川井郁子×川井花音「ヴァイオリンを習わせるのは諦めたけれど。娘はよい聞き手であり、厳しいアドバイスもくれる」

11月30日(火)11時45分 婦人公論.jp


川井郁子さん(左)と娘の花音さん(写真提供◎川井さん)

音楽家活動20周年を記念して、明智光秀の娘・細川ガラシャを題材とした音楽舞台『月に抱かれた日・序章』を12月に予定しているヴァイオリニストの川井郁子さん。自身の集大成とも言えるこの度の舞台では、企画から原作、演出、作曲まで一人で行い、指揮を執りました。劇中で幼少期のガラシャを演じる一人娘の花音さんとともに、お話を伺います。
(構成=岡宗真由子)

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自分で自分の生き方を選んだ女性


すべてを一人で手がけるというのは、私にとって初めての試みです。今までの舞台は、チームでワイワイ作り上げたり、私のアイデアをお伝えして各分野のプロフェッショナルの方に仕上げていただいたりしていました。でも今回は、コロナ禍でスタッフが密になって話し合う場が持てない制約と、観客の方を前にした演奏活動ができず有り余る時間があったため、一人で練り上げることにしたんです。

細川ガラシャを題材にするというアイデアは、長年温めてきました。細川ガラシャは明智光秀の娘で、細川忠興の妻となった女性です。婚姻後に洗礼を受けてクリスチャンとなりました。敵方の人質に取られることを拒絶して、壮絶な死を遂げたことで知られています。


音楽舞台『月に抱かれた日・序章』イメージ写真(写真提供◎アイケイ・オフィス)

450年前当時の時代背景を考えると、ガラシャは自分で自分の生き方を選んだ稀有な女性。日本の歴史に、彼女以前に意思を持って死を選んだ女性の名は残されていません。戦国時代はそれだけ過酷で、女性が自分を貫き通すのはとても困難なことでした。ガラシャはカトリックの信仰のため自害することも許されなかったし、侍女たちを巻き込むこともしなかった。生か死か究極の選択を迫られる場面で、高貴な生き方を貫き、それを侍女たちに「ここで起こったことを後世に伝えるために生きよ」と伝言していました。

そしてガラシャがクリスチャンであったため、宣教師たちによって遠くヨーロッパの貴族にまで、この物語は語り継がれることになったのです。「強き貴婦人」というタイトルの戯曲として17世紀に伝えられ、オーストリア女大公、マリア・テレジアが幼かった娘のマリー・アントワネットに鑑賞させていました。

力になってくれたのは娘


フランス国王ルイ16世に嫁いだアントワネットは、フランス革命で民衆に捕らえられ死を待つ前夜に、妹に向けた手紙で「ガラシャのように潔く最期を迎える」と綴っていました。死によって歴史に名を刻まれた二人の女性。遠く時空を超えた結びつきがあったことを含めて多くの方に知っていただきたいという思いがあります。そしてガラシャとアントワネットは、私がライフワークとしてきた「東洋と西洋の融合」に相応しい題材に思えるのです。


圧倒的なパフォーマンスで観客を魅了する川井さん(写真提供◎アイケイ・オフィス)

本当の20周年であった2020年に、コロナによって上演できなかったこの舞台は、構想の途中でさまざまな事情で一旦白紙に戻り、再構築することで生まれ変わりました。舞台というのは初めにストーリーがあり、音楽をそこに当てていくイメージがあると思いますが、逆に音楽に合わせて世界観を考えるという作り込みもして、両者が呼応しあうようなものができ上がりました。

今までの舞台とは違って、音楽とストーリーのバランスが拮抗する進化した作品です。また、今回のテーマに「越境」があります。東洋と西洋、ヴァイオリンと和楽器、最先端技術と歴史絵巻が交錯する「越境」の妙を、ぜひ劇場で体感していただけたらと思います。

