松尾諭「拾われた男」 #27「不安でいっぱいのまま初めての海外に旅立った話」

10月30日(水)11時0分 文春オンライン

【前回までのあらすじ】


 アメリカから事務所経由で飛んできたのは、二十年前にアメリカに留学したきり音信不通になっていた兄が倒れて入院していると言う報せだった。状況もよく把握できないままに、事務所に電話をくれたジョンと名乗る男性にメールをすると、返事には兄の病状は脳卒中であり、間も無く病院から連絡があるだろうと記されていた。


 ほどなくして鳴動した携帯電話にはミシガン州・アメリカ合衆国と表示されていた。



著者・松尾諭さんが剣の達人”だんご兵衛”こと壇浦五兵衛役で出演した『螢草 菜々の剣』。NHKオンデマンドにて配信中


◆ ◆ ◆


 着信画面が告げる通りそれがアメリカからの国際電話だと言うことはすぐに分かったが、英語で会話するなど、面と向かっても上手くできないのに、身振りも手振りも伝わらない電話でコミュニケーションを取るというのはとても勇気のいることだった。とは言えこのまま応答しないわけにもいかず、わずかな時間にあれこれと逡巡した末、思い切って電話に出た。


「ハロー」


「Hello ○×△ 」


 緊張しながらも挨拶と自己紹介をすると、なんとか伝わったようで、恐らくそこから英語が堪能でない事もよく伝わったらしく、ジョンさんは「よろしく、電話をくれてありがとう」といったような事を、聞き取りやすいようゆっくりと言ってくれた。彼の気遣いのお陰で、なんとか聞き取れはするが、一文を理解する間にジョンさんは次の言葉を発するので、会話の内容は断片的にしか把握できなかった。


「兄は危険な状態にあるので、手術が必要で、そのために家族の同意が必要であり、なんたらかんたら、とにかくアメリカに来て欲しい」


 彼が言うのは概ねこういう内容だと推測できたので


「私はアメリカに行こうと思っています。私にとって、電話で英語を話すのは難しい。だからメールで連絡します」


 と返すと、ジョンさんは少し間を置いた後「OK」と応えた。


 電話を切った後、びっしょりとかいた手汗を拭いて、呼吸と頭を整理してから、事務所に電話して英語に堪能なデスクに事のあらましと、アメリカに行く必要がある事を伝えた。幸か不幸か仕事は一週間入っていなかったので、時間の余裕は十分にあったのだが、経済的な余裕はほとんどなかったので、また事務所から前借りをした。



夜遅く、ミシガン州からの電話


 その夜遅くに電話が鳴った。発信先はミシガン州だったが、応えると受話器の向こうの声は女性だった。自己紹介で彼女がサリー某という兄の入院している病院のナースだということは分かったが、彼女の話す英語は、こちらに相槌する間すら与えないほどに早く、ほとんど何を話しているのかわからなかった。彼女はひとしきり話したあと、すこし間を置いたが、こちらが何も応えられずにいると、何か合点したように「OK」と言ったあと、短い質問を投げかけてきた。もちろんそれも何を言っているのかが即座に理解できなかったが「your brother」と言ったのはわかったので、何か答えなければと「Yeah〜」なのか「いや〜」なのかわからないどっちつかずな言葉を発すると、彼女は「ちょっと待ってて」らしき事を言い、電話の向こうからは保留中の音楽が流れた。


 数分して音楽が止まり、受話器の向こうでガサゴソと音がしたあと、不意に男の声で名前を呼ばれた。口に何か入れたまま話すかのような、おかしな話し方だったが、聞き覚えのあるその声の主が兄だということはすぐに分かった。思いもよらずに聞いた、二十年ぶりの兄の声だったが、その瞬間に涙や、懐かしさのようなものは一切込み上げてこなかった。あるとすれば小さな憤りだった。


「にいちゃん?」


 特に感情のこもらない声で何度か兄に応えたが「大丈夫?」とか「どうしてる?」と言った問いには何も答えず、ただこちらの名前を何度も繰り返していた。だがその声は徐々に力を失い「んー」と言う声が聞こえるだけとなった。そうなったところで電話はまたサリーさんらしき女性に代わり、何かをまくし立てるように言って電話を切った。切る間際、ジョンさんにも言ったように、今後はメールでのやりとりをと頼んだのだが、それはうまく伝わらなかったようだった。


 電話を切ってまず思ったことは、兄に対する感情よりも、こんな英語力で、たった一人渡米するのはかなり不安だと気づいたので、アメリカ在住の数えるほどの知人のうち、込み入った事情でも快諾してくれそうな人物三人に連絡をとってみた。一人は返事が返ってこず、一人はすぐに返事が返ってきたが、ミシガンは遠すぎると断られた。三人目は二年ほど前にアメリカへ嫁いだ、妻の義理の妹のリサちゃんだった。彼女とは会ったことが二度しかなかったが、ミシガン州の隣の隣のイリノイ州に住んでいるので比較的近いだろうと望みをかけてメッセージを送った。


