「牙城目掛けて怒涛の如く」“ダンディすぎる棋士”中川大輔八段の武張った文体がすごい

11月22日(金)11時0分 文春オンライン

 定跡書。買ってしまうのである。中飛車や石田流にボコボコにやられ、なにくそと、対策用に「中飛車破り」「石田流破り」などと題された定跡書を買う。あるいは、もっと楽に攻め倒せる戦法はないものか、という思いから、「急戦矢倉」の本なども買ったりする。奇襲戦法にハメられ、頭に来て奇襲対策用の本も物色する。



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 で、そうして買った本を、実は、精読はしないことをここに告白します。一通り最後まで読む場合ももちろんあるけれど、多くの場合が、パラパラと気になる部分を拾い読みして、「ま、基本俺は『観る将』だし」と言い訳しつつ、割ときれいなまま本棚の肥やしにしてしまう。


 そんな読み方だから、当然棋力は上がらない。上がらないのだけど、新しい定跡書が発売されると、つい気になって、どれどれと手を伸ばしてしまう。私はいいお客です。


灼けた肌にはダンディな男の色気が漂う


 買えども強くはならない。が、気づいたこともある。定跡書にも「文体」や「スタイル」があるということに。正確にいうと、独特の文体やスタイルで定跡書を書く先生がいる、ということに。


 中川大輔八段が、そのお一人である。


 逸話には事欠かない棋士である。順位戦での行方尚史七段(当時)との死闘や、NHK杯での羽生善治二冠(当時)との激闘、からの頓死などは、多くの将棋ファンの知るところだ。強い駒音には闘志が漲り、灼けた肌にはダンディな男の色気が漂う。登山を愛する体育会系棋士であると同時に、粋なスーツをさらりと着こなすオシャレなLEON系棋士。



 そんな中川八段が物する定跡書は、一言でいうと、剣術の指南書、である。とにかく文章の端々に武張った雰囲気が漂っているのだ。


いかにも和のテイスト、武張った趣が出ている


『 すぐ勝てる! 矢倉崩し 』(マイナビ出版)という本を見てみる。これは、中川流右四間飛車で矢倉囲いを崩すことを主眼にした定跡書なのだが、戦法の骨子を説明した「はじめに」の章から、早くも他の棋書には見られない、独特の雰囲気が出ている。


 定跡書には、肝となる局面の図、いわゆる途中図というものがつきもので、それらは、第1図、第2図という具合に番号が振られるのが相場だ。しかし、中川八段の本は違う。まず、「春図」とあって驚く。以下、夏図、秋図、冬図と続き、雪図、月図、花図、さらには星、風、雲、霧まで出てくる。数字でもアルファベットでもなく、漢字。それも四季や景物を表す漢字を当てるところに、いかにも和のテイスト、武張った趣が出ている。



中川八段にかかると、定跡書の小見出しは……


 とはいえ、第1章に入ってからは、他の棋書と同じく、途中図の表記には数字が使われている。これは読者の利便性を考えてのことだろう。途中図は、変化の仕方によっては20を超える局面が必要になってくる。それらすべてに漢字を割り振るのは煩雑であろうし、読みにくくなるはずだ。


 だが、武辺に生きる(と、もはや勝手にキャラクター付けしてしまうが)中川八段は、途中図の表記ではなく、別の部分できちんと中川節を見せてくださる。それは、小見出しにおいて、である。


 横書きの、いわゆる「次の一手形式」の定跡書だとその限りではないが、縦書きの定跡書の場合、指し手を数手示したあと、続く小見出しでその数手の狙いや結果を表すという構成が多い。いくつか例を示すと、



・挟撃態勢を作る

・角交換を狙う

・二枚飛車が厳しく先手勝勢



 とまあ、定跡書の小見出しというと、このような書き方が一般的。だが、中川八段にかかると、小見出しもこんな調子になる。



・飛車をたたっ切る(p31)

・旺盛な攻撃精神の発露(p87)

・騎虎の勢い決戦的態度(p100)

・風雲急を告げる(p105)

・どう来られようと中川流で行く(p116)

・△5二金寄で虎口を脱する(p118)

・牙城目掛けて怒涛の如く(p138)



