校則全廃中学の校長、校内暴力全盛の駆け出し時代を振り返る

11月17日(日)12時40分 NEWSポストセブン

1日1回は校内を回るのが校長・西郷さんの日課。生徒の些細な変化にも気づきやすくなるという(撮影/浅野剛)

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 東京都世田谷区立桜丘中学校では、校則の全廃による服装や髪形の自由化のほか、チャイムは鳴らず、何時に登校してもいい。今年度から定期テストも廃止され、代わりに10点ないし20点の小テストを積み重ねる形式に切り替えられた。スマートフォン(スマホ)やタブレットの持ち込みが許可され、授業中も教室外での自習が認められている──これら画期的な学校改革は大きな注目を集め、新聞や雑誌、テレビでも取り上げられてきた。


 校長の西郷孝彦さん(65才)の初となる著書『校則なくした中学校 たったひとつの校長ルール』には「子育ての参考になった」「こんな先生に教わっていたら、人生が変わっていたかもしれない」などと、大きな反響が寄せられている。


◆学年の全問題児を自分のクラスで引き受ける


 画期的な学校改革を実践した西郷さんが教員になった1979年、ドラマ『3年B組金八先生』(TBS系)の放映が始まったが、この頃は全国の中学校が荒れていた。


 西郷さんが最初に配属されたのは養護学校(元・特別支援学校)だったが、その後に赴任した東京・大田区の中学校も御多分に洩れず、廊下でたき火をするのが普通に思えてしまうほど、校内暴力が吹き荒れていた。


 教員は力で子どもたちを押さえつけ、2年生、3年生になってくると、今度は生徒が教員をバカにする。学校生活を楽しめないから、フラストレーションをため込んだ上級生が下級生を締め付けもした。


 学校では、4月の新学期を前に、生徒の性格や成績を見て教員らが話し合いながら、各クラスにバランスよく生徒を配置していく。


 しかしある年、いわゆる不良や問題児が多く、どの教員も自分のクラスで彼らを引き受けようとしないことがあった。


「問題児の全員を、私のクラスで引き受けることにしました。尻込みするほかの教員には、むしろ彼らを任せたくないという思いもありました」(西郷さん・以下同)


 そんなリアル金八先生の世界で、西郷さんは、あっという間に生徒と打ち解けていった。クラスが一丸となって、文化祭を盛り上げたりもした。上級生が嫉妬して出し物を壊しに来たこともあったが、クラスの結束は固かった。


 いわゆる落ちこぼれの男子に、女子が束になって勉強を教えた。その甲斐あって、クラス全員が無事高校に進学した。これには学校中が驚いた。


「養護学校で学んだことそのままに、素の自分で生徒に向き合おうと考えていました。毎日、ただ生徒と真剣に遊ぶように過ごしていたんです」


 教員の多くは音を上げ、異動願いを出して学校を去って行く。だが西郷さんは、なぜかこの学校が好きだった。気づけば10年が経っていた。


 そんな西郷さんを見込んだ人がいた。当時、やはり荒れていた別の区の中学校の校長だ。西郷さんは、この校長に呼ばれ、新たな中学校でもまた、生徒と真剣に遊ぶように過ごしていた。ところが──。


「西郷、子どもと遊ぶのもいいが、ちゃんと勉強もしろ」


 そう諭され、校長はことあるごとに勉強会に西郷さんを帯同した。教育関係者にも引き合わせてくれ、論文も書くようすすめてくれた。西郷さんはそれに応えるかのように、教育関係の書物を読み漁った。


 恩師ともいえるこの校長に引き立てられ、改めて教員とは何かを学び直したのだった。


※女性セブン2019年11月28日号

NEWSポストセブン

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