 快諾の返事が届いたのは翌日の早朝だった。リサちゃんの返事には、二日間しかいられないけど、と前置きはしてあったが、それでもずいぶんと心強かった。彼女はこちらがミシガンに到着する日の夜には合流できるようにすると言ってくれた。ちなみにリサちゃんの住むイリノイ州の町から、兄の入院する病院までは、東京ー神戸間の距離に相当する600キロもあり、彼女がわざわざ何時間もかけて車で往復してくれた事は、後になってから知ることだった。



予期せぬ形の海外ひとり旅


 出発前夜はジョンさんとメールのやり取りをしながら、あってないような旅程を組んだ。兄の住む町はミシガン州のカラマズーという町で、デトロイト空港から車で西に二時間ほど走ったあたりにあった。だが手配したチケットは格安航空券だったため、まずは成田からワシントンに飛び、そこからデトロイト行きの飛行機に乗り換えなければならなかった。デトロイト空港からの陸路はジョンさんが車で迎えに来てくれると申し出てくれたので甘えることにした。滞在期間は四泊の予定だったが、病室に泊まれるだろうと勝手に見越してホテルなどは予約しなかった。


 予期せぬ形ではあったが、学生時代からずっと憧れていた海外へのひとり旅だった。


 床に入って何を想うわけでもなかったが、なかなか寝付けなかったので、時差ボケ対策になると思い、そのまま寝ずに朝を迎えた。妻は旅の安全と、会った事もない兄の容体を心から案じ、それと同じくらい、くれぐれも無駄遣いをしないようにと念を押して送り出してくれた。


 成田空港に着いてチェックインをした後、たかだか五日間の旅だったが、日本を離れるからと理由をつけて寿司を食べてからセキュリティチェックと出国審査を経て搭乗口へと向かった。


 不安だった搭乗手続きを済ませ、なんの問題もなくワシントン行きの機内に乗り込んで席に着くと、同じくして前の座席に着こうとした若い欧米人がギョッとしたようにこちらを見て言った。


「おまえはどうしてマスクをしているんだ? ウィルスを持っているのか?」


 彼はマスクをしている日本人を見て、何か病気を患っているのではと不安に思ったようだった。マスクをしているのは、もちろん病気だからではなく、テレビや映画に出ているので顔を隠すためだったのだが、それを英語で説明するのは難しく、そもそもそこまで出ているわけでもないので恥ずかしくなって「No,no」と答えてマスクを外した。


 飛行時間は十三時間ほどあったが、離陸後すぐに機内食を食べ、ワインを飲んで映画を観ているといつのまにか眠ってしまい、目が覚めると着陸一時間前だった。


 ワシントンの空港に着いてまずは最初の難関、入国審査を迎えた。不遜な係員は、こちらにまったく斟酌することなく、ぶっきら棒にいくつか質問を投げつけてきたが、入国理由が、脳卒中で倒れた兄の迎えだと話すと、少し同情してくれたようで


「Good luck」


 と言って判を押してくれた。



アメリカに着いて一番に食べたハンバーガーの味


 デトロイト行きの便への乗換えまでは二時間以上あったので、食事をとることにした。日本を発つ前から、アメリカに着いたら一番にハンバーガーを食べようと決めていたので、空港内にあるハンバーガー屋に入った。不安の多いひとり旅で、ハンバーガーの注文すら難しいものだったが、そのハンバーガーの予想を上回る大きさと、かぶりついて口のなかに広がる脳味噌が痺れるほどの美味にアメリカに来たのだと実感し、思わず笑みがこぼれた。



 食後は空港内を散策して時間を潰した。売店に並ぶアメリカらしい商品は見ていて飽きず、ついつい菓子や水やメモ帳など、とくに必要でもないものを買ったりしながら、デトロイト行きの便の搭乗口へと向かうと、ワシントンに着いた時は定刻通りだった出発時刻が一時間遅れに変更されていた。すぐにその事をジョンさんにメールしたが、出発までに返事はこなかった。


 二時間弱でデトロイトの空港に着いた。着陸してすぐに携帯の機内モードを解除すると、ジョンさんからの返事が来ていた。


「I will be there. Do you want anything from Whole Foods? Sushi?」


 送信時間からすると、やはり一時間ほど前には空港付近にいたようだったが、こちらが遅れる事に文句も言うどころか、スーパーに寄るから何か欲しいものがあるか? 寿司か?と気を遣ってくれていた。まだ見ぬジョンさんはどうやら良い人そうだったので安心し、お腹が減っていない事と、デトロイト空港に着いたと送信するとすぐに返事がきた。


「I am here outside.The cars are lined up 」


 彼は外の車が並んでいる場所にいるらしく、手荷物の受け取りを経て、大急ぎで外に出てみると、十台以上の車が並んでいた。外の空気は十一月にしては思ったよりも暖かく、汗をかきながら小走りで一台ずつ車内を窺ったが、ほとんどが空車で、人が乗っていてもこちらに反応すらみせなかった。そもそもジョンさんが何に乗っているかも分からなかったので「車はなんだ?」とメールしたが、返事はなかなか来なかった。その間も別のフロアを探したが、ジョンさんらしき人物は見つからなかった。メールを送って十分近く経ち、焦りが頂点に達しようとしたその時、ようやくジョンさんからの返事が届いた。だがそれは、さらなる動揺を誘うものだった。


「Redford escape」


、、、レッドフォードが逃げた?


つづく



(松尾 諭)

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