カリスマ演劇P・細川展裕氏 演劇通じて雇用生み出す仕事術

11月20日(火)16時0分 NEWSポストセブン

演劇プロデューサーの細川展裕氏

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 俳優陣とスタッフの総称を、映画ではよく監督の名字をとって「〇〇組」と呼ぶ。一方、演劇では「カンパニー」と称される。


 映画のエンディングロールで最後に出てくるのは監督であるのに対し、演劇のチラシやパンフで、カンパニーの最後にクレジットされるのは制作者(プロデューサー)の名前だ。芝居をつくる「共同体」の総責任者である。


 劇団☆新感線のプロデューサー・細川展裕は11月9日、初日を迎えた『メタルマクベス』disc3の劇場前に立ち、関係者を出迎えていた。どの公演でも時間があれば劇場で観客を出迎えるのは長年の習慣だ。


 演劇プロデューサーの仕事は、キャスティング(配役)と制作費の管理が主な仕事だ。細川が制作プロデューサーを務める『メタルマクベス』disc3の稽古場で、出演俳優陣のひとりであるベテラン俳優のラサール石井に尋ねると、


「金勘定をするプロデューサーって、普通は『生活感のある主婦』みたいな雰囲気があるもんだけど、細川さんはふわっとしていて人に苦労を見せないんだよね。どんなスター俳優が来ても、ぜんぜん媚びずにしゃべるし。(大橋)巨泉さんみたいな人だね。相手が誰でもスッと懐に入って、フランクに話ができる人」


 と話してくれた。どうやら、細川は普通の演劇プロデューサーとは少し違うらしい。


 劇団☆新感線の看板俳優・古田新太によると、他の劇団の飲み会にちょっとした隙間があればウナギのようにニョロニョロと潜り込んで交友関係を広げ、自分がプロデュースする芝居に俳優を招くのだという。その様を見て古田は細川を「ウナギ」とか「ニョロ」と呼ぶようになった。



 細川が演劇の世界に入ったのは1985年。幼馴染の鴻上尚史に誘われたのがきっかけだった。ブレーク直前の劇団「第三舞台」を主宰していた鴻上は、細川を招いた理由をこう語る。


「第三舞台をビジネスとして観てくれる人は細川しかいなかった」


 演劇に全く興味がなかった細川は、使う劇場を大きくする、公演数を増やすなどして、冷徹な目で芝居のビジネス化を図った。その土台の上に、鴻上の社会批評眼と文学性、身体表現をフィーチャーした芝居がバブル時代の熱気や狂気とともに膨れ上がり、第三舞台は1990年代の演劇界を席巻した。


◆演劇を通じて雇用を産み出す


 だが時は流れ、鴻上との別れがやってくる。そんな傷心の細川に声を掛けたのが「劇団☆新感線」だった。


 1980年に旗揚げした劇団☆新感線は、いまでこそ日本初の客席が回転する劇場(IHIステージアラウンド東京)でのロングラン公演で、計70万人を集客するオバケ劇団となったが、元々は「大阪のアンポンタン学生劇団」(細川)だった。


 細川は劇団☆新感線をプロデュースするにあたって、作品の種類を整理し、より集客を見込める作品を多く上演するようにした。細川を迎えた新感線は、従来のお笑いギャグたっぷりの演目に加え、物語性が高いエンターテインメント作品の領域に踏み出す。さらに、劇団の外から人気俳優を招いて主演にキャスティングする方式を定着化させ、一気にファン層を拡大した。これまでの集客数は220万人にのぼる。



 第三舞台と劇団☆新感線。ともに時代の先端だが、方向性はまるで違う。しかし不思議なことに、プロデューサーはともに細川である。細川は言う。


「脚本や芝居の中身については何も言わない。上演時間が長すぎるときは短くしてって言うぐらいかな」


 幼馴染の鴻上はもちろんのこと、劇団☆新感線を主宰する、いのうえひでのりに対しても「いのうえさんが面白いというものがあるかぎり、新感線は続く」と言うほど、信頼は厚い。劇団主宰者の個性を最大限に認め、いい意味で作品の内容にこだわりがない。だから、方向性の異なる劇団の制作が務まったのかもしれない。


 ただ、信頼を寄せる役者に対しては、意見を伝えることもある。このたび上梓した初の著書『演劇プロデューサーという仕事 「第三舞台」「劇団☆新感線」はなぜヒットしたのか』(小学館刊)では、『髑髏城の七人Season鳥』(2017年)の公演での出来事について書いている。


 織田信長の影武者だった「天魔王」を演じる森山未來が、突然稽古場で「その通り!」というセリフを「エグザクトリィ(exactly)!」と言い換えた。本番が進むにつれて「エグザクトリィ!」は増殖したが、細川は1か所だけ気になるところを指摘したという。


〈──舞台本番中。未來は支度部屋にいる。部屋には約4人の床山さん(カツラを結う職人)がいる。



細川「未來、あそこはさぁ」

未來「なんっすか?」

細川「流れからいって、パーハプス(perhaps)かメイビー(maybe)じゃないか?」

未來「みんな、わかる?」(床山さんに尋ねる)

床山「……」

未來「ほら、難しい英語はダメでしょ」

細川「そうかなぁ、そのくらいいけると思うけど」

未來「ていうか、その話、いま必要ですか?」

細川「悪い、悪い」

未來「とにかく、やってきますわ」


 未來はちょっとイラっとして、そのシーンに向かいました。


 私は「ま、たしかにな、終わってからにするか」と、楽屋のモニターで観ていました。そして耳に飛び込んできたセリフは……。


「多分、エグザクトリィ!」


 客席は、少し沸いていたようです。


(中略)


 裏に戻ってきた未來は、右手の親指を立ててニヤリとサインを送ってきたので、私は「ま、良かったんじゃないの」と声には出さず、サインを送り返しました〉



 細川に演劇プロデューサーという仕事とは何かと尋ねると、こう答えが返ってきた。


「演劇を通して雇用を生み出すこと」


 新感線の演劇公演にかかわる俳優陣とスタッフを合わせたカンパニーのメンバー数は多いときで150人。新感線はカンパニーとしては破格の大人数を“雇用”し続けていた。


 とここまで書くと、どれだけ敏腕プロデューサーかと思う読者がいるかもしれない。だが、古くから細川を知る新感線のスタッフはこう話す。


「ああ見えて、究極の小心者です」


 著作が出版されて以降、仕事中でも飲み会の席でも本の売れ行きが気になって仕方がない。アマゾンのランキングを見ては、一喜一憂する毎日を送っている。


●ほそかわ・のぶひろ/1958年、愛媛県新居浜市出身。関西大学社会学部卒。レコード会社の営業マンをしているとき、幼馴染の劇団「第三舞台」主宰・鴻上尚史に誘われ、1985年から同劇団のプロデューサー。2000年、「劇団☆新感線」の運営会社ヴィレッヂ会長。郷里・愛媛でバー「エピタフ」を開業。


■撮影/江森康之 取材・文/河野正一郎


※週刊ポスト2018年11月30日号

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