越乃リュウ「初めての台詞のある役が。緊張した私に声をかけてくれたのは天海祐希さんだった」

12月1日(水)12時45分 婦人公論.jp


「泣いたり笑ったり、感情が忙しく、激しく過ぎて行った初舞台の思い出は私の大切な宝物です」(写真提供:越乃さん 以下すべて)

圧倒的なオーラを放つトップスターの存在、一糸乱れぬダンスや歌唱、壮大なスケールの舞台装置や豪華な衣裳でファンを魅了してやまない宝塚歌劇団。初の公演が大正3年(1914年)、今年で107年の歴史を持ちながら常に進化し続ける「タカラヅカ」には「花・月・雪・星・宙」5つの組が存在します。そのなかで各組の生徒たちをまとめ、引っ張っていく存在が「組長」。史上最年少で月組の組長を務めた越乃リュウさんが、宝塚時代の思い出や学び、日常を綴ります。第10回は「忘れられない景色」のお話です

* * * * * * *

あの瞬間、私は舞台の魔法にかかった


ずっと忘れられない景色があります。

初舞台の幕が開いた瞬間に見た景色
眩しいスポットライト
バレエの発表会で立っていた舞台より遥かに大きく
照明も音も全てが違う
宝塚という世界に立ったあの瞬間

あの瞬間 私は舞台の魔法にかかりました。

初舞台公演は口上から始まります。
「これから舞台人として出発いたします。
何卒宜しくお願い申し上げます」
という意味を込めて 口上を述べていきます。

音楽学校とは全く違う劇団員としての緊張感の中、全ての事が初めてで
初日の幕が開くまで連日ひたすら稽古を重ねていきます。
泣いたり笑ったり、感情が忙しく激しく過ぎて行った初舞台の思い出は
私の大切な宝物です。

そんな日々を過ごしたのちにやってきた初日、
幕が開いた瞬間の景色。
眩しいスポットライトに
「あぁ 気持ちいいなぁ」と感じた事を今でもはっきり覚えています。


初舞台公演は海外ミュージカルの作品「グランドホテル」

オープニングの曲が流れた瞬間から鳥肌


初舞台公演は
「グランドホテル」
「ブロードウェイボーイズ」
でした。

あれからかれこれ
28年……。
えー⁉️もうそんなに……。
時の流れる速さに驚かされます。

『グランドホテル』は海外ミュージカルの作品でした。
宝塚にはめずらしく、人生にたそがれた登場人物たちが
ベルリンの一流ホテル『グランドホテル』で繰り広げる人間模様の作品でした。

初舞台で余裕など全くあるわけもなく、
この作品の素晴らしさを知ったのは、
2017年の月組であった再演を観てからでした。
オープニングの曲が流れた瞬間から鳥肌総立ちで
懐かしさと演出の面白さ素晴らしい音楽に、
素敵な作品だなぁと改めてこの作品が好きになりました。


音楽学校とは全く違う劇団員としての緊張があった

初舞台のあとは「組まわり」


初舞台公演が終わると、組配属はせずに各組での公演に研修のような形で出演する
「組まわり」というものがありました。今でもあるのでしょうか?

いろんな組で勉強をしなさいという事なのでしょう。
私は花組と星組に出演しました。

月組で初舞台なので、ベースは月組になります。
団体生活をする上で、ある程度の決まり事は必要になってきますが
組の決まりはそれぞれでして
組を回っていろいろ学んできなさいという意味を知ったり、
先輩方の努力されている姿や、稽古の進め方などを近くで見て学ぶという
なんとも贅沢な時間を過したわけです。

上級生をひたすら見て、まずは真似から入ります。
花組に出演したときには、真矢ミキさんのハスキーボイスに憧れてわざと低く
かすれたような声を出していたら
どうしたの?どこか悪いの?と言われたこともありました。

素敵だなと憧れる上級生の方から声をかけてもらえた日には
テンションスーパーアップで、ラインダンスの足なんて
耳の横まで余裕で上がるのではないかと思うほど嬉しかった事を覚えています。

そんな組まわりの時も経て
月組に配属が決まり
「月組 越乃リュウ」として私の宝塚人生は走り出しました。

しかし
昔からの恥ずかしがり屋の性格は、なかなか変われません。

そうです。
お芝居をやる事が……というより人前で声を出す事が恥ずかしいのです。

台詞なんて言わなくていい。
マイクなんていらない。
ただ踊っていられたらいい。
あんな役がやりたい、注目されたいなどとは全く思いませんでした。
毎日踊っていられることが、ただただ幸せでした。

「大丈夫?」と声を掛けてくれたのは


そんなある日、とうとう私に台詞のある役がついてしまいました。
『LE MISTRAL』という天海祐希さんと久世星佳さんが主演の公演でした。
袖から出てきてすぐ死ぬ役だったのですが、
ただそれだけなのに、何とも恥ずかしくて恥ずかしくて、
人目も気になるし、どうやったらいいかもわからないし、
稽古場は本当に嫌でした。
どんな話だったのか、自分のその場面しか覚えていませんが、
相当嫌だったという記憶だけはしっかりとあります。

役をいただけて、台詞をいただけて喜ぶべきなのに、
私の心は憂鬱でした。

そんなとき、
「大丈夫?」
私の何かを察してくださったかのように声を掛けてくださった方がいました。

突然の事で更に緊張した私は、
勢いで「はい!ありがとうございます!」
とだけ返事をし、その場を去ってしまいましたが
あれは忘れられない出来事でした。

その方は当時月組のトップスターさんだった天海祐希さんでした。

今も月組の下級生達に受け継がれ


初舞台生から見るとトップスターさんは雲の上の人で、
話しかけることはかなりハードルの高い事柄でした。

天海さんはそれから何度となく声をかけてくれました。
気取らず、学年関係なく目線を合わせて話をしてくださる方でした。

こうやったらよりよくなるということを教えてくれたり、
自分が学んできたことを惜しみなく教えてくれる
私が一番刺激をうけたトップスターさんでした。

男役の手の作り方も天海さんから教わりました。
女性の手は男性に比べると厚みが薄い。
手は、男役として衣装を纏っていない素肌が出てしまう箇所になるから、
大きく強く見せる意識が必要だと。
厚みのある手を作るには、野球ボールを掴んだ時の手の空間を利用して作っていく。
常に手を意識することで、
そこに「何か」が生まれ、感情や温かさ、強さや繊細さの表現となる。

私の男役としてのベースはそこにあります。
その教えを受け継ぎ、今も月組の下級生達に受け継がれています。

組長になってから、何かの式典で天海さんにお会いしたことがありました。
「リュウちゃん」と話しかけてくださり、
あの頃の恥ずかしがり屋の私が蘇りました。

あの頃と違うのは、
あの頃より少し度胸がついたことと
出てきてすぐに死ぬ役も、今ならもっと存在感を出して
うまく死ねる自信があるということです。

※次回の配信は、12月15日(水)の予定です

婦人公論.jp

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