朝ドラ『エール』モデル・古関裕而とオリンピック・マーチ秘話「苦心したが、会心の作だ」

11月26日(木)13時30分 婦人公論.jp


1962年、自宅の書斎で楽譜をめくる古関裕而(写真提供:古関正裕さん)

NHK連続テレビ小説『エール』で、窪田正孝さんが演じる主人公・古山裕一のモデルは、名作曲家・古関裕而(こせきゆうじ)だ。今週は、娘・華の結婚、そしてオリンピック・マーチ作曲が描かれている。古関の評伝を書いた刑部芳則さん(日本大学准教授)によれば、スポーツ音楽を多数手がけた古関は、意外にも運動を苦手としていたそうで……
※本稿は、評伝『古関裕而 流行作曲家と激動の昭和』(刑部芳則・著/中公新書)の一部を、再編集したものです

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3代目の「巨人軍の歌」──闘魂こめて


古関の勇壮なメロディーがスポーツ音楽に適していたことは、すでに述べてきた。

読売巨人軍の応援歌は、昭和14(1939)年に初代の「野球の王者」を古関が作曲し、同24年に2代目の「ジャイアンツ・ソング」を米山正夫が作曲した。そして昭和37年に現在も使われている3代目を作ることとなった。

昭和37年11月に歌詞募集を行ったところ、12月15日の締め切りまでに2万892点の応募が集まった。昭和38年1月10日に西条八十、古関、読売巨人軍監督・川上哲治(かわかみ・てつはる)らの最終審査を経て、同月19日に椿三平の作詞に決まった。


『古関裕而 流行作曲家と激動の昭和』(刑部芳則・著/中公新書)※電子版もあり

読売巨人軍創設30周年を記念して作られた「巨人軍の歌」は、「闘魂こめて、大空へ、球は飛ぶ飛ぶ、炎と燃えて……ジャイアンツ、ジャイアンツ、ゆけゆけ、それゆけ、巨人軍」と、今も歌われているため、ご存知の方も多いだろう。歌い出しを取った別名「闘魂こめて」で親しまれている。「巨人軍の歌」は、昭和38年3月に発売されたが、一番を守屋浩、二番を三鷹淳、三番を若山彰が吹き込むという、異色の形を取っている。

ところで、出世作である「紺碧の空」に始まり、生涯に数多くのスポーツに関する音楽を作曲しているが、古関自身はスポーツが苦手であった。「小さいときから運動神経が鈍いほうだった」、「走りっこも学校時代は一番ビリだったし、跳び馬なんかもできないし、金棒にぶらさがることも不得手だった」という。

そのコンプレックスをばねにして、「実技としてのスポーツはできないけれども、音楽の上でスポーツをやる」、「明朗なはぎれのいい音楽を書きたい」との意欲から、力強いスポーツの名曲が生まれたのである。古関の意外な一面がうかがえる。


1963年、日本作曲家協会満5周年の記念に(写真提供:古関正裕さん)

古賀政男との違い、再び


スポーツに関する音楽で古関にとって一番の功績が、オリンピック東京大会に関するものである。

オリンピック東京大会を1年後に控えた昭和38(1963)年、NHKの委嘱で「東京五輪音頭」を作ることとなった。作曲は古関ではなく、古賀政男に白羽の矢が立った。アジアで初のオリンピックを盛り上げる応援ソングであった。

オリンピックの各種競技に倣って、「東京五輪音頭」(作詞・宮田隆、作曲・古賀政男)はレコード各社の競作という形が取られた。古賀は民謡出身で大人気であった三橋美智也が歌うキング盤が1位を取ると予想していた。だが、その予想に反して一位を取ったのは、国民的歌手となる三波春夫が歌ったテイチク盤であった。「東京五輪音頭」は、各社合計で300万枚という大ヒットになった。

昭和38年の紅白歌合戦では全員が合唱し、日活では三波が出演する「東京五輪音頭」の映画も作られた。昭和39年の夏には、どこの盆踊りでも「ハァーあの日ローマでながめた月が、ソレトトントネ、きょうは都の空照らす、四年たったらまた会いましょうと、かたい約束夢じゃない、ヨイショコーリャ夢じゃない、オリンピックの顔と顔、ソレトトント、トトント、顔と顔」というレコードが流れていた。


古関夫妻の長男・古関正裕さんの著書『君はるか 古関裕而と金子の恋』集英社インターナショナル

これに対して古関は、昭和39年6月に日刊スポーツ新聞社選定の「オリンピック日の丸音頭」を作曲している。日刊スポーツが独自にオリンピックを盛り上げようとしたのだろう。畠山みどり、梶光夫、円山鈴子、大下八郎を動員したが、「ハァー夢にまで見た、みな待ちわびた、オリンピックの幕びらき……パットパット咲け日の丸の花、パットパット咲け世界の空に」という「オリンピック日の丸音頭」はヒットしなかった。

