テーマは「特別ではない一日」 日常にある忘れがたい出来事

12月2日(月)11時0分 文春オンライン

 文学ムック『たべるのがおそい』は芥川賞候補作品を世に送り出し、日本の文学界に大きなインパクトを与えた。第7号をもって終刊したこの『たべおそ』を編んだ西崎憲さんが、新たに柏書房とタッグを組み、短文集シリーズ〈kaze no tanbun〉をプロデュースした。


「『たべおそ』はムックというかたちでしたが、今回はアンソロジーとなります。第一弾のテーマは『特別ではない一日』なのですが、実感がありつつ、作者や読者の想像力を狭めないものを、と考えた結果でした。ちょっと素っ気ない語列ですが、じつはパラドクスを含んでいて、つまり『特別ではない』と限定した瞬間にその一日は逆に『特別』になってしまう。シリーズは全3回を予定しています」



西崎憲さん


 第一弾は、芥川賞作家の円城塔柴崎友香、伝説的な幻想文学作家・山尾悠子など文章家17人が「短文」を寄せている。


「短文って、文字通り短いわけですが、優れたものはとにかく記憶に残る。ぼくはドイツの批評家ベンヤミンが好きなのですが、彼は短文の名手。『一方通行路』という本の中に、忘れられない文章があって、道が入り組んでいるので、あまり通らないようにしていた街のある区域に、ある日自分の好きな人間が引っ越す。するとその人の部屋の窓がまるでサーチライトみたいに光を放って自分はその区域でも迷わなくなった、という内容なのですが、ぼくはたぶん死ぬまでこの文を忘れない。日常でもそういう短文のように忘れがたいことが時々起こりますね。誰かの代わりに参加した温泉旅行で、それは花見が主な目的だったのだけど、寒い春だったので、桜を見あげているうちに空から雪が舞い落ちてきたとか、そういうもの。詩にもエッセイにも小説にも寄せない種類の文が明らかにあるように感じています」


 本の作りにも趣向を凝らした。17人の書き手が並ぶことで、雑多に見えてしまうことを考え、それぞれの短文の扉から著者名を取りのぞいた。また、作中からセンテンスを抜き出し、ページの各所にちりばめた。


「アンソロジーではあるのですが、主役はブックデザインと短文ということですね。とにかくそれはいつも頭にありました。仕事は通常、手間を省くようにできています。でも、今回は目的第一で、そういう常識や合理性を排してみたかった。だからまず、デザイナーの奥定(泰之)さんに、ブックデザインから作ってください、って頼んでみました。さすがに断られましたけど(笑)」


 アンソロジーの製作過程を、noteでも公開。作業途中の写真もアップされている。「製作過程をそのまま宣伝にしよう、と考えたんです。印刷会社にチェックに行った時の映像に自分で作った音楽を付けて、YouTubeで公開もします。それも本作りの一部。商業性と合理性をいったん棚上げして、全ての過程を全力でやって、それでどうなるか、それが知りたかったのかもしれないです」



にしざきけん/1955年青森県出身。85年作曲家デビュー。2002年『世界の果ての庭』で第14回日本ファンタジーノベル大賞を受賞。15年、日本翻訳大賞を創設、選考委員を務める。





(「週刊文春」編集部/週刊文春 2019年11月28日号)

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