作曲、原作、演出まで一人で挑むと決めたものの、並大抵なことではありませんでした。その時、力になってくれたのは娘です。私は聞き手が必要な人間。話すことでアイデアが整理されたり、膨らんだりして創作が進みます。娘はいつも忌憚ない意見を聞かせてくれて、私の思いつかなかったアイデアもくれました。娘は今回の舞台の出演者でもあります。


川井さんの娘・花音さん(写真提供◎アイケイ・オフィス)

今は絵を描くことが一番好き


花音 「子どもだから無責任に言えるだけです。お母さんは仕事をする相手を思いやったり、締め切りがあったりして譲歩することに慣れてしまっています。でもお母さんが迷っている時、私は『いい舞台を作る』という観点だけでアドバイスができるので、いいのだと思います」

この度の舞台は、娘のエッセンスが散りばめられたものになりました。娘は私にとって、本当にいい聞き手なのです。一方、私は娘に、勉強や生活態度など、ああしてこうしてと言ったことはほとんどありません。ただ、幼い頃習わせたバイオリンだけはダメでした。娘が弾いているのに、自分が弾いているような感覚に陥って、口を出してしまいました。

子どもを持つ前は、音大仲間が「自分の子に自分の楽器を習わせたくない」と言っていた意味がわからなかったのですが、今はわかります。私は娘に自分の好きなことをやってほしい。娘は表現するのが好きで、演じることも興味があったようなので、私からお願いして今回の舞台でガラシャの幼少期を演じてもらうことにしました。


川井さんの舞台の楽屋を訪ねた花音さん

花音 「一度は断ったのですが、何度か頼まれて引き受けることにしました。舞台で演じることは嫌いではなく、不得意なことをやるのではなければ、人前で何かすることで緊張するほうではないかもしれません」

娘が小さい頃に私が自分のコンサートから戻り、感想を聞いたら「私が、あっち(舞台)に立ちたかった!」と言われたことがあります。

花音 「覚えてないですね(笑)。演奏家になりたいというのは思っていません。演じることにも興味はありますが、今は絵を描くことが一番好きです」


花音さんの作品

1人での子育てに不安はなかった


娘は家でも飽きることなく絵を描いています。一人で出かけていった美術展でピカソの原画を見て「今までで一番感動した」と帰宅してきました。心ゆくまで打ち込んでほしいと応援しています。

花音 「尊敬する画家の模写をしたりして勉強しています。色の使い方、構図を真似ることで発見がたくさんあって楽しい。最近は、早めのクリスマスプレゼントでピカソの全作品集を買ってもらいました。ピカソ以外はシャガールやモーリス・ドニ、パウル・クレーが好きです」

娘は小さい頃から独立心が強く、流されることがなくて、なんでも一人で決める子どもでした。小学1年生の頃に自室を与えたら、それから一緒に寝てくれなくなってしまって。「一緒に寝てくれない?」ってお願いしても「ごめんね」って断られるんです(笑)。寂しかったですよ。

中学3年になった今では、夜に朝食とお弁当のおかずを用意しておくと、朝は私を起こすことなく1人で学校に行きます。夜中に創作や演奏をしている私を気遣って、「何かあったら声をかけてね」と手紙も書いておくのに返事ももらえず、私は「逆ネグレクト」って言っています(笑)。「我が子がずっと話しかけてきて、自分のことができず煩わしい」なんて言う方には羨ましさを感じますね。

娘が幼いころに離婚しているのですが、娘は幼い頃からしっかり者だったので、1人で子育てしていくことに不安はありませんでした。私は、心から元夫と結婚してよかった、そして離婚してよかった、と思っていますし、それを正直に娘に言っています。「お父さんに似て頭がよく生まれてきてよかったね」と娘に言うこともあります。

