「Lemon」熱唱で話題の徳永ゆうき「演歌と若者の架け橋になりたい」

11月14日(水)8時40分 オリコン

米津玄師の「Lemon」を熱唱し話題となった演歌歌手・徳永ゆうき(C)oricon ME inc.

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 先日放送された『演歌の乱〜ミリオンヒットJポップで紅白歌合戦SP〜』(TBS系)で、米津玄師の「Lemon」を熱唱し、大きな話題を呼んだ23歳の演歌歌手・徳永ゆうき。放送終了後、圧倒的な歌唱力と楽曲に真摯に向き合う姿勢が大絶賛され、SNS等でも若年層を中心に盛り上がりをみせた。演歌界には珍しく、師匠筋に当たる人がいないという徳永。映画や舞台でも活躍している彼の、“演歌”に対する想いを聞いた。

■米津玄師の「Lemon」熱唱も「叩かれるならしょうがないという気持ちだった」

——『演歌の乱』オンエア後の反響はすごかったのではないですか?
【徳永ゆうき】素直にビックリしていますね。ツイッターのフォロワー数も一気に増えましたし、普段連絡がない友達からも「徳ちゃんの『Lemon』聴いたで」みたいなメールがありました。僕は結構エゴサーチをするタイプなのですが、良いコメントをたくさんいただいたのは驚いたというか嬉しかったですね。

——反響は予想していなかった?
【徳永ゆうき】失礼なことですが、僕は普段、まったくポップスを聴かないので、歌う前まで米津玄師さんを存じ上げていなかったんです。でも歌ってみて、米津さんの歌の良さと、認知度の高さを実感しました。

——米津さんの「Lemon」を歌ううえで意識したことはありましたか?
【徳永ゆうき】こぶしを控え目に歌うことに心掛けました。はじめて聴く歌だったので、とにかくひたすら曲を聴いて耳に馴染ませたのですが、演歌しか歌ってこなかったので、つい油断するとサビでこぶしが出てしまうんですよね。本番でもやっぱりちょっとこぶしが回ってしまいました(笑)。でも「それがよかったよ」と言ってくれる人がいたのでホッとしました。

——歌う前はどんなお気持ちだったのですか?
【徳永ゆうき】とても人気の方だと聞いていたので、米津さんのファンにどう思われるのかなというのは、とても不安でした。特に、プロモーションビデオと同じようなシチュエーションから入ったので「ふざけとるな、こいつ!」って思われたら最悪だなと。でも一生懸命やったうえで、叩かれるならしょうがないという気持ちでやりました。

■技術は独学、演歌好きの両親のおかげで道が開けた

——不安のなか、番組に出ようと思ったのはどんな思いが?
【徳永ゆうき】前回も「前前前世」(RADWIMPS)を歌わせていただいたのですが、まったく交わらないと思っていた演歌とポップスの融合というのが、めちゃめちゃ面白いなという思いがあったんです。あとは、やっぱり演歌歌手の歌唱力というものも知ってもらいたいなという思いもありました。

——ポップスを歌ってみて、徳永さんのなかでなにか変わったことはありましたか?
【徳永ゆうき】いままで本当に演歌しか聴いてこなかったのですが、街中で流れている音楽が耳に入ってくるようになりましたね。自分のなかに壁を作っている部分があったのですが、いろいろ柔軟になったと思います。

——気になった曲やアーティストはいますか?
【徳永ゆうき】周囲から「buck numberさんとか歌ったらいいんじゃない?」とか言われましたね。個人的にはテンポが速い曲が苦手なんですよね。前回歌わせていただいた「前前前世」はとにかく難しくて……。僕はリズムとテンポに弱いんです(笑)。ゆったりとしたバラードとかの方があっていますね。

——演歌は小さいころから好きだったのですか?
【徳永ゆうき】両親、祖父祖母など家族みんなが相当な演歌好きで、小さいころから演歌ばかりが流れていた家で育ったんです。カラオケ行っても歌うのは演歌、家でも演歌の番組ばかり……。自然と演歌が自分のなかに染み込んでいました。

