岸部一徳 『死の棘』で知った“棒読み”を生かす芝居哲学

11月17日(土)16時0分 NEWSポストセブン

岸部一徳が『死の棘』の思い出を語る

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 映画史・時代劇研究家の春日太一氏がつづった週刊ポスト連載『役者は言葉でできている』。今回は、俳優・岸部一徳が、数多く出演した大林宣彦監督作品、本格的に俳優の仕事に取り組むきっかけとなった小栗康平監督作『死の棘』に出演した思い出について語った言葉をお届けする。


 * * *

 ミュージシャンから俳優に転身した岸部一徳は、一九八〇年代以降は名監督たちの映画に次々と出演する。中でも大林宣彦監督作品には数多く出てきた。


「大林さんは映らないところをきちんと作る人です。たとえば、こうしてインタビューしているシーンを撮ったとして、机の上は映らないとします。でも、監督はそこも美術部に小道具を揃えさせる。それはたまたま美術の話ですが、俳優も同じだと思いました。省略はしちゃだめだ、という。自分が映っていないカットでも、誰かがやっているのならちゃんと向こう側に座って相手をする。


 僕は、芝居で大事なのはリアクションだと思っているところがあります。誰かが大事なセリフを言っている時にそれを聞いている、そのリアクション。むしろ、セリフで何かを言う側よりも、セリフを聞いて、それを自分の中でその役としてどう受け止め、どう感じているかを表現することの方が大事だという感じでいます。


 それと構図ですね。監督がどういう風な構図を作ろうとしていて、たとえば端っこに座っているなら、それがどう映るのか。そこを同時に考えているところもあります。監督はアングルで一つの画を作っていくわけですから、そのフレームにどう収まっているのかは考えますね」


 九〇年の小栗康平監督作『死の棘』では、精神を病んでいく妻(松坂慶子)に献身的に尽くす夫を演じ、高い評価を受ける。



「僕がやることに反対の声はありました。スターの松坂さんの相手が僕ではバランスが悪い、と。そこを監督が一年かけて説得してくれましてね。


 本当に難しい役でノイローゼ状態になりました。スタッフも『岸部さん、大丈夫ですかね』みたいに空気も孤立した感じで、大船の撮影所にどうやって通ったのかも後で思い出せないくらいでした。それでも監督だけは『大丈夫。それでいいんだよ』と言ってくれて。


 監督にはいろいろなことを教えてもらいました。たとえば『言葉』という意味一つも、他の人とは捉え方が違う。俳優はセリフがあってその言葉を使って相手に伝えて、それを観る人に伝えます。でも、『言葉が大事』と監督が言う時、『言葉がない方が伝わる』という意味で使われる。『感情を言葉に乗せて伝える時、言葉にした段階でもうその感情は小さくなっている』と。


 たしかに言葉にして伝えるには、頭でいちど整理していますよね。整理しているということは、本当に思ったことよりも小さく軽くなっているんですよ。そのことを分かった上で言わないといけない、ということです。


 だから監督は感情を乗せて抑揚をつけた言い方がダメで。僕はもともと棒読みタイプだったのですが『もっと棒読みでいいよ。その方が伝わるんだから』と言われました。撮影中はなかなか理解できないこともありましたが、完成したものを観て『監督が言っていたことはこういうことなんだな』と分かってきて。『本格的に仕事として俳優をやろう』と思うキッカケになりました」


●かすが・たいち/1977年、東京都生まれ。主な著書に『天才 勝新太郎』『鬼才 五社英雄の生涯』(ともに文藝春秋)、『なぜ時代劇は滅びるのか』(新潮社)など。本連載をまとめた『役者は一日にしてならず』(小学館)が発売中。


■撮影/藤岡雅樹


※週刊ポスト2018年11月23日号

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