イッセー尾形 「役作りの人間観察はしない」理由

11月16日(土)16時0分 NEWSポストセブン

イッセー尾形が役作りを語る

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 映画史・時代劇研究家の春日太一氏がつづった週刊ポスト連載『役者は言葉でできている』。今回は、日本における一人芝居の第一人者である俳優・イッセー尾形が芝居を始めたきっかけ、役作りについて語った言葉をお届けする。


 * * *

 イッセー尾形は一九七一年、十九歳で演劇学校に入り、役者としてのスタートを切る。


「当時、ビル清掃のバイトをしていまして。同僚の女の子がパントマイムをやっていて、それに惹かれるものがあったんです。お客さんを巻き込んでパフォーマンスをすること自体に。


 僕は自分をスポーツマンだと思っていたんですが、勝ち負けよりも人がアッと驚くような技を見せることにウェイトがかかっていた気がします。ゴールキーパーやっていても、点をとられているのにカッコいいセービングやって、悔しがるパフォーマンスすることを大事にしたり。


 根は凄くシャイだと思っているんですけど、ゴールキーパーをやっていると自分を解放できたような気がしました。今から考えると、それが『役』だったんでしょうね。


 入った演劇学校がまた面白い所で。発声練習とか演劇の基礎は教えないんです。自分で本を書いて、演出して、共演者を選んで。小さなドラマを自分で作りなさい、というやり方でした。


 ネタとしては、『走れメロス』をミュージカル仕立てにしたりとか、好き勝手なことをやっていました。今に近いですね。


 最初から一人で作っていく世界を探求していたもので、それに勝る喜びはないだろうという勝手な思い込みがありました」


 その後、一人芝居の道に進み、現在に至るまで約四十年、数多くの役柄を演じてきた。


「ネタ作りの方法論はないなと思います。これを見て、こう考えたらできる──とか、そういうのはないんです。


 面白いセリフを一つ思いつく。そこからですね。駐車場の案内係がいて、『えっなに? 駐車場入りたいの?』『チカチカさせてるの、向こうの信号を左折するんじゃないんだ』なんて言葉がふと思いつくんです。それで非常に投げやりな男だな、と。


 で、この男をちょっとずつ膨らませていくわけです。流れがスムーズにいかないのがコツといえばコツなので、小さなトラブルを起こす。向こうとこっちで意見を対立させる。その対立がまた新しい対立を生む──というふうに広げていきます。そういう僕なりの教科書はあるんですが、最初のひと言を思いつく方法論はありません」


 日常的な役柄を演じることの多い尾形だが、役作りのための人間観察はしないという。


「舞台では人間観察以上のことをしたいんです。観察したところで、それ以上のものは舞台では反映できない。むしろ落っこっちゃう感じ。舞台の上って相当のボルテージがある空間ですから、普通の人が出てきても視線には耐えられません。


 人物を強くしなければ。あれこれ考えず『これ』しかない人物です。のんべんだらりではなく、何かにこだわる、こだわらざるをえなくなった人ですね。


 でも、見た目は再現したほうがお客さんと意識の通路が繋がります。見たことがない人が出てくると『これは誰?』となって引いてしまいます。


 外見はよく知っている人、けど中身は知らない人。そこのところは今でも格闘しています」


●かすが・たいち/1977年、東京都生まれ。主な著書に『天才 勝新太郎』『鬼才 五社英雄の生涯』(ともに文藝春秋)、『なぜ時代劇は滅びるのか』(新潮社)など。本連載をまとめた『すべての道は役者に通ず』(小学館)が発売中。


■撮影/藤岡正樹


※週刊ポスト2019年11月22日号

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