東海林のり子が現場で伝えた真実と、今でも信じている「HIDEさんは自殺ではない」

10月31日(土)11時0分 週刊女性PRIME

東海林のり子

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 かつて世間の注目を集めた有名人に「あのとき、何を思っていたか?」を語ってもらうインタビュー連載。当事者だから見えた景色、聞こえた声、そして当時は言えなかった本音とは? 第16回は、ワイドショー全盛期に、女性事件レポーターの第一人者として活躍した東海林のり子(86)。世間を震撼させた事件の裏側から、“ロッキンママ”だからこそ話せる元X JAPAN・HIDEの素顔とは──。

「たまたま家にいて電話を取ったのが、フジ系で放送されていた『3時のあなた』の事件取材の依頼だったんです。事件現場の取材は経験がなかったのですが、とりあえず二つ返事で仕事を受けて、すぐに現場に向かいました」

 女性事件レポーターの草分け的存在である東海林のり子。「現場の東海林です」というフレーズと丁寧な取材がうけ一躍、お茶の間の顔に。ニッポン放送のアナウンサーとしてデビューした彼女が、ワイドショーで活躍するレポーターへと転身したのは、偶然が続いたからだという。

■レポーターとしての始まり



「長男が生まれ、子育てを優先していた時期だったのでレギュラーでやっている仕事がなかったんです。電話を受けたときは1度きりのピンチヒッターだろうと思ってやったのですが、取材現場についたとき、ちょうど殺された女の子の棺が戻ってきて。それで父親に取材をすることができたんです。するとスタッフに“しばらく続けてくれませんか?”と言われ、レポーター人生が始まりました」

 それでも、始めた当初は担当している事件が一段落したら辞めようと考えていた。

「でも、事件がひっきりなしに起こるので、辞めるタイミングを失った感じですね」

 当時、事件取材は男性が担当するものという風潮があったというが、逆にそのことが彼女に火をつけたようだ。

「“女性でもきちんと取材ができる”という意地もあった気がします。ほかの取材班が諦めて帰るような現場でも、私だけは残って取材を続けました。地道な取材が実を結んだ結果、仕事がどんどん舞い込むようになりましたね」

 しかし、心が折れそうになったことも。

「司会を務めていた森光子さんがなかなか認めてくれなかったんです。森さんも苦労された期間が長かったから、簡単には人を認めないというポリシーがあったようで。でも、そんなことを知らなかった当時の私は、森さんが目も合わせてくれないことで心が折れて、“辞めさせてください”と伝えたことも。でも1年ほど続けたころに、森さんが認めてくださって。それで事件取材が私の仕事だという責任感が出てきました」

 以降、精力的に事件取材を行うようになるが、中でも忘れられないのが、'80年に起きた『神奈川金属バット両親殺害事件』だと振り返る。



「大学受験に失敗した男の子が両親から叱責されたことに腹を立て、金属バッドで両親を撲殺する……という凄惨な事件でした。

 その一報が入り、ディレクターとすぐに現場に向かうと規制線が張られる前だったこともあり、事件現場を目の前で見ることができたんですよ。2階の現場には水玉のカーテンがかかっていて、よく見たら、模様だと思った部分はすべて血痕。

 そんなすさまじい現場を間近で見るのが初めてでしたし、自分にも息子がいたこともあって、すごく考えさせられた事件でしたね」

 真摯に事件取材に取り組んできた東海林だが、ネット上では、あるデマがいまだに信じられていることに憤慨する。

■死ぬまでに払拭したい「デマ」





 '89年に起こった東京・埼玉連続幼女誘拐殺人事件だ。犯人の宮崎勤がアニメなどのオタクであることが報じられたことで、オタクバッシングが起こったが──。

「彼の逮捕直後に行われたコミックマーケットに、TBSのレポーターとして訪れ、そこで10万人を超える参加者を背にして“ここに10万人の宮崎勤がいます!”と発言したというデマがまるで真実のようにネットで書かれているんです。私が当時、出演していたワイドショーはフジテレビですし、局からして違うんです。

 私はどの現場でもいいかげんな気持ちで取材したことはないので、そんな発言をするわけがない。このデマだけは、死ぬまでに完全に払拭したいですね。コミックマーケットに取材に行ったことは1回もないですから」

 また東海林といえば、“ロッキンママ”の愛称で親しまれるほど、ビジュアル系バンド好きとしても知られている。

「X JAPANにインタビューする話が来たので調べてみたら、そのド派手な見た目に興味を持ったのが最初ですね。それで取材していくうちに、見た目と違って、みんなまじめな部分にハマっていたという感じです」

 なかでも、'98年に急逝したギタリストのHIDEさんには強い思い入れがある。



「彼は、おばあちゃんと同じ美容師を目指していたことがあるほどのおばあちゃんっ子。実家の近所の人には“就職もせず、あそこの子は何をしているの?”と長らく肩身の狭いを思いをしていたみたいなんですが、“紅白歌合戦に出てから、近所の人の見る目が変わった”と、うれしそうに語っていましたね。私があげたお年玉を使わずに持っていてくれたという話も聞いて、すごくうれしかったです」

■HIDEさんは自殺じゃない!?



 ソロ活動をスタートさせた'98年5月、自宅マンションのドアノブにかけたタオルで首をつった状態で発見されたHIDEさん。現場の状況から自殺と断定されたものの、東海林さんはこう語る。

「ソロ活動についていろいろアイデアを語るなど意気込んでいたし、死ぬようなタイミングではありませんでした。ギタリストはすごく肩がこるので、ドアにタオルなどを巻いて、肩をストレッチしたりするそうなんです。

 亡くなった日は打ち上げをして酔った状態で帰ったそうなので、いつものようにタオルで肩を伸ばそうとしたところ、事故になってしまったんじゃないかな。だから私は、今でも自殺ではないと信じています」

 破天荒な勝新太郎さんなど、これまで多くのスターを取材してきた。現在の芸能界はどう見えているのだろうか?

「世の中全体のコンプライアンスが厳しくなり、一般社会と芸能界の差もなくなってきていますよね。時代だからしかたないですが、昭和スターのような破天荒な人はもう生まれないのかと思うと、寂しく感じる部分もあります」

 最後にニュースを見る側の読者にこんなメッセージも。

「報道で伝えられるのは限度があるので、切り取られた情報だけで安易にバッシングせず、その事件が起こった背景なども想像してもらえればいいですね。今はSNSで気軽に意見が書ける時代ですが、感情のまま書き込むことで誰かを傷つける可能性があることもわかってほしいです」

週刊女性PRIME

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