熱海「貫一お宮像」に「暴力肯定・助長の意図なし」プレート

11月18日(金)7時0分 NEWSポストセブン

『金色夜叉』の山場を再現した「貫一お宮の像」

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「来年の今月今夜、この月を僕の涙で曇らせてみせる」舞台やドラマでお馴染みのこのセリフ。言わずと知れた『金色夜叉』の名シーンだ。作品の舞台である静岡県熱海市の海岸にはその場面を再現した主人公・貫一と許嫁だったお宮の銅像があり、観光名所となっている。最近、この銅像に異変が起きた。フリーライターの清水典之氏が報告する。


 * * *

 観光地・熱海を象徴する存在とも言える貫一お宮の像に、今年3月、1枚の金属プレートが設置された。この縦10cm×横40cmという、小さなプレートが物議を醸している。


 そこには日本語と英語で、「物語を忠実に再現したもので、決して暴力を肯定したり助長するものではありません」と書かれている。貫一がお宮を足蹴にするシーンを銅像で再現したことについて、“弁解”しているのだ。


 それが『金色夜叉』の名場面(*)と知る者からすれば、違和感を持つのが普通である。30年以上前(1985年)に建立された像に、なぜ今さらこんな弁解が必要になったのか。


【*『金色夜叉』の主人公・間貫一は貧乏学生だった。許嫁だった鴫沢宮(お宮)はある時、大富豪に見初められ貫一と別れることに。お宮の旅先である熱海まで追いかけ、問い詰める貫一。貫一は、「来年の今月今夜、この月を僕の涙で曇らせてみせる」「月が曇ったなら、何処かでお前を恨んで、今夜のように泣いていると思ってくれ」と言い、許しを請うお宮を足蹴にして去る。物語の山場であるその場面を再現したのが「貫一お宮の像」である。】


 今年9月2日放送の「羽鳥慎一モーニングショー」(テレビ朝日)がこの問題を取り上げた。番組では、熱海市が東京五輪を見据え、外国人観光客に女性蔑視と受け取られないよう、理解を求めるために設置したと説明。


 それに対し、出演者の一人でコメンテーターの玉川徹氏は、「『日本も100年前は男性がこうやって女性に暴力を振るうような国でした』って入れればいいんじゃないですか」と語った。さらに、日本在住54年のC・W・ニコル氏のコメントとして、「男性が女性を蹴ることは許せない。たとえ、文学作品の一部だとしても許せない。撤去したほうがいい」という、極端とも思える意見も伝えていた。


 しかし、こうした意見を受け入れると、スペイン内戦を描いたピカソの「ゲルニカ」を展示するには、「この作品は戦争を助長するものではありません。昔はこうして殺し合うのが当たり前でした」などという注釈が必要になる。女性が殺人の被害者になるようなテレビドラマも、女性への虐待を助長するとして、放送禁止である。


◆市長宛てに「恥ずかしい」と強い抗議


 改めて、プレート設置の経緯を知るため、熱海市の担当部署を訪ねた。


「数年前からメールや手紙で『(貫一お宮の像が)女性への暴力を容認していると誤解を招くのでは』といったご意見が複数寄せられ、市議会議員からも外国人観光客への対応について指摘されました。


 そうした中に、ある女性の大学教授から市長宛ての強い抗議のメールがあった。『こんな像があったら、恥ずかしくて熱海には外国からのお客様を連れて行けない』という内容で、それが直接のきっかけになったと思います。そうは言っても像は熱海の財産で、市民も慣れ親しんでいる。撤去するとなれば別の大きな問題になります。説明のプレートを設けるのが、市ができるギリギリのラインでした」(都市整備課公園緑地室)


 熱海市では毎年、貫一が涙で月を曇らせる“今月今夜”の1月17日に、原作者の尾崎紅葉を偲ぶ「紅葉祭」を開催し、熱海芸妓組合の芸者らが名場面の寸劇を披露しているという。多くの熱海市民は『金色夜叉』の舞台であることを誇りに思っているのだ。


 熱海市の担当者によれば、女性蔑視の像だと抗議をしてきたのはみな日本人で、外国人からの抗議はこれまで1件もないという。


 貫一お宮の像の観光ガイドで、毎日のように外国人観光客と接している観光ボランティアの田中明博氏に外国人の反応を聞いた。


「像に立ち寄る外国人観光客は台湾や中国からのお客さんがほとんどです。像の説明をすると皆さん納得されますし、ポーズを真似て記念写真を撮ることも多い。カップルの場合、だいたい8割は女性が男性を足蹴にしています(笑)。問題視した人は今まで誰もいません。(プレート設置を取り上げた)番組は見ていませんが、実情も知らずに無責任なことを言っていたんじゃないでしょうか」


「外国人ならこう思うに違いない」と勝手に忖度した日本人が騒ぐという、よくある構図が透けて見える。


◆銅像は日本人に愛された証し


 そもそも『金色夜叉』は、1897年(明治30年)から読売新聞で連載され、当時から非常に人気が高かった作品だ。「前編」「中編」「後編」「続金色夜叉」「続続金色夜叉」「新続金色夜叉」と6編まで続き、書籍も大ベストセラーになった。作者の尾崎紅葉が執筆中に35歳の若さで急逝したため未完に終わったが、昭和に入ってからも繰り返し舞台化・映画化されている。


 風俗史家の下川耿史氏はこう話す。


「明治時代から日本にはびこり始めた拝金主義に対するアンチテーゼを描いた作品で、作中のシーンが銅像になったこと自体が、日本人に愛された証しと言えます。それを撤去しろとはいかがなものか」


 また、こうした圧力は別の面からも問題がある。女性の人権を守れと言いながら、表現や言論の自由を弾圧しているに等しく、批判している人々にそうした自覚はあるのだろうか。


 貫一お宮の像が「女性蔑視」に見える人には、『金色夜叉』の一読をぜひお勧めしたい。


【PROFILE】清水典之/しみず・みちゆき。1966年愛知県生まれ。大阪大学工学部造船学科卒業。1991年よりフリーランス。著書に『「脱・石油社会」日本は逆襲する』(光文社刊)。


※SAPIO2016年12月号

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