「墓は私を苦しめてきた」と語る男性の「墓じまい」まで

12月3日(土)7時0分 NEWSポストセブン

抱えるお墓事情はさまざま

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 今さらだが、お墓って何だ。『大辞泉』には「遺体・遺骨を埋葬した場所。また、そこに記念のために建てられた建造物。塚」とある。


 人が亡くなると、法律的に「しなければならない」のは、役所に死亡届を提出して火葬許可証を受け取り、火葬することだけだ。火葬終了後に交付される埋葬許可証を墓地の管理者に提出すると、遺骨を埋葬できる。必ず埋葬しなければならないわけではなく、仮に家で遺骨を延々保管していても法に触れない。しかし「家」単位のお墓に入れる習わしが続いてきた。


「家墓(いえはか)」という言葉がある。旧民法では長男が一族を統率する「戸主」の身分を継いだため、一家のお墓も継承した。その名残りなのである。新民法で「戸主」はなくなり、きょうだい全員が平等になったが、お墓は今も長男が継ぐのが一般的だ。


「お墓は、私を苦しめてきた“家制度”そのものだったんです」


 ふりしぼるようにそう言ったのは、都内に住む会社員の佐藤純一さん(41才、仮名)だ。11月に岩手県内の実家のお墓に“最後のお墓参り”をし、墓じまいをしたばかりで、今「改葬」の真っ只中にいる。年末に、佐藤さんが信仰する宗派の永代供養墓に納骨する。


 改葬とは遺骨を移動させること、墓じまいとは元のお墓を閉じて解体処分し、区画を管理者に返すこと。墓じまいは改葬の1ステップだが、遺骨を墓石を建てない形態のところ(納骨堂、合葬墓、散骨など)に移動させるケースが多く、佐藤さんの場合もそうだ。


 佐藤さんは岩手県に生まれ育ち、姉と弟のいる長男。父は勤務医だった。母が、同居の祖母に「佐藤家の家風に従いなさい」ときつく当たられているのが、子供心につらかった。もっとも佐藤さんの実家ばかりでなく、「家風」を重んじる家は少なくないだろうが、とりわけ東北地方はその度合が強いのだという。佐藤さん自身も、事あるごとに「長男だから」「跡継ぎだから」と言われ、「窮屈でしかたなかった」と話す。大学進学で地元を離れた。


 20才の時に母が病気で亡くなった。母の妹たちが「お姉ちゃんは佐藤家に殺されたようなもの」とつぶやいたことを覚えている。


 佐藤家には、岩手県内の霊園に父が1960年代に建てた立派なお墓があった。菩提寺は禅宗。お墓に入っていたのは曽祖父と祖父母、母だ。この夏、父が亡くなり、佐藤さんはそのお墓をたたむことを選んだのだ。


「つまり、佐藤家の“店じまい”です」


 長く準備した上での決断だという。


 なんと、佐藤さんは4年前に得度したそうだ。妻との不仲など「しんどいこと」が折り重なり「全てを赦ゆるさなければ(ありのままを認めなければ)」の心境からの得度だったが、「菩提寺との縁切り」「佐藤家の“店じまい”」も、うっすらと心の奥底にあり、これが墓じまいへの助走となった。



 まだ元気だった父に得度したと伝えると、「じゃあオレの葬式はお前にやってもらおうか。あの坊主、気に入らないしな」。母の戒名は100万円。父にとっても菩提寺は「金をふんだくられるだけ」の関係。


 親戚に「得度したので、いずれ父の見送りは私がやります」と話し、姉と弟にも伝え、特段の反対はなかった。


 入院中の父が「そろそろ危ない」となった今年7月、佐藤さんは菩提寺に赴き、住職に父の状況と自分たちきょうだいが3人とも東京住まいであることを説明した上、切り出した。


「実は私は僧侶資格を持っています。代々のお墓も含め、私が弔っていきたいと思います。父が亡くなっても、私が父の菩提を弔わせていただきます。檀家から抜けさせてください」


 60代の住職は、口角を下げた。


「あのねえ、佐藤さん。個人がキリスト教だろうがイスラム教だろうが、家の墓は関係ないの。東京に行ってもアメリカに行っても関係ないの。みなさんにそう話すの」

 

 噛んで含むように言った後、こう続けた。


「だけれども、あなたが僧侶になったのなら、そうは言えない。文句は言いません」


 佐藤さんは心の中で小躍りした。しかも、150万円くらいかもと覚悟していた離檀料は「7万円」と住職の方から言った。すんなりと改葬に必要な書類を出してくれたという。


 父の葬式は、佐藤さんが得度した宗派の僧侶に来てもらって営んだ。そして近親者10人が花や菓子など供物を持って集まり、墓じまいを決行したのだ。抜魂供養の読経は「最後だから」と元の菩提寺に、遺骨の取り出しやお墓の解体など一連の改葬作業はネットで探した株式会社「まごころ価格ドットコム」(東京都中央区)に頼んだ。


「姉と弟は、私が決めたとおりでいいと、お墓にまったくと言っていいほどこだわりがなかったのが肩すかしでした。最後のお墓参り、抜魂供養は滞りなく営まれましたが、叔母が『このお墓が建った時、お母さん(佐藤さんの祖母)が喜んでいたね』とちくりと言った」



 とっさに佐藤さんの脳裏に「家制度」の3文字が浮かび「実家の重さ」が蘇った。盆正月に帰省を強いられたこと、「離婚するつもり」と父に言った時「絶対に許さん」と激怒されたこと…。そして、親戚から、奥歯にものがはさまった言い方で、「長男」のプレッシャーを受けてきたことも。


 そのおかげで、心に少し巣食っていた「これで本当によかったのか」という迷いが消え、「これで解放される」との安堵感がじわじわと押し寄せたのだという。


 家制度や古い価値観を背負った墓石はもうゴメンだ…。何か所もの都内の寺院墓地を見学した上で選んだ改葬先は、自らの信仰の拠り所であることに加え、参拝者が常に多く、読経も線香の煙も絶えないところ。「いずれ私自身も」と佐藤さんは思っている。


 佐藤さんが利用した「まごころ価格ドットコム」は、母体が石材店で、全国の墓石職人と提携する会社だ。この6年間で墓じまいの相談や問い合わせが約3万件あり、とりわけこの1年は急増したそうだ。今年の6月に、墓石の解体処分と遺骨の取り出し、行政手続きの代行をセットにした「墓じまい基本パック」(2平方メートルまで18万8000円〜※税別)、基本パックに自宅供養家具や遺骨のパウダー化などを付けた「墓じまいトータルパック」(5平方メートルまで36万8000円 ※税別)を用意した。


 同社社長の石井靖さんは「墓じまいをしようとしている人たちは、先祖を永代まで管理できる環境を整えようとするのですから、決して先祖を軽んじようとするのではありません。逆に、先祖を大切にし、責任感のある人たちです」と話す。


 では、墓じまいのタイミングはいつがいいか。


 墓じまいの施工を手がけるNPO法人「やすらか庵」の代表で僧侶の清野勉さんはこう答える。


「私の経験上、ご先祖様が『もういいよ』と言ってくれる時が必ず来るので、その時です。と言っても、亡くなった人の声は聞けませんから、悩みながら『そろそろ』と痛感したり、偶然に墓じまい、改葬に関する本や雑誌記事を読んで納得した時かもしれません」


文/井上理津子(ノンフィクションライター)


※女性セブン2016年12月15日号

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