表現者として似ているところがある


強いて娘の欠点を言うなら、片付けが苦手なところ。今までは私が片付けてしまったほうが楽だったので注意してこなかったのですが、海外留学も考えていると聞いて、この頃は生活習慣を身に付けさせないと!と思いたちました。「片付けなさい」だけは最近うるさく言っています(笑)。それでも娘は口ごたえすることはなくて、反抗期らしい反抗期は今の所ありません。そっけない答えしかもらえないことはありますけど。

花音「私は母のせいでイライラするということはありません。私が勝手にイライラしているだけで、そういう時は母が話しかけてくる内容があまり頭に入ってこなくなってしまい、つい適当に返事をしてしまいます」


舞台での共演も、息ぴったり(写真提供◎川井さん)

娘と性格はあまり似ていない私ですが、表現者としては似ているなと感じることがあります。今回の舞台のコンサートパートには公私共に交流のある秋川雅史さんがゲストに来てくださいます。秋川さんが私の優れているところと言ってくださったのが「音楽のイメージ力」でした。

音楽を奏でていると、こんなことをやりたいあんなこともやってみたい、と浮かんできます。娘も音楽を聴いて絵を描くことがあり、何かを表現したいという思いが同じで、親子だなと感じています。

メディアの母は「見ていて恥ずかしい」


花音 「以前はよく音楽を聴いて、特定の感情が湧いてきて絵画を描くこともありました。今は絵を描く時あまり音楽を聴いていませんが、あるシーンが浮かんできて、絵以外の方法で表現したいなと思うことがあります」

娘にはとにかく好きなことで表現者になってほしいと思っています。夢は娘との共演。娘の絵画の個展で私が演奏する未来を楽しみにしています。あなたから私に何かメッセージはありますか?(笑)

花音 「お母さんは、コンサートの時もそうですが、メディアに出た時、お話しするのが下手で、見ていて恥ずかしくなる時があります。しゃべろうと思ったことをまず『こうあるべき』というところに当てはめてから喋っているようで、正直な気持ちを口にしているように見えないんです。いつも通りにしたほうがいいのになって思います」

厳しいですね(笑)。実は、本当に一番緊張するのが喋ることなんです。台本があればいいのですが、自由に喋ってくださいっていうのが大の苦手。言葉に対する怖さとか、ためらいのような感覚を持っていて。だからこそ演奏する時に、普段発散できないものを解放しているのかもしれません。演奏している時は別人だね、といつも言われてしまいます。

後進を育てたいという思いが強くなり


外見をお褒めいただくこともありますが、普段は自分のことはあまり構う方ではないです。美容や健康のためにほとんど努力をしていません。食事は娘と一緒なので気をつけているだけで、娘がいない時はひどいもの(笑)。強いていうなら、週1回のピラティスが私の健康法です。

ピラティスのトレーナーさんはお医者さんより私の体を理解してくださっています。ここのところ、なぜかうまく弾けないなと思っていたら、原因になっている体の不調を見抜いて下さって、腕が動くようになったり。母の更年期が酷かったので、年齢による体の変化を恐れていたのですが、ピラティスのおかげなのか、苦しむことはありませんでした。

後進を育てたいという思いは、近頃とても強く感じています。この度のコンサートも、後進の刺激になったら嬉しい。これからのアートは、各分野をまたいだ科学反応で生まれると思っているからです。私の教えている大阪芸術大学にはたくさんのジャンルの学生がいますが、専門分野の研鑽だけに集中しがち。今後は、ジャンルを超えて交わる機会がもっと増えていくと良いなと思っています。

そんな思いもあって、この度の舞台には、いろんなジャンルの表現を志す学生さんをリハーサルに招待したいと思っています。映像技術を学ぶ人に、映像と音楽と組み合わせるとこういうふうに見えるんだ、とか、楽器をやっている人にもこういう楽器の組み合わせでこんなに音が飛翔することがあるんだ、とか、体感してもらえたらと思っています。私の舞台が、アートの科学反応が生まれるきっかけになったとしたら最高に嬉しいですね。

婦人公論.jp

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