【追悼・瀬戸内寂聴さん】林真理子「今年6月に寂庵を訪ねて。最後に会った先生はまだまだ〈書きたい〉欲にあふれていた」

11月12日(金)19時50分 婦人公論.jp


瀬戸内寂聴さん(撮影:本社写真部)

『夏の終り』や現代語訳『源氏物語』などを著した作家・瀬戸内寂聴さんが11月9日、心不全のために亡くなられました。享年99。公私ともにお付き合いのあった作家・林真理子さんに瀬戸内さんとの思い出を伺いました。

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「私におごってくれるのは真理子さんだけ」


「さびしい……本当にさびしいですね。可愛がってくれた先輩がまた一人いなくなってしまいました」

大作家の訃報から一夜明け、林真理子さんは悲しみをにじませながら何度もそうつぶやいた。

瀬戸内さんと林さんの出会いは30年以上前のこと。

「たしか雑誌の対談だったと思います。大先輩ですからね、最初はびびりますよ。でも、怖くはなかった。先生の作品をたくさん読んでいましたから。その後、目をかけてくださったのは、私が『本屋の娘』だということがあるのでしょうね。好きというだけではなくて、毎日先生の作品が陳列されている本棚にはたきをかけていたわ……という一種独特の『近さ』があったのかもしれない」

その後、何度も食事を共にしてきたという。瀬戸内さんが上京した際には、林さんおすすめのレストランに案内したこともある。

「寂聴先生は〈私におごってくれるのは真理子さんだけだわ〉って、よく笑っていらっしゃいましたね」

「書いていなかったことがたくさんあるの」


林さんが最後に瀬戸内さんと直接話をしたのは2021年6月。『婦人公論』2022年新年号に掲載する対談のため、京都の寂庵に赴いた時だ。

「体調がお悪いと聞いていたのですが、お目にかかると驚くほどお元気でした。お庭で立って撮影もされていましたし、頭もしっかりされていました」


作家の林真理子さん

最初に瀬戸内さんから聞かれたのは、林さんの母のこと。林さんの母・みよ治さんは2017年に101歳で亡くなっている。

「〈あなたのお母さんのことについて聞きたかったのよ〉と。寂聴先生はうちの母の少し下の世代ですから、以前からずいぶん気にかけてくださっていました。母が亡くなった時には、葬儀の際に、それはそれは立派な灯籠をいただいて。

〈お母さん最後ぼけられた?〉と聞かれたので〈すごくしっかりしていたけど、100歳を超えたら少しぼけましたね〉と言うと、〈そうなのね〉とおっしゃっていました。ご自身が100歳を超えた後のことが気になっていたのかもしれません」

2020年に作家の宮尾登美子さんの評伝『綴る女』を上梓した林さんは、瀬戸内さんの評伝を執筆するという企画も話し合っていた。

「6月に伺った時に、〈先生はご自身のことをたくさん著書に書いていらっしゃるから、私が新たに「評伝」として書くことはあるのでしょうか?〉と申し上げたら、〈まだ書いていなかったことがたくさんあるの〉とおっしゃっていましたね。〈男性関係ですか?〉と尋ねると、〈そればっかりじゃないわ〉と。それがいったい何だったか、もうわからないのが心残りです」

私たち作家は、アンモラルの中で生きている


瀬戸内さんは、1943年に結婚、翌年に長女を出産するも、48年婚家を出奔。「瀬戸内晴美」として文壇で華々しく活躍しながら、妻子ある作家との恋愛がスキャンダルとして雑誌に取り上げられていた。『婦人公論』に掲載された手記「〈妻の座なき妻〉との訣別」などでもその内幕を明かしている。

1973年11月には岩手県平泉の中尊寺で得度受戒し、法名寂聴尼となる。その際の心境も、『婦人公論』で綴っている(「“佛の花嫁”になった私の真意」)。瀬戸内さんは人生の岐路ごとに、自身の気持ちを正直に明かしてきた。

作品としても『夏の終り』(女流文学賞受賞)『かの子繚乱』『青鞜』『花に問え』(谷崎潤一郎賞受賞)、現代語訳『源氏物語』などを精力的に執筆していった。

瀬戸内さんを「作家の枠を超えたスター」と林さんは評する。

「寂聴先生ほど誰もが知っている作家いないでしょう。ネットでは子どもを置いて不倫して、さんざんっぱら自分勝手なことをしていた人だと瀬戸内さんのことを言う人もいるけれど、何を言ってるんだろうと。半世紀以上前の話ですし、その出来事があったから、私たちは今先生のすごい小説が読める。そんな四角四面なことばかり言っていたら、文学なんていずれなくなるんじゃないか、と怖くなりましたね。私たち作家はアンモラルの中で生きているんだから。

とはいえ、私なんかはそんな度胸もチャンスもないから普通に生きていますけれども。先生に『真理子さんみたいにつまらない人生、女の作家としてダメね』と言われたこともありますよ。それほど先生は、そのつど命がけで生きてきたということなのだと」

最後に会った6月には、「亡くなった後のこと」を気にしているようだったと林さんは言う。

「寂聴先生は亡くなる前に、自分が客観的にどう見られたかが気になったんだと思う。『私の作品で後世まで残るのは、源氏物語の現代語訳だけよ』とはっきりおっしゃっていたから。一方で、まだまだ書きたい欲があるとも。これだけ書ききった人が、今以上何を望むのだろうかとも思うけれど、望まずにいられないのが作家なんでしょうね」


「人生の総決算は、死ぬ瞬間にしかできないのではないでしょうか」(撮影:本社写真部)

作家としても個人としても、あれほど幸せな人はいない


訃報が流れてからというもの、多くの人が瀬戸内さんとの思い出を語っている。そして林さんは瀬戸内さんを「あんな幸せな人はいない」と言う。

「いつもまわりにたくさん人がいて。死ぬまで現役で、編集者にも尊敬されて。孫のように可愛がっていた(秘書の瀬尾)まなほさんもいたし、そのお子さんもなついていました。さらに、お嬢さんとも和解して、今は交流していらっしゃる。『捨てた娘だから、頭が上がらないの』なんておっしゃっていたけれど。作家としても個人としてもあれほど幸せな人はいないです」

瀬戸内さんは、2021年1月の『婦人公論』のインタビューで、以下のように語っていた(「今年99歳。夜中に転倒し入院しても、いまだ書ける喜び」)。

〈人の運命というのは、どう動くかわかりません。人生の総決算は、死ぬ瞬間にしかできないのではないでしょうか〉

婦人公論.jp

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