」という批判を正当化するような形になっている。夕方の再放送となる第3戦はさておき、第4戦以降も休止させられる番組のファンから批判の声を浴びるのではないか。
○大谷選手に負担をかける過剰報道
さらに、ここにきて報道・情報番組での扱いについても人々の不満が目立っている。
日本テレビが『ZIP!』の放送時間を延長し、他局にはない“8時またぎ”の編成を採用した23年春あたりから、大谷選手をめぐる報道・情報番組での扱いが局を超えて過熱。『ZIP!』は朝ドラや民放の情報番組に対抗するために“8時またぎ”で大谷選手の映像を放送し続け、他局もその扱いを増やしていった。
大谷選手が打者に専念する今年は、ほぼ全試合出場し、個人もチームも好成績。その扱いがさらに増えたことで、ジワジワと大谷選手に対するネガティブな声も目立ち始めていた。最近では生放送の情報番組を中断してまで大谷選手の打席速報や試合経過を伝える演出も多々見られるが、このあたりは「やりすぎ」と言われても仕方がないだろう。
それがポストシーズンに入った10月に加速。現在、X(Twitter)の検索窓に「大谷」と入れると、予測検索ワードには称賛ばかりではなく、「ハラスメント」「うんざり」「うざい」「もう見たくない」「お腹いっぱい」「嫌い」「調子のりすぎ」「テレビ消す」「負けろ」などの辛辣なフレーズが表示される。
大谷選手は日々努力を重ね、懸命にプレーしているだけで、非はないのは明白。「テレビだけではなくメディア全体がバランスを欠いた過剰な扱いを続けることで大谷選手に負担をかけている」ことを業界全体で考えなければいけない時期に入ったのではないか。
これまでも大谷選手に関するネガティブな声はあったが、本人が想像を超える活躍で抑えてきた感がある。言わばメディアは大谷選手の活躍に助けられるような形で批判を免れてきたのだが、それもそろそろ限界に近づいているのかもしれない。
日米の野球界にとっても試合を扱ってもらうことは大歓迎だが、大谷選手ばかりフィーチャーすることや、それが個人を苦しめることは望んでいないだろう。実際、第2戦で活躍したのは山本選手だが、翌日の情報番組でその扱いは少なく、大谷選手ばかりフィーチャーされていた。「そのほうが毎分視聴率を獲れるから」という理由があったとしても、もはや視聴者に見透かされ、受け入れてもらうことは難しい。
バランスを欠いたビジネスを続けると目の前の数字は多少取れたとしても、それ以上のアンチを生み、長期的には顧客を失っていく。こういう視野の狭い選択からメディア不信は広がっていくのかもしれない。
木村隆志 きむらたかし コラムニスト、芸能・テレビ・ドラマ解説者、タレントインタビュアー。雑誌やウェブに月30本のコラムを提供するほか、『週刊フジテレビ批評』などの批評番組にも出演。取材歴2000人超のタレント専門インタビュアーでもある。著書に『トップ・インタビュアーの「聴き技」84』など。 この著者の記事一覧はこちら