——青春時代も演歌一筋?
【徳永ゆうき】小学校4年生のとき千昌夫さんの「北国の春」を歌い始めたのがきっかけですかね。そのときからこぶしは回っていたようです(笑)。合唱コンクールでも、歌が好きなので大声を出して歌っていたのですが、一人だけこぶしを回していて、ほかの人とは違う存在だったのは薄々感じていました。

——仕事にしようと思ったのは?
【徳永ゆうき】高校2〜3年生のときですね。僕は鉄道も大好きなので、それまでは鉄道の仕事に就きたいと思っていたんです。でも高校2年の夏に友達から誘われてNHKの「のど自慢」に出場したんです。夏に大阪大会、年度末にチャンピオン大会に呼んでいただき、グランドチャンピオンになったんです。そのとき生演奏で歌ったのですが、会場いっぱいの拍手がとても気持ちよくて、歌手っていいなと思ったのがきっかけです。

——鉄道の仕事への未練はなかったのですか?
【徳永ゆうき】ギリギリまで悩みました。歌がうまくても目が出ない人もいる厳しい世界だという話を聞きましたが、歌手は誰でもなれる職業じゃないし、チャンスがあるなら頑張ってみようと思ったんです。

■舞台や映画でも活躍 「演歌歌手・徳永ゆうき」を知ってもらうために

——演歌歌手だけではなく、舞台や俳優の仕事など多岐にわたる活躍を見せていますね。
【徳永ゆうき】演歌が好きでこの世界に入ったので、しっかり歌を届けたいという思いはあります。ただ、いまの時代、どうやったら歌を広く知ってもらえるかなと考えたとき、演歌は柱としつつ、いろいろなことをやって徳永ゆうきという人物を知ってもらいたいと思ったんです。

——『家族はつらいよ』の山田洋次監督や「劇団☆新感線」など超一流の現場を経験されていますね。
【徳永ゆうき】ド緊張ですよ(笑)。まだ一人で歌っている方が楽です。皆さんすごい方たちばかりで「なんでここに俺がいるんだろう」って気分になります。でも山田監督にはすごく優しくしていただきました。舞台も映画もそうですが、演歌歌手だけやっていたら、絶対知り合えないような方々とご縁ができたのは嬉しかったです。同期や若手の皆さんとご飯に行くと「徳ちゃんうらやましいな」って言われることはありますね。

——演歌界の希望の星ですね。
【徳永ゆうき】デビューしてから常に思っているのが、演歌と若い人との架け橋になりたいという思いなんです。演歌というと、年配の方が聴くイメージだと思うのですが、今回のような番組に出演させていただくと、米津さんのファンに演歌歌手を知ってもらえるし、お年寄りが米津さんの曲を知るきっかけにもなる。幅広い層の方に良い歌を知ってもらえますよね。

■日本人のDNAに「こぶし」はある!?

——米津さんのファンと思われる方からも好意的な意見が多かったですね。
【徳永ゆうき】僕がサビで「あの日の悲しみさえ」という部分の“さえ”でこぶしが入ってしまったのですが、それを「“さえ”の部分が新鮮でした」とか「あの部分が気持ちよかった」と言ってくれる方がいるんです。やっぱり日本人のDNAにこぶしというのがあるのかなと思いましたね。

——大きな反響を呼んだ『演歌の乱』ですが、今後はどんな野望を?
【徳永ゆうき】もっと頑張って僕のことを知ってもらいつつ、演歌の良さも広めていきたいです。

——また次があったらどんな曲を歌ってみたいですか?
【徳永ゆうき】レミオロメンさんの「3月9日」とか「粉雪」などは、声質と合うのかなと。あとは兄がよく歌っていた「小さな恋のうた」(MONGOL800)とかもいいかもしれませんね。

(取材・文:磯部正和)

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