緒方かな子 アイドル時代の「ステージ落下事件」の思い出

11月8日(金)7時0分 NEWSポストセブン

現在は「緒方かな子」

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 広島東洋カープの前監督・緒方孝市氏の妻で3児の母である緒方かな子は元人気アイドルで、アイドル時代には「学園祭の女王」とも呼ばれた。緒方が当時を振り返る。


 * * *

 当時の“学園祭の女王”という称号は、同じ事務所の先輩だった千堂あきほさんから受け継ぐような形でしたね。デビュー直後からグラビア活動をしながら学園祭に出演していたので、忙しくさせていただきました。まだ当時は高校生だったので、毎日のように“私なんかに務まるのか”とプレッシャーを感じていましたね。


 それに学園祭ライブの時はミニスカやボディコンの衣装にソバージュをかけたお姉さん風ファッションでした。デビュー曲『天使の罠』や『絆/KIZUNA』などセクシー路線の歌詞だったので、今思うと随分背伸びしていたなぁと感じます。


 もともと性格は大人しかったので、MCでカッコ良く「みんな盛り上がってる?」なんて言えず、どうしても「みなさん、盛り上がってますか?」と敬語になっちゃうんです。毎回“しまった!”と反省を繰り返していました。ですが本当にどこの学生さんも優しかった。“妹が頑張っている姿を温かく見守る”という感じだったのかもしれません。


 学生さんとの距離は近かったですが、悪ノリをされたこともなく、危ない目にも一切遭いませんでした。皆さんとても礼儀正しかったのを覚えています。


◆必死すぎてステージから「落下」


 正直に言うと、当時は歌もダンスもとにかく必死で、観客の盛り上がりを意識して動く余裕がありませんでした。最大のハプニングは、踊っていて気づいたらステージから落下していたことです(笑い)。


 一瞬、何が起きたかわからなくなって焦りましたが、慌てて「ごめんなさ〜い」と言いながら自力でステージに上がりました。当時はマネージャーが怖かったんです。いつも怖い顔でステージを睨んでるから“間違えないようにしないと”って必死でした。ただ、相当危なっかしい踊りだったみたいで、マネージャーは “やっぱり落ちたか!”と思ったそうですよ。


 ライブに挑む前はいつも、悩みや辛いことをライブの間だけは忘れて盛り上がってほしい! と思っていました。ライブが皆さんの学生時代の楽しい思い出の一つとして記憶していただけているのなら良かったと思います。


 当時はとにかく分刻みでイベントに出ていた慌ただしい日々でした。いま広島で妻として母として忙しくしていますが、どんなに大変でも、「あの頃に比べたらまだ頑張れる」って前向きになれています(笑い)。


【プロフィール】おがた・かなこ/1973年3月4日生まれ。広島県出身。1991年に中條かな子としてデビュー。1996年に広島東洋カープの緒方孝市選手と結婚し、3児の母となる。


取材・文■河合桃子


※週刊ポスト2019年11月8・15日号

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