BLANKEY JET CITY・浅井健一が離婚していた! 妻が語る「宇宙愛で繋がった関係」

11月29日(金)17時0分 週刊女性PRIME

BLANKEY JET CITYの’98年のヒットシングル『赤いタンバリン』のCDジャケット

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 浅井健一といえば、90年代の日本を代表するロックバンド『BLANKEY JET CITY』でその名を馳せたボーカル兼ギタリスト。椎名林檎もぞっこんに惚れ込んだロックミュージシャンだ。‘00年にバンドは解散したが、現在でもソロや、バンド『SHERBETS』などで精力的に活動している。

 パンク少年だった浅井には、“怖い”“不良”といったイメージが付きまとっていたが、‘96年にモデルだったOさんと結婚。その後、3人の子どもを授かり、次第にその性格も柔らかいものへと変わっていったようだ。

 雑誌のインタビューでも、子どもを溺愛するコメントがよく見受けられた。‘09年の雑誌インタビューでは《子供たちがいてくれることが、自分の生きがいを感じる時かな。めちゃんこかわいいもん》と、うれしそうに語ってた。

■著書に書かれていたことと、妻が語ったこと



 そんな浅井が‘18年に出版した著書『宇宙の匂い』に気になる一文を発見した。

《「夫婦2人で共にする必要な経験は終わったから、新しい形をお互い別々に生きる事にしよう」。これは彼女の言葉。ちょっと時間が過ぎたけど、少し前から僕はそういう状況で生きている》

 すでに離婚しているということか。本誌は浅井の自宅へ向かった。

「浅井さんなら、今でもよく見かけますよ。子どもたちが小さなときは、近くの公園で一緒に遊んでいたり、車で家族と出かけたりしていました」(近所の住人)

 浅井の自宅から出てきたOさんを直撃した。

「プライベートなことはお答えできません」と言いつつも、記者の質問に答えてくれた。

——すでに離婚されている?

「ええ。でも今、彼とはすごくいい関係なんですよ。彼も週の半分は、こちらに来て、子どもたちと過ごしています。それ以外は別宅にいるんですが、距離があるほうが、離婚する前よりもいい関係です。

(浅井から)“お互い頑張って20年いたので、そんな恥じることではないし、いい関係だから、堂々としていよう”と言われました。ステージアップした感じ」

——けんか別れではない?

「私たちはものすごく縁が深くて、お互いに思いやりを持って一緒になったので、努力を重ねて、子どもを3人も授かって、愛を持って育ててきました。でも、パートナーシップって、時期が来ると変わってくる関係性ってありますよね。お互いが違う世界を見たくなったんです。人それぞれが持っている魂、目的を生きるべきだと思います」



■「養育費はちゃんと払ってもらっています」



——子育てがある程度終わったから離婚した?

「それは、そうです。下の子へのケアは続けていますけれど。お互いを通した共同作業と学びが終わっちゃったんですよ。夫婦愛だったのが、宇宙愛に代わっちゃったんです。だから私たちは宇宙愛で繋がった関係なんでしょうね」

——毎日一緒にいるのはきつかったということ?

「きついとかじゃないんです。パートナーシップって、修行とか学びなんですよ。けんかしながらも努力して」

——子どもがいるから離婚しない夫婦もいるが?

「責任もあるし、学ばなきゃいけないことから逃げちゃダメ。でも、もう学びがないんだなと。お互い成長し合える、共同作業の……」

——やれることはやりつくした?

「やりました。もう、誰に恥じることもない。私たちの理想の子育て像としてお手本になるっていうくらい、お互いに頑張ったと思います。本当に子どもたちはいい子だし、彼も父親として立派でした。養育費はちゃんと払ってもらっています」

 Oさんは離婚した年に、自宅でヒーリングサロンを開いている。子育てのかたわら、アロマテラピーを通して美容や自然療法などを学んでいた。ハワイアンマッサージの技術も習得して、新たな生活を楽しんでいるようだ。

 別の日、再び自宅を訪れると、今度はインターホン越しに浅井本人が出た。離婚しても帰ってくるというのは本当だった。

——一昨年に離婚した?

「去年、本に書いたから、ファンの間では知られたことなんだけど。一般社会には通知してあるから、何を書いてもいいですけど、子どもにはなるべく配慮してほしい。今日家にいるのは、前の奥さんが出張でいないので、オレが子どもの面倒をみるという状態。もう話すことはないから、帰ってください」

“ガチャッ”とインターホンは切られた。伝説のミュージシャンと元モデルの夫婦は、宇宙という別次元の世界をエンジョイしているようだ。

週刊女性PRIME

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