『同期のサクラ』“1話1年”固定フォーマットで映し出される繊細な変化

11月11日(月)8時40分 オリコン

新水曜ドラマ『同期のサクラ』に主演する高畑充希 (C)日本テレビ

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 高畑充希主演&遊川和彦脚本で『過保護のカホコ』のスタッフが再集結した『同期のサクラ』(日本テレビ系)。どこまでもまっすぐな性格のサクラ(高畑)と4人の同期の10年間を、1話1年で見せる構成になっている。遊川作品の強烈で極端なキャラクターと展開は、好き嫌いがわかれるところだが、本作は第1話の冒頭でいきなりサクラが意識不明で病院のベッドに横たわっているシーンがあった。そのあまり重たさに早々に脱落した、あるいはしそうになったという視聴者も少なくなかったようだ。なぜ悲劇的な「現在」を先に見せたのか。

■『過保護のカホコ』から変わった遊川脚本の作風

『女王の教室』『家政婦のミタ』(日本テレビ系)など多数の人気ドラマを手がけてきた遊川和彦氏。しかし、朝ドラ『純と愛』(NHK総合)や『〇〇妻』(日本テレビ系)で絶望的な結末が一時期続いたことにより、“最終的に不幸なラストにもっていく脚本家”と思われたこともあった。

 それが救われた思いに変わったのが、『過保護のカホコ』(日本テレビ系)だ。ここでカホコは、湯川作品の登場人物たちが背負わされた長年の呪縛から解かれたように、恋によって成長し、「毒親」からの自立を果たす。さらに続く『ハケン占い師アタル』(テレビ朝日系)は、仕事をすること、仲間を持つことで毒親から解放されていった。

 そうした流れから、彼が残酷な後味の悪い結末を描かず、優しい世界を描くようになったのは、「父性」の芽生えではないかと感じたこともある。にもかかわらず、『同期のサクラ』の冒頭は『純と愛』のラストを思い出させるものとなっているのは、不思議に思えた。とくに、震災以降、現在に至るまで暗く重いドラマが視聴者に避けられる傾向があるなかで、なぜ再び?

 しかし、その理由は、ドラマを1話ずつ、サクラたちの過ごす時間を1年ずつ重ねていくなかで、徐々に見えてきた気がする。第1話で観るサクラは、無表情なロボット的演技で、あらゆる場面で空気を読まず、忖度せず、まっすぐに正論を言っては周囲を困惑させる面倒くさい存在に見えた。説教くさいキャラクターだと感じたり、苦手意識を持ったりした人もいたはずだ。また、まっすぐな瞳で熱く語るセリフ「私には夢があります!故郷の島に橋をかけることです。一生信じあえる仲間を作ることです。その仲間とたくさんの人を幸せにする建物を作ることです」には、暑苦しさに胸焼けを感じたり、ダサさにうんざりしたり、イライラした人もいたことと思う。

 サクラの言動に対する同期や同僚、上司などのドン引き具合は、そのまま視聴者の気持ちに重なっていただろう。しかし、その「暑苦しさ」「ダサさ」「イライラする不器用なまっすぐさ」が毎話1人ずつ同期を救い、変えていく。

■1話1年構成の固定フォーマットが毎回繰り返される

 このドラマの大きな特徴は、1話1年という構成とともに、完全に固定のフォーマットが毎回繰り返されることにある。一部視聴者の間では「水戸黄門方式」とも言われる、決まり切ったお約束の流れは、毎回サクラの病床でその回の主人公となる人物の回想から始まる。

 サクラが目を覚まし、家を出ると隣人に遭遇。人事部で指示されたことに疑問を持ち、上司の説明により納得。そこから同期の誰かに仕事でトラブルが起こり、同期同士でもめた後に、じいちゃんから励ましのFAXの言葉があり、サクラが夢を語り、その回の主人公に変化が訪れる。

 優しく、誰かを応援するのが好きだが、上司のパワハラで倒れた菊夫。華やかで仕事もできるが、自分の本当の居場所を常に探している百合。地道な努力家だが、壁にぶつかると他人のせいにする蓮太郎、野心家でお調子者の葵。1話ずつ焦点をあてるキャラが変わり、その人物の問題が浮き彫りになり、1人ずつ仲間が増えていく流れはある種の王道パターン。それぞれ自分と重ね合わせてみたり、共感したりする人が多い。巧妙なのは『ハケン占い師アタル』のときと同じく、これを固定フォーマットで見せることだ。

 しかも、本作では1話1年としているため、周囲の変化が際立ちやすい。髪型や服装、年齢や立場、距離感などでも変化が見られ、視聴者側は巧みに誘導されているにもかかわらず、それらを発見した快感を覚える。各回のメインとなった同期の変化はもちろんとして、たいした意味を持たないように見える隣人すらも着実に変化していることへの気づきが、妙な親近感につながっていく。

 サクラに対して鬱陶しい、暑苦しい、面倒くさいと感じていた同期たちの思いが変化していくように、視聴者の思いも変化していく。

■毎話わずかに温かさが加わっていく変化

 さらに見逃せないのは、サクラ自身の変化だ。サクラは一見ロボット演技で、ブレずに自分の夢を語り、忖度せず信念を貫き続けている。そんなサクラのまっすぐで熱い信念に揺り動かされ、大きく変化する同期たちに比べ、その変化は非常に小さく微かなものだ。

 しかし、同じ暑苦しいセリフを毎回繰り返しているからこそ、その表情に、語り口に、非常にかすかに柔かさや温かさが加わっていく変化を、視聴者は感じ取ることができる。これは高畑充希の繊細な演技あってのものだが、固定フォーマットによる誘導でもある。しかも、各話のメインとなる同期の抱える問題は、回を重ねるごとにどんどん内面的で複雑なものになってくる。

 同期たちの後には、おそらく上司も登場するだろう。しかし、いずれにしろもっとも複雑で厄介な最大の問題を抱えているラスボスは、サクラ自身のはずだ。そして、固定フォーマット通りにいくなら、ラストはそれぞれなんらかの形で救われる。

 ちなみに、同期の名前は植物だが、名字は北野サクラ(北極星)、月、木星、水星、土星で、北極星と、その周りの惑星になっていると大平太プロデューサーはインタビューで語っている。北極星はほとんど動かず、いつも中心にある目印として輝く大きな星。それを考えても、毎回冒頭で登場する病床のサクラが、悲劇の結末を迎えるはずがないと思うのだが……。
(文/田幸和歌子)

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