 実に雄々しい書きっぷりである。剣戟の音や鬨の声が聞えてきそうな小見出しではないか。飛車を切る、ではダメで、たたっ切らないといけないのである。



まるで時代小説の一文のようだ


 また、第3章は実戦編ということで、七局の自戦記が載録されているのだが、ここでも中川節は光っている。


「主力の飛車が1六ではもはやカカシ同然、スズメも驚かないありさまである」(p158)などは、まだユーモラスな語り口ともいえるが、



「万全の体勢となったので勇躍△6五歩。矢は弦を放たれた」(p166)


「先手が困ったかに見えたが、飯塚六段裂帛の気合で▲5二飛成と切る」(p189)


 とくると、まるで時代小説の一文のようだ。飯塚六段(当時)は本当に裂帛の気合を上げたのだろうか、近くにいた人は驚いたんじゃないだろうか、と少し心配になる。


 また、ある自戦記では、結びの文章にこう綴られている。


「重い荷物を背負い、一キロのあなたに運ぶとする。一番苦しいのはあと数メートルのときであるが、額に脂をにじませ最後のひと頑張りが何よりも肝要となるのである」(p193)


 あれ? これ将棋の本だったよな、と、戸惑いつつも、筆圧の強いメッセージに感動すら覚える。将棋を習っていながら、同時に人生の要諦を授けられているような心持ちにもなる中川八段の『 すぐ勝てる! 矢倉崩し 』、強くお勧めする次第である。



解説で「マジか!」「やばい!」とカジュアルな言葉を連発


 さて、もうお一方、私が注目する書き手をご紹介したい。


 藤森哲也五段である。32歳。プロ入りから8年、キャリア的には中堅の入り口に差しかかった辺りだろうか。師匠・塚田泰明九段譲りの攻めの棋風が持ち味の棋士である。



 藤森五段というと、2017年、加古川青流戦での解説コメントの弾けっぷりが記憶に新しい。対局者の一人である藤井聡太四段(当時)の妙手に対して、「マジか!」「やばい!」と、およそ解説者らしからぬカジュアルな言葉を連発し、対局終盤、解説の相方を務めた勝又清和六段から、「敗勢となった都成竜馬四段(当時)は何が悪かったの?」と問われて、「相手です」と言ってのけ、将棋ファンからナイスコメントの評価を得つつも、別の方面では、そのコメントが物議を醸したり醸さなかったりした藤森五段である。


 このエピソードからも窺えるように、先に紹介した中川八段に比べると、藤森五段の言動はやや重みに欠ける嫌いがあるかもしれない。が、逆にいえば、気さくなあんちゃんともいうべきそのキャラクターが、多くのファンから愛されていることも確かだ。


本文に関してはお遊びの要素はない


 その人柄は、藤森五段の定跡書にも表れている。中川八段とは対照的に、藤森五段の書く小見出しは、カジュアル感に溢れている。『 藤森式青野流 絶対退かない横歩取り 』(マイナビ出版)から拾ってみる。



・先着1名様の角(p30)

・ひょっこり角(p37)

・全ツッパ(p62)

・ギリチョンセーフ(p64)

・がんがんいこうぜ(p73)

あばれる君(p89)

・急ぐ必要はない。僕らには時間がある(p100)

・バビョーンして先手勝勢(p104)

・右ひじ左ひじ(p155)

・月にかわっておしおき(p157)

・みんながんばれ(p167)

・考えるな感じろ(p191)

・逃げちゃダメだ逃げちゃダメだ(p197)

・よろしくお願いしまぁぁぁす!(p199)



 まだある。まだめっちゃあるのだが、紙幅の関係もあり、ひとまずこれだけにした。


 実に軽い。カジュアルすぎる小見出しである。が、それゆえに初級者にはとっつきやすいともいえる。「桂跳ねの攻めが成立」と書かれるより、「バビョーンして先手勝勢」と書いてくれたほうが記憶に定着しやすい、と歓迎する人もいるかもしれない。


 将棋の定跡書だからといって、なにもしかつめらしく書かなきゃいけないという決まりはない。そして本書において、カジュアルなのはあくまで小見出しだけで、本文に関してはお遊びの要素はなく、簡潔に明快に書かれ、内容は大変充実しているということは付記しておきたい。



 今後も、さまざまな先生方が、さまざまな定跡書を書かれるだろう。その中には、程度の差こそあれ、書き手のキャラクターが反映された、ユニークな文体やスタイルの定跡書があるはずだ。定跡書とは棋力向上のために読むもの、であるけれども、それ以外の楽しみもあるのだと、観る将ならぬ、“読む将”の私は思うのである。




(大崎 知仁)

文春オンライン

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