オリンピックを待ちわびて応援する大衆の音頭づくりは、歌謡界の王者である古賀に軍配が上がった。最初の出会いから30年以上が経っても、歌謡曲(流行歌)的要素で勝負する場合、古関は古賀に勝てなかった。しかし、クラシック的要素が求められたとしたら話は別である。古関には古賀では絶対に作ることができない別の大役が待っていた。

マーチに対する自信 ──「オリンピック・マーチ」


オリンピックの組織委員会とNHKは、大会の入場曲などを古関に依頼した。この依頼を受けた古関は、とても喜んだようである。古関の長女雅子は、「父が大変興奮して戻って参り、「東京オリンピックの行進曲を書くことになったよ」と母と私に話しました。行進曲を依頼されたという喜びに、父のマーチに対する自信と意欲を、つぶさに感じさせられたのです。私は父の喜びが尋常ではないとその時感じた」と回想している。

古関によれば、昭和39年2月に依頼があり、6月に曲が完成したという。「オリンピック・マーチ」の作曲については、「考えている時間が長く、ペンをとったら一気に書き上げました」、「少しでもこんどの大会を成功させたいという気持で書いたんです」と語っている。「君が代行進曲」や「軍艦行進曲」を参考にしようとは思わず、「私にとって東京オリムピックにふさわしいマーチがどんどん浮かんでくる。私はひたすらこれを書き取った」という。

つくった甲斐がありました


そして、昭和39年10月10日の午後2時、晴れ渡る神宮外苑の国立競技場でオリンピック東京大会の開会式が開催された。「オリンピック・マーチ」の演奏が始まると、ギリシャを先頭に各国選手団が競技場へと入ってくる。

テレビ中継放送のNHKアナウンサー北出清五郎は、「心も浮き立つような古関裕而作曲のオリンピック・マーチが鳴り響きます。そしてオリンピック発祥の地、ライトブルーと白の国旗もすがすがしく、常にオリンピック入場行進の先頭に立つ栄光の国、オリンピックのふるさとギリシャの入場であります……」と、入場行進の模様を伝えた。

「オリンピック・マーチ」は、陸・海・空の自衛隊、皇宮警察、警視庁、神奈川県警など県警本部、東京消防庁の各音楽隊の総勢565人によって演奏された。古関は「自ら会心の作と自負する『オリンピック・マーチ』を聴きながら、選手団の入場行進を愛用の8ミリカメラで撮影していた」。長男正裕は「自分が、日本の戦後の復興の証しである一大国家イベントに参加出来た、ということに誇りと満足感を抱き、このイベントを自分の記録として残したかったのではないかと思う」と述べている。

古関にとって「オリンピック・マーチ」は自信作であった。古関は「この曲には苦心したが、会心の作だ」と語り、「つくった甲斐がありました」とも述べている。

「忘却こそ創作の泉」


「オリンピック・マーチ」の創作には、意外な工夫があった。オリンピックの組織委員会とNHKからは「日本的なもの」という要求が出された。古関は「マーチは私には書きなれたジャンルなのですが、日本の東京でやるオリンピックなので、日本的な感じを出すのに苦心しました。しかし日本的というと、雅楽風、民謡風になりがちなのですが、それでは若い人の祭典向きではないので、それを捨て私の楽想のわくままに書いたのです。ただ、曲の最後に君が代の後半のメロディーを入れました」と述べている。

日本的なメロディーとして、雅楽や民謡を用いることはしなかったが、「君が代」の後半部分を取り入れたのであった。「オリンピック・マーチ」を漠然と聴いている者にとっては、目から鱗が落ちる話だろう。しかし、この手法を使ったのは、今回が初めてではなかった。

昭和17年4月に発売された「皇軍の戦果輝く」の曲の最後は「オリンピック・マーチ」と同じ終わり方をしている。この点は本書で初めて指摘するのだが、おそらく22年も前に作曲し、しかもヒットしなかった「皇軍の戦果輝く」を古関は忘れていたと思われる。

なぜなら、古関は作曲の秘訣について「片っ端から忘れていくんです。覚えていたら、気になって、作れるものじゃありません」、「忘却こそ創作の泉」と述べているからだ。また別のところでも「私は過去に作曲したものは、一部覚えているものもあるが、どんどん忘れていく」、「むしろ新しい音楽が次から次へと浮かんでくるので、作り終わった曲を覚えているいとまがない」と語っている。

無意識のうちに、アジア・太平洋戦争を勝ち抜くために使った「君が代」の後半部分と、オリンピックを成功させるために使ったそれとが一致したのである。戦争とスポーツとでは意味が大きく異なるが、国と国とが勝負で競い合うという点で共通している。応援する国民の心が一つになることや、勝って国旗を掲揚し、国歌を歌うということも似ている。このように類似点が重なれば、古関の頭に浮かんだ「日本的なもの」が一致したのも自然であったかもしれない。

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ほかにも、評伝『古関裕而 流行作曲家と激動の昭和』(刑部芳則・著/中公新書)では、ドラマでは早足で過ぎ去った数々の名曲について詳しく解説している

ドラマ完結記念!「エール ありがとうメドレー」

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